お前から言って欲しかったんだ
「ねぇー。いつまでパソしてんのー?」
俺のベッドの上でゴロゴロと転がりまがら、頬を膨らませているのは……
俺の大好きな人。
俺の恋人。
今日は日曜日で、学校もないし、用事も特にない。
そんな日は、家でまったりとするに限る。
俺と同じで暇だと言うコイツは、朝から俺の部屋に入り浸っているのだが、俺がPCばかりしているのが気に食わないようで、先ほどから何度も話しかけてくる。
…まぁ、そりゃそうか。
「ごめん、ごめん。後、少しね。」
そう言ったのは、はたして今日だけで何回目だろうか。
非常に冷たい態度だが、“めんどくさい”とか、“鬱陶しい”とか思って、こういう態度をとっている訳じゃない。
俺は本当にコイツが好きで。
…そう、大好きなんだ。
だから、今まで溺愛し過ぎた。
俺は、コイツへの愛が大き過ぎて、つい甘やかしまくっていた。
一日に数十回、“好き”って言ってキスをする。
…それが日常になり、俺もコイツもそれに慣れてしまった。
両想いのはずなのに、全部、いっつも、俺からで。
もともと照れ屋で自分から動けないコイツは、ますます受け身になってしまった。
…いや、別にいいんだ、それでも。
言葉にしなくたって、俺にはコイツの気持ちが、想いが、伝わっているから。
でも、やっぱり行動して欲しい時ってあるじゃん?
その口で言って欲しい時とか。
だから、俺は今、PCに夢中になっているフリをしている。
…コイツが構って欲しくて、可愛い事を言ってくれるんじゃないかって、期待しながら。
「ねーえー!」
俺の大好きなコイツは、痺れを切らしたように少し大きな声を出した。
少なからずイラついていらっしゃるようだ。
俺の行動のせいで、大好きな人に嫌な思いをさせてしまっているわけだが、罪悪感とかよりも、嬉しいという気持ちが勝ってしまう。
普段なんでもない顔して俺の側に居るコイツが、俺に構ってもらえない事で不機嫌になっているなんて……、にやけてしまう。
俺が返事をしないでいると、 コイツは声のトーンを落として、
「…もう、いいよ。……俺、帰る。」
と、言ってベッドから起き上がった。
予想していなかった行動にビックリした俺は、慌てて振り返る。
大好きな人は、俺の部屋から出て行こうとしていた。
…帰ってしまうっ!
俺は、急いで椅子かれ立ち上がり、去ろうとするコイツの腕を掴んだ。
「ま、待って、待って。なんで帰るの?」
そう聞けば、コイツは
「だって、全然、話してくれない、し。
こっち、見ても、くれない、し。」
と、俺の顔を見ずに、俯いてそう言った。
…その声は、震えていた。
さっきまで、喜びに埋れていた罪悪感が一気に湧き上がり、押し寄せた。
俺は、なんてバカな事をしたんだろう。
コイツが俺を好きでいてくれている事は分かっていたのに。
…なんで、こんな態度取られたら、コイツがすっごく傷つくって事に気付けなかったのかな。
俺は、震える小さな背中を見つめた。
……華奢なその背中は、とても儚気で。
「…俺の事、好き、じゃ、なくなったんだ?……他に、誰か…好き、な人、出来た…の?」
コイツは、細い喉から絞り出すように、そう言った。
“違う”
って言って、すぐに抱きしめたかったけど、こんなにもコイツを傷つけた俺には、そんな権利無い気がして、躊躇してしまう。
…俺じゃない人と付き合っていれば、コイツはきっと……傷つかなかった。
「ご、めん。押しかけ、て……ごめ…。」
そう言って、ポロポロを泣く、俺の大好きな人。
例え、俺なんかがコイツと付き合うのは、間違いだとしても。
例え、俺と付き合う事で、コイツがこの先もっと傷つく事になるんだとしても。
…俺は、この小さく儚いコイツを、ここで突き放す事が出来なかった。
そうやって、コイツの為のように見せかけているけれど、本当は……コイツを手離したくないだけなんだ。
…俺の醜い欲なんだ。
コイツの事を一番に考えたい、と思いながら、結局は自分の事なんだ。
コイツの役に立ちたいのだって、コイツの苦労とかを少しでも減らしたいって言うエゴなんだ。
俺はこんなにも醜いのだけれど、コイツはそんな俺も愛してくれるかな?
「違う。違うよ。お前以外を好きになる訳ないだろ。」
今さら、そう言ったところで、言い訳にしか聞こえなくて、到底信じてもらえないだろう。
…でも、完全に嫌われるまでは、コイツを繋ぎ止めていたかった。
「…お前から何か言って欲しかったんだ。……“構って”でも、“こっち向いて”でも、そんな些細な言葉でいいから……。お前から言って欲しかったんだ。」
俺が言い終わると、コイツはクルリと振り返った。
いつも何処か不安気に揺れる瞳は濡れており、目の周りと鼻を赤くしていた。
…その顔を見て、俺が泣かせたのだと言うことを更に強く実感し、胸がズキリと痛んだ。
コイツは、その瞳でまっすぐ俺を捉える。
…黒い綺麗な瞳に、目を逸らすは疎か、瞬きするのさえ赦されない気がした。
「…じゃあ、俺の事……好き?」
不安そうに、自信なく聞いてくる。
「うん。大好きだよ。」
俺はそう言って、コイツの額にキスを落とした。
コイツは、嬉しそうに笑った。
…その笑顔に、ズキリと胸が痛む。
その天使のような笑みが、俺のような醜い奴に向けられていいのだろうか、と。
コイツは、顔を真っ赤にさせて口を開いた。
「おれもっ。俺も、お前の事、大好き、だよ。」
照れ隠しに俺の腕を抓りながら言うコイツが愛おしくて。
…今なら、マチュピチュからだって飛び降りられる気がした。
「全部、好きだよ。」
そう続けたコイツの言葉。
深い意味なんて無いのかもしれない。
でも、赦された気がした。
受け入れられた気がした。
俺の目からは、知らずうちに涙が溢れていた。
その涙をコイツはわざわざ背伸びをして、拭ってくれた。
「どんなお前でも、好きだよ。お前が好きなんだ。」
“だから、辛そうな顔しないで”と、コイツは俺の頬にキスをした。
俺は、俺を見上げる“俺の大好きな人”を抱きしめた。
いつもは、されるがままなのに、俺の背中に小さな腕がまわってきて、ギュッと抱きしめ返してきた。
「好き。」
と、また言ってくる、大好きな人。
俺も、
「好き。」
と返すと、顔を上げたコイツと目が合う。
…なんとなく、照れ臭くって、照れ笑いをした後に、どちらともなく触れるだけの軽いキスをした。