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戒縛の王と 森の妖精

10 仮初めの妃の懇願

作者: にくきぅ

ラッケンガルド滞在-5日目です。


9話めの最後からは『繋がらない感』がありますが、取り敢えず 進んでください。

後で出てくる予定です。

単に『盛り込む余地がなかった』なんて事は ありません。


エエ、アリマセントモッ!



 ___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ___


午前の休憩の時間に合わせて 内殿へむかおうとしていた魔法使リーゼロッテいの視界に、2っの人影が映った。

王族が居住する正寝殿の 南の廊下にいる魔法使リーゼロッテいが見るは、中庭の木立の向う。

まつりごとに関する機関の詰まった内殿の 北の廊下だ。

何か気になったのだろう。

正寝殿の南の廊下にいた魔法使リーゼロッテいは、人影を見付けて あしを停めた。


《 ラノイ様?》


正寝殿と内殿の間は、100メートル近い距離がある。

人の気配と視線を断つ為の 広い中庭があり、其処に 様々な木々が植えられている。

王族が休息を求める正寝殿と 公務の場である内殿とを隔てる為に設けられた距離であり、植えられた木々である。

もっとも、丈の高い樹木は 内殿に沿う様に植えられており、正寝殿からの眺めに圧迫感はない。

勿論、暗殺者などの隠れ場所にならない配慮を施されつつ、美しい景観をたもっている。

つまりは、普通の視力であれば 内殿の廊下を歩く人物を見る事はおろか、その人物を特定するなど 出来よう筈もないのだ。

これは、魔法使リーゼロッテいが すべての光りを司る妖精であり、その能力スキルもって 得た位置情報だ。


《 珍しい。》


まつりごとに関する機関が集約された内殿は、3階建ての東棟に 政務室があり、5階建ての西棟に 執務室があり、その間に 2階建ての資料棟がある。

この3っの棟を総じて『内殿』としているのだ。

ラノイがいるのは、西棟から資料棟へ伸びる 北の回廊だ。

今は、午前9時をすぎた頃で、当然ながら まだ執務中の時間だ。

もしも、執務に必要な資料が 資料棟にあるのだとしても、国王であるラノイ-みずからが取りに出向く事などないだろう。

西塔の5階にある執務室から出て 正寝殿へむかう用でもなければ、この時間に この場所にいる筈がないのだ。

また、そうであったとしても、クランツが 簡単に執務室から出さないだろう。

一体 どんな話術を使って 側近を言いくるめて来たのか、などと云う考えは かばなかった。

ラノイが 執務室を離れている以上に 珍しいモノをにしたせいである。

西棟から東に伸びる北の回廊を渉っているラノイは 1人ではなく、共にいるのは シズやクランツではなかったのだ。

魔法使リーゼロッテいが 稀有けうだと感じたのは、その為だった。


《 …………。》


彼女のには、眼隠しの木立など 無いも同然だ。

生い繁る枝葉を透過して、その先にいる人物達が見えている。

内殿の政務室がある東側から 執務室のある西側へと 廊下を進むラノイの後ろに、1人の青年がいた。

歳の頃は、20代半ばだろうか。

文官だと 一眼ひとめで判る、線の細いからだ付きの青年だった。


《 何をしたのかしら………?》


ラノイは、不機嫌-そのままの様子で ずんずんと廊下を歩いてく。

その後ろを、すがる様に 官吏の青年が追っている。

青年は、懸命に 何かをはなし掛けながら、小走りで ラノイのあといてく。

あきらかに、普段の様相と異なっていた。

魔法使リーゼロッテいは、視線の先にいる2人へ 更に意識を集中させてみた。



  「陛下、お赦しください。もう 2度と、こんな事は」

  「心を入れ替えて 尽くします、そう誓います。ですから!」

  「陛下、お願いしますっ」



青年は、追い縋りながら そう言っていた。

これに対して、先を歩くラノイは 無反応だ。

後続の青年が何を言おうと、われ-関せず と云った様子で 進んでく。



  「何故ですか⁈ あの程度の事で、何故 私を  っ」

  「どうか、お見捨てにならないでください! どうかっ」

  「あんまりです、この度の お仕打ちは納得出来ませんっ」



進むあしを停めたラノイは、顔だけを 後方の青年へ向ける。

そして、厳しい声を発した。



  「お前は、これ以上の恩情が欲しい と申すか」



冷やかなが 官吏に向けられ、視線よりもつめたい声が掛けられた。

これに、此処まで追い縋って来た青年は 凍り付いた。



  「この場で斬り捨てられぬだけ、マシな処遇であろうに」



ラノイは、声をあらげたのではない。おどす様な凄味を含んでもいない。

青年をみおろすラノイのは、侮蔑を含んだモノだった。

今-以上の情けを掛ける気はない と、態度で示す。



  「即刻 荷を纏め、西へ赴け」



何処までも穏やかに、何処までも冷徹に、そう言い捨てたラノイは 再び歩き始めた。

人眼ひとめはばからずに膝からくずれた青年を 中庭-越しに見て、魔法使リーゼロッテいは 小首を傾げた。

青年は、石畳にへたり込んだまま 嘆いている。

魔法で音波を拾っていた魔法使リーゼロッテいの耳には、官吏の啜り泣きまで届いている。

確かに、ラノイは おそれられている国王だ。

官吏達は、必要以上に近付かない。

そんなラノイに追いすがっただけでなく 何某かの意見を述べるなど、普通ではない。

これに対するラノイの態度も、つめたい事-この上なかった。


《 何をしたのかしら。》


〔獅子王〕の異名を持つが、冷血な人間ではない と知っているだけに、疑問が湧いた。

多少の手抜かりではないらしい と察しはしたが、それが何かまでは 判り兼ねる。

だが、侮蔑に近いを向けるに値する『落ち度』だったのだろう事は 理解出来た。

「 ………… 」

相手は、まつりごとに関わる文官の1人だろう。

ならば、後宮に属する自分が口を出す領域ではない。

あの青年は、このまま そっとしておくべきだろう。

そう判断して、魔法使リーゼロッテいは 視線を正寝殿の廊下へ戻した。

その背に、声が掛けられた。


  「アシュリー?」


内殿の北の廊下から 正寝殿へ伸びる回廊へ踏み入るにつれ、眼隠しである中庭の木々の切れ目は 多くなる。

その為、正寝殿の廊下にいる魔法使リーゼロッテいが見えたのだろう。

