2
少年は都の街並みを眺めながら歩いた。
街行く人々は皆、各々に人生があり、目的があって歩いていた。活気にあふれた市場があれば、閑静な住宅街があり、暗い路地裏もあった。少年は思った。人とは違う自分でも、ここでなら
(どうした、樹。やけに暗い顔して)
何かが少年に話しかけた。もっと正確に言うならば、少年の心に囁いていた。
(『名無し』か。そっちこそ、おじいさんに別れも告げないで)
少年は少し憤慨していた。少年の世話をし、庇護してくれた恩人である老人に、それは礼の一つも告げなかったのだった。
(無茶言うなよ。俺はお前以外の人間とは、話もできないんだぜ)
それは弁解した。どうやらそれは、少年以外の人間と意思疎通ができないようだった。しかし少年のどこにも、それは見当たらなかった。それはどこにいて、どこから少年に囁きかけているのかは全くの謎だった。
(でも、聞こえなくとも言うことはできただろ。お前はおじいさんに感謝してないのか)
少年は咎めた。少年は本気で怒っていた。少年がおじいさんから受けた恩は計り知れないからだった。かつて少年が捨てられて、一人泣いていたころからの恩を、少年は到底返しきれないと思っているほどに。
人通りが徐々に多くなってきたことで、日が昇ったことが分かった。
(してますよ。同心たちから匿ってくれたこともさ。でもよ、伝わらないのに言っても意味なんかないんじゃないのか)
それは口答えした。
(たとえ伝わらなくても、僕には伝わるだろ)
少年は呆れて怒るのをやめた。これ以上怒っても何の意味も無くなったからだ。
(そうか……)
それは納得したように言葉を濁した。
少年は歩きながら想像した。僕がいなくなったあと、おじいさんはどうしているだろうか。きっと一人で寂しく、縁側でお茶でも飲んでいるのだろうか。庭には松の盆栽があったなあ。縦一尺、横二尺ぐらいの四角な鉢に、小ぶりな松が曲がりくねって植わっていた。あれはおじいさんが自分の宝物だと言っていたものだ。きっとあれを剪定しながら、余生を過ごすんだろう。ご近所づきあいも少なかったし、大丈夫なんだろうか。
ここまで考えて、少年は再び胸が苦しくなった。もう一度、おじいさんに会いたい。今すぐ旅を中断して会いに行こうかとまで思った。
(おい、樹。俺たちの目的を忘れたのか)
それが咎めるように言った。
(……分かっているさ)
少年は再び、自らの意志を念じる。僕は帰らなきゃならない。おじいさんの家ではない、僕たちの本当の故郷に。