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「ふわ……」
少年はあくびをした。
少年はようやっと町はずれの小さな旅籠にありつき、なけなしの宿代を払って、二階の四畳程度の小さな部屋に案内された。年老いたおかみは無愛想だが親切だった。風呂は適度に熱く、一日の疲れがほぐれ、心地よかった。浴衣になった少年は布団を敷き、その上にごろりと横になった。布団は綿が少なく、虫がついているような気がしたが、それでも少年は、ようやく緊張から解き放たれたせいか、気分がよかった。
少年は今日一日のことについて考えていた。老人と別れたこと。豆腐売りに現金を奪われたこと。とくに後者について、少年はひどく後悔していた。自分が自分で情けなく思った。思い出すたび、気分が悪くなりそうだった。少年は自分の繊細さ、言い換えるなら弱さを自覚した。思ってもみなかった自分の性質に、少し驚いていた。
(どうした。またあのことについて考えているのか)
それが少年に言った。
(あのことって……、でも僕は、とっても悔しかった。やるせない思いだ。こんな気持ちになったのは、生まれて初めてかもしれない)
少年はため息を挟んだ後、こう言った。
(僕は、あまりにも弱い。僕は無力だ)
少年は起き上がって窓を開けた。春の夜は生暖かく、もう夜も遅い時間なのに、町には提灯の明かりが点在していた。風が心地よく少年の頬を撫でる。
(全く、お前は、細かいことでいちいちくよくよし過ぎなんだ)
それが呆れたように言った。
(でも、僕は、おじいさんの大切なお金を無駄にした。僕は本当に、情けない人間だ)
少年は自虐した。せずにはいられなかった。おじいさんに、まだ旅の初日だというのに、こんな幸先の良くないことが起こってしまって、なんと申し開きをしていいか分からない。少年は深く痛感した。自分の無知を。
少年は学問が好きだった。老人から基本となる読み書きと算術を教わった。その後、書店や貸本屋に出入りして、老人の手伝いで得た小遣いを貯めて、決して安くない学問書を手に入れたり借りたりして熟読した。くだらない戯作には興味がなかった。少年はいつだって知に飢えていたのだ。
しかし少年は経験しようとしなかった。少年はまた後悔した。自分はなぜもっと、早くから働いて、経験しようとしてこなかったのか。とはいえ、それはどだい無理な話だった。なぜなら少年は、
(まあ、人間かどうかも怪しいがな)
普通の人間では――なかったからだ。
(お前がいるからね。仕方ないけど、僕はやっぱり人間じゃない)
少年は再び横になって、天井を見つめた。
少年は自分の性質について考えようとして、やっぱりやめた。このことについてはいつだって考えている。けれどもやっぱり結論は出なかった。おそらく、この問題は、少年に一生付きまとってくるだろうと思われたからだ。
(けどよ、樹)
それが少年に言い聞かせるように言った。
(お前が払った一両の金は、決して安くない。でもな、俺はこうも思うんだよ。お前がその金で経験を得て、そこから何か学ぶことができたのなら、それは決して高い買い物じゃなかったってことだ)
少年は何か言おうとしてやめた。言いたかったことが、少年のなかでぐるぐる渦巻いて、それから何事もなかったかのように消えてしまった。少年はそのまま、ぼうっと天井を見つめていた。
「そろそろ灯りを消してくれませんかね。油がもったいないので」
老おかみが、少年に無駄遣いを咎めたのは、その会話が終わってすぐだった。少年は消灯して、寝ることにした。
(お休み、名無し)
少年は言った。が、返事はなかった。それはもうすでに寝てしまっているようだった。
少年は目を閉じた。布団の中は次第に温まり、少年は良い心地のまま、深い眠りについた。