ラノイは、南北に伸びる回廊を 足早にわたって来た。

「アシュリー」

近付きながらび、腕を伸ばす。

まっていた位置で ラノイを待ちながら、それでも 意識の幾らかは 離れた場所の青年に向いていたらしい。

其処に、わずかな油断があった。

「っ⁉︎ ーーーーきゃ」

とどめ切れずに悲鳴が零れたのは、自身のからだが 高く持ち上げられたせいだ。

ラノイは、魔法使リーゼロッテいを抱き上げていた。

両腕で横抱きにしたのではなく、左腕の上に魔法使リーゼロッテいを座らせる形で 肩の高さまでかかえ上げたのだ。

無駄に天井の高い王宮でなければ、頭から背中までを 強打の上 痛打していた事だろう。

「休憩を待たず そなたに会えるとはな」

嬉しそうに言って、魔法使リーゼロッテいへ 笑顔を向けている。

直前に、大の大人を泣かした人物と同一とは思えない れとした笑みだった。

一方、魔法使リーゼロッテいは 喫驚し、硬直していた。

それでも、何とか 主張を発する。

「おっ、降ろしてください」

高みからラノイをみおろす形となった魔法使リーゼロッテいは、ラノイの肩に手を置いて 抱き上げる腕からのがれようとする。

「暴れると ちてしまうぞ?」

としてくださって結構ですから、どうか 放して」

170センチ-近い高さから 床に叩きけ様とも、魔法使リーゼロッテいは 怪我-1っしない。

それだけの 運動能力がある。

歴戦を闘い抜き 無事に帰還する……これをせたのは 魔力だけでなく、身体能力の高さがあってこそだ。

唐突に手を離されたところで、彼女なら 危なげなく着地する事が可能だ。

もっとも、ラノイが それをするか となると、否と応えるしかない。

「愛しいつまとす夫がいると思うか?」

この発言に、魔法使リーゼロッテいが 眉を寄せる。



  〔獅子王〕が仮初めの妃へ掛ける 甘い科白せりふは『縁談除け』の為に、臣下達へ向けて示される。

  其処に愛情はなく、形式として 繰り返されるモノ。



これが、魔法使リーゼロッテいの認識だ。

それだけに、誰もいない場所での過剰なスキンシップと リップサービスに、気分を害したのである。

早いはなしが、からかわれている とおもったのだ。

だからこそ、にも声にも 拒絶の色が表れる。

「おたわむれは!」

魔法使リーゼロッテいは、きつくラノイを見据えた。

だからと云って、これを向けられたラノイが 動揺する様子など、微塵もない。動揺する筈がない。

「食事の間へくのだろう?」

これまで、魔法使リーゼロッテいに手を出そうとした者は 多い。

それは 魔人であり魔女であり、または そうではない者達であったりする。

森之妖精イリフィ〕としてのちからを求められたのであり、うつくしい容姿が好まれたのであったりした。

理由は 様々であったが、どの場合も 魔法使リーゼロッテいを攻略出来ず 未遂に終わっている。

誰が相手であっても、彼女は 懐柔されない。

王侯貴族が相手であっても、抱き付こうなどとすれば 遠慮なく投げ飛ばされる。

ラノイが そうされないのは、戒縛のちからがあってこそだ。

しかし、うちはらう事は出来なくとも 苦言を呈する事は可能だ。

抱き上げたまま 移動を開始したラノイに、魔法使リーゼロッテいは 拒絶の色を強くした。

「自分で   っ!」

其処まで言って、魔法使リーゼロッテいは 言葉を途切らせた。


  『 自分で歩きます!』


そう叫び 無理にでも腕からのがれたかったが、不可能になったのだ。

この場に、人の気配が近付いてきたのである。

そもそも、王宮の中では、魔法使リーゼロッテいは 圧倒的に分が悪い。

今回も、正寝殿で働く 侍従官達や女官達の存在が、ラノイを味方した。

ラノイの視線の先に 厨房へ食材をはこぶ侍従官達が見えた。

内心は どうあれ、魔法使リーゼロッテいは 人前では『仮初めの妃』としての役目を果たそうとつとめている。

その事を 良く理解しているからこそ、ラノイは 勝ち誇った様に口角を上げた。

「私の勝ちだな」

にやり と笑んで、ラノイが囁いた。

抵抗をめた魔法使リーゼロッテいを 腕にかかえたまま、ラノイは 内殿へと戻り始めた。

廊下の先から 数名の女官達が、内殿の西棟側の回廊には 官吏達が、姿を現した。

それぞれ々の仕事の途中に 此処を通った者達だ。

彼等は、国王と その妃の仲睦まじい様子を見付けて、微笑をかべたり 苦い表情になったりする。

それでも、畏敬を込めて 端に避け、礼をる。

様々な反応をする官吏達の前を ラノイにかかえられた状態で通り過ぎながら、居心地の悪さを隠しつつ 溜息を零す。

降ろしてもらう事は諦め、抱きかかえられたまま 小声で尋ねる。

「先程の方は どうなさったのです?」

この言葉で、先程の遣り取りを見られていた と察したのだろう。

「 ………あぁ」

ラノイは、少し 決まり悪そうな表情をかべたが、それだけの事だった。

「官吏の中でも、要職に就いていた者だ」


《 と云う事は、高官の1人。》


官吏の中で 高官の地位にく者には、大きく分けて 2パターンある。

代々 高官に地位にある家の者であるか、実力を認められ 高官へと昇格した者か、だ。

後者は、圧倒的にすくない。

現-政府内には 数名程度だ。

これは、優秀な者がすくない と云う事よりも、優秀な者を蹴落とそうとする愚者達のせいで 彼等が『をみれない』為でもある。

故に、確率として、前者である と考えられる。

未だに 不正や怠惰・腐敗が根深いのも、旧-政府の時代の 悪習の名残なごりだ。

ラノイをはじめ、シズや クランツが精力的に働き掛けているが、撲滅には 程遠い。

「が、このたびの人事で『西方へけ』と申し渡した事が 不満だったらしい」


《 つまりは、左遷。》


そうするに足る 何かをしたのだろう、と ぼんやりとおもう。

政府内の状態を察しているからこそ、これ以上は 問わなかった。

魔法使リーゼロッテいは、先程の青年の様子を思い出していた。

名家の生まれであろうと 有能な家系の子息であろうと、ラノイは 本人を見て、その進退を決定する。

高官であったとしても 地方に飛ばされれば、出世コースからは 外される。


《 それは、悲壮感もただようわね。》


膝をき 絶望に染まった顔を思い出して、ただ 納得していただけだった。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




