第六話「入村審査」
村の門前に辿りつき、そのまま村に入ろうとすると、門前に立つ若いヒューマンが二人。その内の一人に呼びとめられた。
「ちょっと待ちなよ。あんた、よそ者だよな。」
「そうだが」
「我らがソルディア村にようこそ。だが村に入る前に、審査をする決まりなんだ。あんたの名前と種族、クラス、レベルを教えな。」
どうやらこの村はソルディアというらしい。彼らはその門番役か。二人とも腰に剣を下げている所をみると、少なくとも戦闘クラスを取得しているようだ。しかしその姿がどこかぎこちないというか、剣に似合わないのは、彼らの顔つきがどこか緩んでいるからだろうか。緊張感が無い。
「おいおい、ゲーム開始からたった5日で、もうそんなルールができてるのかよ。何か物騒なことでもあったのか」
「そんな事をあんたが知る必要は無い。まあ、少し教えてやると、これは昨日村民会議で決まったことなんだ。せっかく築きあげた村だ。俺達は村に何をもたらすのかもわからない部外者を易々と受け入れるほどマヌケじゃないってことさ。いいからさっさと答えてくれ。めんどくさいんだよ俺も。てか、そのケバケバしい色のローブはどこで手に入れたんだ。まさか初期装備じゃないよな」
「俺はらんまる、あんたらと同じヒューマンだ。クラスはカード使い。レベルは4だ。装備は平原で拾ったものだ。イカしてるだろ」
「ああ、イカレてるよ。目も痛くなるほどのショッキングピンクだぜ」
本当は11だし、防具の入手経路も別だが、ここは嘘をついておくことにした。何やらキナ臭いからな。こんなゲーム開始序盤から内と外を切り分けようとしているのには、何か理由があるはずだ。そしてそれはおそらく・・・、いや、今はやめておこう。
「それより、カード使いだと」
「ユニーククラスさ。」
「ふーん・・・。なんか知らんが、弱そうだな」
鼻で笑われながら言われた。すげえムカつく。けど、ここは我慢だ。俺は笑顔を崩さない。ジェントルマンだからな。
まあこいつが門番なんてしてなくて、村の外で出会って同じ口をきいてたら今頃こいつを芯までカリっと焼き上げてやるところだがな。もちろんこれは例え話。この村で食糧を買えなければ、俺は次の村まで周辺を流れる川の水だけで生活することになる。頑張れ俺。耐えろ俺。
「で、入っていいか。それと、食堂のような場所があれば教えてくれ」
「わかったわかった。いいよ、食堂は宿屋の中にある。村に入って中央の広場の右手にある大きな建物がそうだ。」
どうやら無害だと判断されたのだろう、すんなりと教えてくれた。
「助かる。あと質問があるんだが、この村でこの金貨は使えるか。」
ゴブリンの宝物庫で見つけた金貨を一枚取り出して渡す。男は金貨を掴むと物珍しそうに眺める。
「なんだこの金貨。悪いがこの村じゃまだ貨幣は流通していないぞ。基本は物々交換だ。まあ綺麗な金貨だから、飯代や宿代程度にはなるかもな。宿屋のセラさんに交渉してみな」
「そうか、ありがとう。ではまた」
「おう、またな」
俺は村の中へ歩き出しながら考える。貨幣が流通していない。それは発売前から知らされていたFOの特徴だ。他のゲームと違い、FOには世界共通の貨幣というものが存在していない。そのため、円滑な取引のためには貨幣を独自に流通させることが必要になる。貨幣流通の担い手は主に商人が中心となるだろうが、しかしそれも単に流通させるだけではだめだ。力や資本を背景にして、鋳造する貨幣に価値を持たせなければならない。
俺の手に入れていた金貨は、金でできた貨幣であることから、この世界でもそれなりの価値を有していることだろう。しかしそれがもし紙幣のようなものであったとしたら。紙幣をいくら持っていた所で、その価値が認められなければ紙クズ同然だ。貨幣とは、そういうものなのである。
おそらくこれから先、この金貨と同じように色々な村で貨幣が鋳造され、数え切れないほどの種類の貨幣が出回るはずだ。しかしその中で、貨幣としての「価値」が広く長く認められるものはわずかにしかないだろう。そのことを踏まえて、貨幣への接し方を気を付けなければならないな。
宿屋についた。できたての大きな木造の建築物だ。中に入ると、カウンターに女の子が一人。うーん、美人だ。まず肌の白さときれいな黒髪の長髪に目がいく。鼻もすっとしていて目も大きく、口元も魅力的だ。そして何より、服の上からでも目立つ胸が盛んに自己主張している。俺は胸の中でサムズアップした。その胸に付けられた名札を見ると、どうやら先ほどの門番が言っていたセラという子らしい。年齢は高校生くらいかな。服は初期装備だろうか、派手な容姿には不似合いなほど質素な格好をしている。無地のシャツに柄の無いパンツルックだ。