 ___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ___


執務室での 午前中の休憩時間に合わせ、後宮の女官達が お茶をはこんで来た。

魔法使リーゼロッテいは、テーブルにならべられた湯呑を見回した。

いては、すべての食器へも 視線を向けた。

毒は、湯呑にだけ塗られている。

これまでと同じく 遅効性の、蓄積型の 微弱な毒だ。


《 この毒は、誰が仕掛けさせているのかしら。》


大臣達や 高官達の力関係が判らない為 魔法使リーゼロッテいには断定出来ないが、ラノイ達は 目星くらい付けているだろう。

何故 遅効性で蓄積型の毒を使うのか、その理由を考えれば 犯人はおのずと絞られる。

自分の娘を妃に据えて、その後に ラノイ様達が体調をくずして とこせる。

そんな未来を 思いえがくが故の、遅効性の毒。

ラノイが倒れた後 シズが政権を握る事がない様に、彼にも 同じ毒を盛ると云った念の入れようだ。


《 王族の2人さえ消せば 実権を握るのも簡単、とでもおもっているのでしょうし。》


だからこそ、じっくりと時間をけているのだ。

それに引き換え、即効性の毒は 目的も単純だ。

ただ-単に、唯一の妃となっている 素性の知れない異国の女が、目障りで仕方がないのだ。

魔法使リーゼロッテいは、ポットをみおろした。

今日も、ポットに毒を仕込まれてはいない。

3日前の 池の端での密談の通り、黒幕達は 手段を変えてきたらしい。

黒幕からベロニカに、更には ミラベルの手に渡り、ポットの湯に混入させられた即効性の毒は、その性質上から 1回分だったに違いない。

妃が淹れた お茶にって王や宰相を不調にし、結果 妃を追放させる計画だったのだから、1回分だけ渡せば 充分だ。

むしろ、多く渡す事は 不要な危険を招く事になりかねない。

妃の排除を目論んだ 黒幕の高官達も、ベロニカには 1回分しか渡さなかったろう。

そして、彼女ベロニカが それ以上を欲しがっても、2度と 毒の調達をさせないだろう。

おどしを含め、軽はずみな事をするなと きつく言いかせている筈である。

ポットに 即効性の毒が混入していない事で、確信を深めていた。

ベロニカは 歯嚼はがみをしているかもしれないが、ミラベルは ほっとしている事だろう。

何にしても、昨日 手段を変える とはなしていた通り、黒幕達は、別の『妃の排除法』を講じるつもりなのだろう。


《 早ければ、明日か 明後日ね。》


最早、池の端で見聴きした事を ラノイ達にはなす必要もない。

今は、次の手段に出るだろう黒幕達の動きを 手薬煉てぐすね-引いて待つだけだ。

そんな事を考え、を細める。


《 わたしを排除する方法ことを優先してくれるなら、この先の行動がみ易くてたすかるわ。》


時々 ミラベルの様子を見ているが、彼女は 今も俯くようにして生活している。

厨房の者達が心配していても、勿論だが その理由をはなせはしない。

理由わけを知っているベロニカは、いや 後悔のない人間だ。

未だに 魔法使リーゼロッテいが〔獅子王〕の妃と云う座に就いている事が、堪らなく 赦せないのだ。

顔をあわせれば 愚痴を喚き散らし、苛立ちを ミラベルへ打付ぶつける。

そんな性格の女性だ。

むしろ、ベロニカのほうが ミラベルへの害が大きい。


《 近い内に………。》


何かを打たなければ と思っている魔法使リーゼロッテいへ、声が掛けられた。

「アシュリー姫?」

シズの問い掛けた声は、幼い魔法使いには 届いていなかった。

「 ーーーーーー………… 」

思案にふけっている様子に、ラノイとシズが 顔をあわせた。

わずかに で語り合ったのち、ラノイは ソファから腰を上げた。

廊下へ続く隣室へ出るところだった女官達は、普段とは異なる魔法使リーゼロッテいの様子に 思わずまり 眼線を交わしていた。

だが、それですら 魔法使リーゼロッテいの意識の外である。

相変わらず考え込んでいる彼女へ、再び 声が掛けられた。

「アシュリー?」

ラノイは、問うと同時に 魔法使リーゼロッテいの肩を 軽くたたいていた。

その為、流石に気付いた と云ったところだろう。

彼女は、かすかに顔をあげると しばたかせた。

「ぁ……… 」

魔法使リーゼロッテいは、自分が思案に呉れていた事に ようやく気付いた。

そして、自分の顔を覗き込む様にしている ラノイに気付いた。


《 っ⁉︎ ーーーーーーちっ、近い!》


不意に間近で見た 美女ばりの美丈夫の顔に、硬直した。

表面的には その程度だったが、勿論、内心は 悲鳴をあげんばかりに驚いていた。

執務室の出入口には、アイシアをはじめとする 後宮付きの女官-4人がいる。

物思いにふけるなど、してはならない行為ことだった。

してや、悲鳴をあげるなどと云う愚行を重ねるなど 出来よう筈もないのである。

魔法使リーゼロッテいは、呼吸を止めて 悲鳴を飲み込んでいた。

真後ろにち 蒼い瞳を覗き込んでいるラノイも、離れたソファに掛けている シズとクランツも、彼女の喫驚は理解している。

シズに於いては、生暖かい笑みをかべて 傍観している。

相変わらずの光景の中、ラノイは〔獅子王〕として 魔法使リーゼロッテいに尋ねた。

「どうした?」

3人の為に お茶を淹れる事もせず、テーブルを前にち尽くしていたのだから 質問も当然だ。

最愛の妃を案じる〔獅子王〕の図を 後宮付きの女官達の前で示したいのだろう、とおもえばこそ、魔法使リーゼロッテいも これにならう。

仮初めの妃としてのつとめを果たさなければ とおもいながらも、まだ硬直の解けない魔法使リーゼロッテいは ラノイから顔を乖向そむけた。

硬くさせていた首の筋肉は 今も緊張から解かれておらず、頭も 滑らかには動かなかった。

「 ………いいえ」

声も、思う様には出なかった。

一旦 口をじ 何とか口内を湿らせてから、再び 言葉を発する。

「何でもございません」

そう答えながら、急須へ茶葉を入れ ポットの湯を注ぐ。

「何か 悩み事か?」

悩みがあったとしても、今-この状態で 正直に言えよう筈もない事は 彼等にも判っている。

その上で、女官達がいる前で そう尋ねているのは、意地悪からではない。

とんでもございません。悩みなど……… 」

ある筈もない、と言いたげに 否定の意を示した。

会話を続けながら、3っの湯呑を 手許てもとへ据える。

勿論、り気なく、湯呑に塗られた遅効性の毒を消している。

「本当にか?」

ラノイが この問いを重ねているのは、当然の事だった。

何も悩みがなくて ああも考え込む事はないだろうし、茶器を前に何を考えていたのかは 朧げに判っている筈だからだ。

新たな毒でも仕掛けられているのではないか、との 遠回しのさぐりなのである。

だからこそ、魔法使リーゼロッテいも 偽りなく首を振れるのだが。

「ご心配には及びません」

妙な小細工をされているのではない と暗に示し、ラノイを振り返った。

ようやく 少し落ち着いてきた為、彼を見上げる事が出来る様になったのだ。

左手で シズ達のほうを示し ソファへ戻る事を促しつつ、しっかりと答える。

「大丈夫です」

「そうか」

短く零したラノイは、ソファへ戻りぎわに、執務室の出入口でまっていた女官達を見た。

〔獅子王〕の視線を受けたアイシア達は、びくっと肩を強張らせ あわてて礼をる。

そして、急ぎ気味に 執務室を出てった。

隣室から廊下へと出てったのを確認したクランツは、で その事をラノイとシズに伝える。

これを受けて、シズが 口をひらいた。

「どうしたんですか?」

本当のところは何だったのか との問いに、魔法使リーゼロッテいは 首を振った。


《 後で、問いただされそう。》


誤魔化す事は不可能だろう と思いつつ、盆に載せた3人の湯呑に 茶を注ぐ。

今日の お茶は 黄金桂ファンジングィだ。

半発酵茶の中では 発酵度合いが浅く、淡い黄金色の お茶である。

淡い甘さのある お茶で、金木犀のかおりがする事から このが付いた と云われている。

ふくよかな旨さがありつつも すっきりとした喉越しの、飲み易い お茶である。

これは、ラノイの好む茶葉でもあった。

魔法使リーゼロッテいは、盆を手に ソファへむかう。

そして、ラノイの前へ 彼の湯呑を差し出した。

「ないですか?」

シズへも 湯呑を差し出して、魔法使リーゼロッテいは 婉然と微笑んだ。

「はい、何も……… 」

やわらかい笑顔で『ない』と答えようとした時、執務室の隣室に 1人の青年が入って来た。


  「陛下、シズ宰相」


休憩中の 執務室の入口へ現れたのは、この春から 宰相の補佐官として勤め始めた 名家の子息だ。

権力のある名家の出ではあるが、それを傘に着る事はなく 勤勉で 実力がある。

それが認められ、補佐官の候補になったのが 去年の春先。

其処から 更に努力をし、先日から シズの正式な補佐官として起用された人物だ。

彼は、入室した途端、魔法使リーゼロッテいの背を睨み付けた。

余談だが、突然 現れた〔獅子王〕の妃は、異国人である事-以外 謎にされている。

生国・身元・年齢など すべてが不詳、としてあるのだ。

それは、魔法使リーゼロッテいの希望でもあり、ラノイ達の都合でもあった。

王の周辺に渦巻く悪意や 嫉み・企みなどをいだく者達のを 彼女へ向けさせ、一掃する作戦の為に必要と判断した上での事だ。

「どうした?」

あかさまに 妃を警戒し 敵愾心を示した臣下に、シズは 素知らぬ顔で声を掛けた。


  「あ、はい」


宰相の補佐官-エディン=オスカリウスは、気を取り直す様に 宰相の前に進み出た。

「国境-周辺の復興費用の概算が出来ましたので、お持ちしました」

「そうか」

書類を手渡す青年を見て、魔法使リーゼロッテいは かすかにみはった。

蒼い瞳は、彼の首に巻き付くモノに 釘付けになっていた。

「 ーーーーーーどうした?」

彼女は、ラノイの問いにも答えられない程 驚いていた。

それを見て、ラノイは シズの横につ補佐官を見た。

「エディンが 気になるか?」

この問いにも、彼女は 無反応だ。

クランツの湯呑が載った盆を手に、動きを停めている。

流石の 補佐官エディンも、この様子は気になったらしい。

判り易く 眉を寄せている。

元より きつい印象の顔が り険しさを滲ませているが、それでも 魔法使リーゼロッテいのには映っていなかった。

「アシュリー?」