彼女はそうやって値踏みしている俺を知ってか知らずかにこやかに声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。お食事ですか。」
「どうも。食事と宿泊の両方だ。部屋は空いてるか」
「ええ、空いてますよ。食事もすぐにご用意できます。メニューを作るほどの食材がまだないので、今手に入る食材で作ることしかできませんが。」
「構わない。それで頼む。」
「では、支払いの方はどうなさいます?」
基本は物々交換なのだろうが、俺は金貨を2枚指し出す。言い忘れてたが、初期装備のローブとバックラーはダンジョンに投げ捨ててきてしまったから、これしか持ってないのだ。セラは素直にそれを見つめている。
「これは金でできたものだ。おそらく価値は高いだろう。これで、二泊ほどしたい、そして毎日の食事も。」
明日は村中を見て回りたい。フォーラムで情報も漁りたいので、二泊ほどしていくことにした。あとは地図は無理でも近くの村の方角くらいの情報は手に入れられるといいのだが。
「わかりました。これだけ頂けるなら十分でしょう。では部屋の鍵を渡しておきますね。二階の一番奥の部屋になります。食事はすぐなされますか。」
「ああ、頼む。あ、そうだ。部屋は一人分だけでいいんだが、食事だけは追加で二人前でお願いしたい。さっきの金貨でよければその分も払おう。」
「食事だけ二人前、ですね。わかりました。でもお代はこれで十分ですよ。では、鍵を」
「ありがとう。俺は部屋にいる。食事ができたら呼んでくれ。」
「了解しました。」
俺は部屋に向かう。もう一人分の食事はリーンの分だ。喋らないから不審がられるかもしれないし、鑑定スキルを持っている奴がいればモンスターだとばれてしまうかもしれない。しかしまあ、その時は説明すればいいだろう。しばらくリーンには何も食べさせてないので、正直可哀想になってきているのだ。しかし、これではセラに少し勘違いされてしまうかもしれないな。何とは言わないが。
さて、とりあえず飯ができるまでふかふかのベッドの上で掲示板チェックの時間だ。ちょうどいいので貨幣関連のトピックを調べてみる。スレの流れ的には貨幣は紙幣ではなくある程度の価値が担保されている銅貨、銀貨、金貨でしばらく統一しようという感じのようだ。たしかにそれならばどこへ行っても、どこの物を使っても貨幣はそれなりの価値を維持できるだろう。ただ、銅、銀、金、といったものが簡単に手に入るのならばの話だ。現実の世界でもそれら鉱物は貴重だからこそ価値があった。価値があるからこそ鉱山を国同士が争い合ったのだ。だから、綺麗事だけで進めようとしているこのスレッドの流れのようにはおそらくいかないだろうな。そのうち見た目だけ銀貨や金貨を装った悪貨も生まれてくるかもしれない。
雑談板も見てみる。やはりログアウト不能の件でまだ盛り上がってる。デスゲームだの、ゲームの外の俺達はもう死んでるだの、陰謀論だの・・・ほんと、みんなそういうの好きだな。
攻略板は村の話題が多かった。ダンジョンの情報が上がってくるのはまだ先か。俺も書き込もうかと考えたが、いざ自分で書き込もうとすると英語の語彙とスペルに自信がない。やめた。
その後も適当にフォーラムを漁ってごろごろしていた。しかし皆情報を出し渋っているのか本当に何も知らないのか、有益そうなものはほとんどなかった。使えねえ。人に言えたことじゃないか。
「お食事の用意ができました」
しばらくすると、ドアの外から呼ぶ声が聞こえた。
食事ができたらしい。早いな。フォーラムを調べつつ、考え事をしているとあっという間だ。リーンを呼びだす。
リーンは怒っていた。
「ひどいの!!お腹が空いても二日も放置だし・・・わたし今日何も食べれなかったら死ぬかと思った・・・」
「ごめん!カードにしまえばおなかも減らないかなって思ったんだ」
「そんなことあるわけないでしょ!それにカードの中は狭いし退屈なの!もうあんなとこ、わたし戻らないからね!!」
えっ・・・そうなの。てか、もう戻らないって。マジか。ということは部屋を取らないと。セラの宿屋、まだ部屋空いてるかなあ。