ラノイに袖を引かれて、魔法使リーゼロッテいは われかえった。

「ぁ……… 」

喫驚の余り 状況を考えずにエディンを凝視していた事に気付いて、彼女は じた。

細く長く、だが 密かに、溜息を零す。

「どうした?」

余りにも普段と違う反応だ。

ラノイの質問は、エディンのも考慮した上での『当然の問い』だった。

これに、魔法使リーゼロッテいは 首を振る事はせず、言葉だけで否定した。

「いいえ」

何でもない とは、言えなかった。

蒼い瞳に見えたのは、通常ならざるモノをまとった青年エディンだったのだ。

だからこそ、喫驚し 動揺してしまったのである。


《 未熟………。》


心の中で おのれを罵倒しながら、彼女は ラノイへを向けた。

「ご無礼を致しました」

ゆったりと、魔法使リーゼロッテいは ラッケンガルド王へ礼をった。

それから、エディンに向き直り 軽く頭を下げる。

「不躾であった事を お詫び致します。どうか、お赦しください」

盆を手にしたまま、丁寧な対応をする。

「あ、いや……… 」

やや言い濁したかの様な返答に、魔法使リーゼロッテいは 小さくエスファニア式の礼をった。

エディンは、正体不明の妃について 快くは思っていない。

しかし、想定外の品の良さに気圧けおされたのだろう。

エディンは、毒気を抜かれた様な表情かおで 異国の娘を見詰めていた。

「アシュリー」

「 ーーーーーー国境で、何がったのですか?」

ラノイが声を掛けた途端、魔法使リーゼロッテいは 別の話題を切り出した。

問題を摩り替えた と判っていたが、ラノイとシズは えて それにれなかった。

涼しい顔で、黄金桂ファンジングィを啜っている。

もっとも、あっさりと見遁みのがされたのは 今だけだ。

おそらく、後で 双方から詳細を問いただされるだろう。

そうと判っていても、彼女が何者であるかを知らないエディンの前ではなす事は はばかられたのだ。

「復興費用と、仰有おっしゃっておられましたが」

「先月の末に、その………災害が起きたんです」

魔法使リーゼロッテいの問いに答えたのは、クランツだった。

魔法使いである〔森之妖精イリフィ〕を気遣ったのか、国王の側近は 言い濁していた。

たった これだけの事で察したのか、銀髪の美女は 美眉を寄せた。

わずかな変化だったが、彼女に注目していた者達は この変化を見遁みのがさなかった。

ソファに掛け お茶を愉しむ3人は、密かに息を飲み込んでいた。

エスファニアの魔法使い-こと〔森之妖精イリフィ〕は、何10万人といる魔法使いの中でも 序列ランクが高い。

高位の魔法使いになれば なる程、他の魔法使いの動向を把握しているモノらしい。

この事は 魔法使い達の戦闘を語った『お伽噺』にも盛り込まれている。

それだけに、3人には 彼女が何を察したのか 悟ったのだ。

「それは 北の、ですか?」

何の情報もなく 災害地を限定してきた事で、予測が正しいと知れた。

淑やかで 慎ましやかな様子を見ていると、どうしても 彼女が『高位の魔法使いである』と云う事を忘れる瞬間がある。

シズと クランツは、特に そうだった。

その為、災害のはなしを聴かせる事になってしまったのだ。

シズは、エディンが入って来た瞬間に このはなしであると察して 追い返さなければならなかった、と 悔いていた。

クランツは、災害のはなしについて ささ々やかな情報も口にしなければ良かった、と 後悔していた。

悔やんでも悔やみ切れない思いを秘めて、押し黙っている。

沈黙する宰相・側近に変わって、災害に関する調査報告書と 復興費用の概算書を持って来たエディンが 魔法使リーゼロッテいの問いに答えた。

「はい」

答えたエディンのにも、魔法使リーゼロッテいの表情が曇った事が判った様だ。

先月の末にラッケンガルドを襲った その災害は、自然のモノではない。

北の国境線-近くで、魔人達の戦闘がったのだ。

この魔人達は、北の無国家地帯に支配領域テリトリーを構えている。

戦闘-自体は その無国家地帯で行われていたが、放たれた魔法の余波が ラッケンガルド王国領にも及んでしまったのだ。

勿論、魔法使リーゼロッテいが ラッケンガルドへ来る前であり、ラノイも この事をはなしてはいない。

それでも、このたおやかな妖精は 災害の場所も原因も把握しているのだろう。

最早、はなしらす事や 誤魔化す事は、不可能だ。

そうおもって、ラノイ達-3人は 口をざした。

「 ………それが、何か?」

魔法使リーゼロッテいの素性を知らないエディンだけが、小首を傾げている。

「その際、お怪我をさった方も いらっしゃるのでしょうか?」

彼女の 最重要事項は、被害者の有無であり その怪我の度合いである。

それを察して、ラノイは 重い口をひらいた。

「 ーーーーーー逃げる際、何人かが転倒した と報告を受けたが、直接の人的被害は報告されていないな」

ラノイの判断に同意したのか、シズは、首だけを巡らせて 背後のエディンを見た。

「エディン、損害は?」

「村から離れていたので、家屋・田畑・家畜への 直接的な被害は、ほとんどありません。ただ、田畑への水路が分断され 街道が瓦礫に覆われておりますので、復旧するまでは 或る程度の影響が出るかと」

書類にをくれる事なく スムーズに答えると、魔法使リーゼロッテいは 蒼い瞳をじた。


《 12日前………〔荒れ地〕の魔人達の戦闘………開戦時間は、22時37分。》


数10万人 存在する魔法使いの中で、彼女の序列ランクは 300番台。

自他-共に認める 高位の魔法使いだ。

それだけに、視えるモノの範囲も規模も 尋常ではない。

世界-各地での魔法使いの戦闘は、知りたくなくとも 視えてしまう。

古今東西、すべての戦闘は、上位の魔法使い達には 筒抜けなのだ。

この能力スキルのぞんで使えば、過去の戦闘をえらんで観戦する事も可能である。

今-まさに、その能力スキルで 12日前にった魔人達の衝突を 視ているのだ。

じたまぶたの裏に 流れる映像に、思わず 眉が寄る。


《 国境-近くの荒野に 5っ、国内の森林に 3っ。その内 2っが、北の国境-近くにあるむらそばに。》


ひそめ切れない溜息が、ふっくらとした唇から零れちる。

12日前にも観た戦闘を 録画してあったかの様に、鮮明な映像として再生し 正確に損害の度合いと規模をはかった。

放たれた魔法の余波にって 幾許いくばくか地形が変えられた場所を視て、魔法使リーゼロッテいは思案する。

長い睫毛の陰に隠されていた蒼い瞳が わずかにのぞき、中空を見据えた。

「 ………… 」

熟慮している彼女を前に、シズとクランツは 掛ける言葉もなくしていた。

ラノイを含め 3人共が平素の表情をしているが、その内 2人は、内心 穏やかではない。

彼等は、未だに心の中で おのれをののしっていた。

そんな2人に気付かなかったのだろう。

沈思し 押し黙っていた魔法使リーゼロッテいは、意を決した様に 真っ直ぐラノイを見た。

「わたし、そちらへ参っても宜しいでしょうか」

必ず言い出すだろう とおもっていた為か、ラノイに動揺はなかった。

「ならば、私もこう」

むしろ 待ち構えていたかのごとき返答である。

「なっ」

これに エディンが喫驚し、シズが肩を竦め、クランツが苦言を飲み込んだ。

シズと クランツに於いては、自分達の失態だと判っているだけに 文句も言えなかった、と云うところだろう。

普段なら 国王の我儘・身勝手に苦言を呈し 抑止力となる2人が、その力を失くしているのだ。

単純に考えれば、ラノイの意思が通らない状況ではない。

しかし、常識人の魔法使リーゼロッテいが これを否定した。

「いけません」

毅然とした声が ラノイの意思を拒絶した事に、エディンが喫驚した。

「これは、魔法使わたしいの役目です。ラノイ様は、ラノイ様の お役目を果たしてください」

エディンをはじめ、大臣・高官・官吏達の間に定着している『一方的かってな印象』とは 真逆な発言だったのだ。

切長きれながの吊りを 大きくみはって、或る種 不躾ぶしつけな程 魔法使リーゼロッテいを見据えていた。

宰相の補佐官が 息を飲んでいる中、ラノイは 銀髪の美女と視線をあわせる。

「しかし、そなたを片時も離したくはないのだ」

真顔での反論に、魔法使リーゼロッテいの美眉が ひそめられた。

「そ、その様な我儘………王たる お方の発言として、相応ふさわしいとはおもわれません」

少々 ひるんでいるのは、魔法使いの眼で ラノイの心の中を視てしまった為だ。

日頃、ラノイの心はみ難い。

複数の事柄を同時に考えている事が多く、そうでない時であっても 複雑に物事を捉えているせいだ。

める場合のほうが、まれなのだ。

その為、めた事に驚き、更に『片時も離したくはない』と云う言葉に偽りがなかった事に ひるんだのである。

「そうだ。私は、1人の男として そなたをそばに置いておきたい、と 言っている」

ブレる事のない主張に、彼女のほうが狼狽うろたえ始めていた。

あわせている眼線から 言葉に偽りがない事が伝わり、内心 動揺していた。

「っーーーーだ、駄目です。この後も お仕事が、あるのでしょう?」

魔法使リーゼロッテいは、最後の部分だけ 補佐官-エディンを見て そう問い掛けた。

「は、はい」

気圧けおされ通しのエディンは、軽く狼狽ろうばいしながらも そう返答し、頷いた。

「クランツ様や シズ様が お手伝いくださっているのに、国家に関わるすべての事柄に対し 決定権を持つラノイ様が、それをないがしろにするなど……… 」

「そう 大袈裟に考えるな」

国務を放り出そうとするラノイを 牽制しようと、魔法使リーゼロッテいは 言葉を重ねる。

そんな〔森之妖精イリフィ〕に対し、ラノイは あっけらかんとしている。

「ほんの数日 被災地を見舞うくらい、何とでもなる」

執務室では 膨大な量の書類に眼を通し、政務室では 各地からの報告を含めた 政策に関する決定に臨む。

これが、毎日の 国王の仕事だ。

その中で『決して 宰相シズに任せてはいけない仕事』は、有るには有るが そう多くない。

シズが 国王の代理をつとめれば 数日の視察は可能、と云うのは 間違いではない。

「いけません」

しかし、だからと云って 気軽に放棄して 予定外の遠出をするなど 言語道断だ。

魔法使リーゼロッテいは、そう諌め続ける。

「王が 視察に赴くともなれば、警護の方達の手をわずらわせてしまいます」

「 ーーーーーーはっ?」

エディンは、直前の言葉の意味を飲み込めず 素っ頓狂な声を出した。



  『 王が動けば 護衛を附けざるを得ない。』



これは、当然の事で 理解が出来る。

しかし、その発言の意図するところは 納得が出来なかった。

自分-独りであれば 護衛もなしに行動出来る、と 暗に示していたからこそ、脳が 自動的に拒絶した ーーーーある筈がない、と。

「 ーーーーーーお妃、様は………お独りでく気、なので………?」

耳にした言葉を疑いながら、問いを呟いた。

これに、明解な答えが返された。

「勿論です」

迷いのない声と 決意の表れた瞳に、エディンは 息を飲み込んだ。

彼は、多くの大臣達と同じく〔獅子王〕唯一の妃は、そのうつくしさで王を篭絡し この国を食いモノにする魔性の女なのだ、と 頭の何処かで決め付けていた。

有り得ない程の美貌が、この根拠のない噂を も確定事項の様に思わせていた。

それ故に、邪魔な存在だとしかおもっていなかった。

あらを見付けたら シズに報告して排除しよう、とすら おもっていた。

しかし、初めて 間近に彼女を見て、その気品に驚いていた。

更に、初めて 直接 言葉を聴いて、その高潔さに驚かされていた。

「わたしが ラノイ様のもとにいる と云う事は、この王宮にいる方達しか知り得ないのです。単独でいても、誰かに襲われる事はございません」

自分の為に 護衛の手数を揃える必要はない と示され、エディンは言葉を失った。

確かに 正論ではあるが、それでも 危険がない訳ではない。

このうつくしさだ。

単なる 野盗やゴロツキの眼にでも留まれば、何をされるか知れない。

それなのに、気丈にも 独りでくと云うのだ。

そして、驚くべきは エディン-以外の3人が 平然としている事だ。

まるで 当然だとでも言いたげに構え、反論も 抗弁もせずにいる事だった。

違和感のある対応にも戸惑いながら、エディンは 魔法使リーゼロッテいを見た。

「ですが……… 」

30分前までは 目障りだとおもっていた妃に、エディンは やんわりと苦言を呈する。

「何がるとも限らない、の では?」

「その時は、自分で対処致します」

きっぱりと答え、ラノイを見る。

ラノイは、あきらかに 不服そうなをしている。

勿論、単独で出掛ける と云う魔法使リーゼロッテいに対する 抗議行動の1っである。

「夜までには 戻ります。どうか、この身の勝手を お赦しください」

この王宮から 北の国境にある村までは、馬を飛ばしても 5時間はかかる。

つまりは、今から出ても『夜までには戻る』と云うのは 物理的に不可能な距離である。

今は 村の前で街道が分断されている為、更に 時を費やす事となるだろう。

その事を知っている筈のエディンは、唖然としていた。

もう 声も出なかった。

驚きがぎて、疑問すらかばなかった。

「 ーーーーーー判った」

深い溜息と共に、ラノイが折れた。

全面的に了承を得たのだ とおもってか、魔法使リーゼロッテいは わずかに肩の力を抜いた。

ほっとした彼女へ、ラノイは 確認する様に問い掛けた。

「見舞いに出向く事が 目的だな?」

「はい」

「それが済めば、戻って来るのだな?」

ラノイは 云うに及ばず、シズやクランツの関心も 其処にある と云って良い。

今の魔法使リーゼロッテいは、戒縛のちからとらえられ『仮初めの妃』にと 仕立て上げられた立場である。

監視の眼などから解き放たれれば、彼女を縛るモノはない。

ラノイのそなえる戒縛のちからは 強力だが、その影響は 永遠ではないのだ。

単独で王宮を離れた彼女が エスファニア王国へ帰ってしまえば、ラノイ達には どうする事も出来ない。

故に、念入りに約束をさせているのである。

「此処に戻る と、お約束致します」

知り合って数日ではあるが、判っている事がある。

このたおやかな魔法使いは、約束を守る。そうしようと努力してくれる。

軽い口約束であっても、準備を経て きちんと叶えてくれる。

それだけに、約束を立ててくれた魔法使リーゼロッテいに、シズやクランツは ほっとしていた。

もっとも、ラノイだけは 追及の手を緩める気はない様だ。

「条件がある」

この状況で、譲歩するにたり 必須の条件を提示しよう、と云うのだ。

いやな予感しかしなかったのだろう。

魔法使リーゼロッテいは、われ知らず 身構えた。

「戻ったのちは、私のもとに ずっといる、と 約束をするか?」

其処まで 真顔で問い掛けていたラノイの口許くちもとに 小さな変化が起きていた。

同時に、切長きれながの黒い瞳も 妖しい光りを宿している。

「そ   っ」

かすかだが、ラノイの 左の口角が上がっている。

誰が どう見ても、意地悪をしている人物の様相だ。

「アシュリー」

本人も隠す気がないのか、声にまで 人の悪さを滲ませている。

この条件を拒絶するのならば、単独での外出は認めない。

しかし、受け入れたならば 彼女の立場は『仮初め』ではなくなる。

名実-共に ラッケンガルド王の妃となる事が妥協案だ と、そうおどして 返答を迫っているのだ。

本来ならば こんな小さな国の王の言う事など、く耳を持つ必要もない。

非公認とは云え エスファニア王の従妹姫であり、かの国の〔幼き妖精ファニーナ〕であり、高位の魔法使いでもあるのだ。

どの 地位や立場や権力を使っても、ラッケンガルドなど 簡単にひねり潰せるのだ。

それが判っていて こんな事を言い出せるのは、彼女の性格を知っているからこそ である。

ラッケンガルドの受けた災害を 親切心で見舞おうと云う魔法使リーゼロッテいに対して あんまりな条件だ、と 常識ではおもう。

しかし、それをしても〔森之妖精イリフィ〕とは得難い存在だった。

そうおもっているからだろう。

宰相-シズも、側近の クランツさえも、ラノイの非常識な条件に対し 口を挟まない。

「い、意地悪を 仰有おっしゃらないで……… 」

繊細かぼそい声で、魔法使リーゼロッテいが懇願した。

心優しい妖精が 胸を痛めているさまを、エディンは 複雑な表情で見遣みやっている。

「では、容認出来ぬ」

断ると判っていただけに、ラノイの笑顔はくずれない。

意地の悪い笑みを深めて、困っている魔法使リーゼロッテいを見詰めている。

「ラノイ様」

わざと困らせている事は判っていても、咎める事も出来なければ 諌める言葉も出ない様子だ。

魔法使リーゼロッテいは、彼の名前を呟いただけで 言葉を途切れさせる。

但し、納得はしていないらしく 非難する様なを向けている。

しかし、その程度の事でひるむラノイではない。

「このはなしは 此処までだ」

これ以上 はなす事はない、と言いたげに、冷徹に会話の終了を告げる。

〔獅子王〕の発した低い声に、エディンは さっと青褪あおざめた。

戦場の鬼神 と謳われた 過去の異名に相応ふさわしい威圧感を含んでいた。

クランツは、ソファに座って尚 倒れそうになっており、エディンは シズの座るソファの後ろにったまま 身を強張らせている。

「 ーーーーーー………… 」

平気そうなのは、義兄であるシズと、後宮へ迎えられたばかりの 唯一の妃である。

〔獅子王〕の威圧感を全開で放っているラノイは、それでも臆する事がない仮初めの妃を 興味深くおもっていた。

他を威圧している時でも 当人を威圧している場合でも、彼女は 決してラノイをこわがらない。

身内-以外では、珍しい反応なのだ。

「良いな?」

承諾を促されても、彼女は 不服そうに口をざしている。

同意しかねる と、沈黙が示していた。

「アシュリー」

返答を催促するつめたい声に、クランツとエディンが 震え上がった。

シズ-以外の臣下が 卒倒しそうになっている状況でも、うつくしい妃は 表情を変えない。

それでも、体調不良を訴えそうになっている者達クランツとエディンの為に 返答だけはしよう、と おもったのか。

「は、ぃ」

とても 意にわない と云った様子で、魔法使リーゼロッテいはうなずいた。




お判りかと思いますが、続きます。


今回 出てきたエディンくんは、この先 ちょいちょい出る予定です。

取り敢えず、11話目にも出ます。

神経質で 完璧主義者、を目指して書きたいんだが、何故か そうならない……。

何故だ? 私-自身が ズボラだからか⁈


兎に角、この先もガンバリマス……。

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