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逢魔刻  作者: 陰陽堂
9/13

 外の騒がしさで目が覚めた。

 起き上がって周りを見渡すが、そこには自分以外の誰の姿もなかった。

 何かあったのだろうか。

 顔を洗い、化粧をし、着替えて外に出ると、村の様子自体は、農作業をしている人が誰もいないということ以外いつもとなんら変わりがないようであった。

 しかしなぜだろうか。やけにざわざわとした感覚が身体全体を覆っている。

 明らかにいつもとは違うのだ。

 とにかく状況が知りたかったので、有森先生や坂口さんがいないか少しあたりを歩いてみることにした。

 すると、

「木戸さん、木戸さん。」

 と私を呼ぶ声が背中のほうから聞こえた。

 振り向くとそこには坂口さんがいた。

「あぁ坂口さん。あの、何かいつもと様子が違うような気がするのですが、何かあったんですか。」

 そう尋ねると坂口さんは一瞬いつもの明るい顔を曇らせた。

「ええ、それが、菊池のやつがその、こ、殺されまして」

「え?」

 坂口さんからの返答は、私が想像していたものとはまるで違った。あまりに唐突な出来事で私の思考回路は一瞬止まってしまった。それでも何とか頭を回転させた。

「菊池さんが殺されたってどういうことですか?」

 私は可能な限り冷静に物事を考えることにした。そしてこう質問した。

「ええ、菊池の遺体を最初に発見したのは有森先生でした。」

「先生が?」

「はい。それは夜中のことだったらしいんですが、空き家の一つから何か物音がするということで見に行ったみたいなんです、村人の一人と。そしてその空家の中で菊池の遺体を見つけたというわけです。死因は毒殺でした。」

「毒って、どうしてそうだと分かったんです?」

 この世界には警察やそれに相当する組織はないと聞いていた。だから毒殺という結論に至るには、科学的見地からではない、なにかそれなりの理由があるのだろう。

「目立った外傷が見受けられなかったうえに、争った痕跡も見受けられませんでしたから、毒殺だろうという判断です。」

「でもそうなら毒殺というより服毒自殺と考えたほうが合理的ではないんですか?」

「ええ、でも他殺と僕らが考えるのには理由があるんです。とりあえず現場に行ってみましょう。先生もいますしね。」

 坂口さんの言うとおり、直接現場に行ったほうが分かることも多いだろう。それに遺体を見た先生が普通の精神状態でいるとは思えなかったので、先生の様子を見に行くという面においても現場に行くことがやはり最適だろう。

 そういうわけで私たちは殺害現場の空き家へと行った。

 例の空き家の周りには多くの村人がいた。本来なら農作業をしている時間だが、そんなことは当然二の次だろう。

 それにしても。

 彼らはこの現状をどのように理解しているのだろう。遺体もしくは死体という言葉からも明らかなように、菊池さんは死によって生きているものから死んだものに変わってしまったのだ。こうは思いたくないのだが、菊池さんの身体は菊池さんだったもの、つまりかつて菊池さんと呼ばれていた物体になってしまったのである。

 そうなった理由はもちろん菊池さんが亡くなってしまったからである。他殺だろうが自殺だろうが、死ということには変わりない。

 そんなことは誰でも知っているし、直接的であれ間接的であれ死に触れるということは、何ら不思議なことではないだろう。

 しかし彼らは知らないのだ、死という概念を。

 そうであるから彼らは死体についても全くもって無知であろう。彼らは何を思ってここにいて、死体を見て何を思うのだろうか。

 それは私にはどうしても想像に難いことであった。

 しかし、気になるということについてはよく理解できる。特に自分が知らない事についてはどうしても好奇心が湧くものである。おそらくここにいる大半の村人はただ好奇心から野次馬に徹しているのであろう。

 そんなことを考えながら、坂口さんとともに空き家の中へ入る。

 玄関を入ってすぐの大きな広間の奥、私から見て左端のほうには、膨らんだブルーシートが置いてあった。菊池さんの遺体をくるんでいるのだろう。

 入り口付近には壁に寄りかかり、うなだれて小さくなっている塊があった。それは間違いなく先生であった。

 先生は頭を垂れて、ぶつぶつと何か言葉にならないようなものをぽろぽろとこぼしていた。相当堪えたのであろう。思った通り先生は相当なダメージを負っていた。

「先生、大丈夫ですか、有森先生?」

 と私が話しかけると、先生はああだとか、ううと言いながら私のほうを見た。

 その眼はほとんど光を失っていた。

 しっかりしてくださいよ、と言って先生の頬をつねったり叩いたりしたり、また先生の腕を私の首の後ろにまわして、なんとか立ち上がらせると、最初はふらふらしていたものの、ようやく意識をとり戻したらしく、

「ああ、木戸か。大丈夫だ、ほらこの通りぴんぴんしてるぞ。」

 などと言った。

 ほんとにこの人は大丈夫だろうかと思ったが、第一発見者たる先生にしっかりしてもらわなくては、どうしようもない。

 少しして坂口さんが家の中に入ってきた。そして立ち上がった先生を見て、

「いやいやさすが木戸さん、先生を元通りにしてくださったんですね。」

 などと言った。

 先生も先生だが、坂口さんも坂口さんである。同僚が亡くなったというにもかかわらず、こんな軽口を言っているし、へらへらした態度は全く変わっていない。

 しかし、もしかしたらつらい気持ちを堪えて、わざと明るく振る舞っているのかもしれない。

 そう思わなければやっていられない。

「それで、坂口さんが他殺だとおっしゃっていた理由を教えてくれませんか?」

「ああ、はい。では」

 と言って坂口さんは、遺体のところまで行き、ブルーシートを引き剥がした。

 私たちも遺体のところへ行き、覗き込んだ。

 第一印象は、まるで眠っているようだった。月並みな感想だけれども、実際にそうであった。確かに外傷はないように思えた。顔が青白くなければ、死んでいるとは思えないだろう。いや、実際に思えなかった。

「ね、きれいなもんでしょう。近くで見なければ死んでるとは思いませんよ。」

「確かに外傷はなさそうですね。もちろん争った形跡も見当たりませんね。」

「ええ。でも死んでいるのは事実ですし、そう考えるとやっぱり毒殺が一番妥当だと思いますよ。」

 毒殺という言葉を聞いて、やはり私は違和感を覚えた。

 これほどまでにきれいな死体であれば、やはり毒を使った可能性は高そうであるし、それ以外は思いつかなかった。だが自殺なんていうのはやはりおかしいと思う。普通なら服毒自殺と考えるのが自然だろう。

 そのような旨を坂口さんに伝えると、

「まぁそう思うのが普通だし自然でしょう。けど他殺と僕が言うのはちゃんと理由があるんですよ。」

 と言った。

 そして菊池さんの遺体が着ていたジャケットのポケットから何かを取り出した。

「その理由がこれです。」

 そういって坂口さんは取り出したものを私たちに見せた。

「これって指輪?」

 今まで黙っていた先生がそう発言した。

 確かに指輪だ。しかも小さなダイヤがついていることと、大きさが小さいということから女性ものだと分かった。

「これは菊池の遺体のそばに落ちていたものです。便宜的に彼のポケットに入れておいたのですけど。」

「指輪ってことはわかりますけど、これが他殺であることの理由というのは。もしかして犯人がつけていたものとでも?」

「と、思ったんですけど違いますかね。」

 坂口さんは自信なさげにそう言った。

 幾らなんでも短絡的というか、誰でも考えつきそうなことではあった。

「僕はこういうものはよくわからないし、不用意に触るのはどうかと思いまして、手つかずの状態にしてあります。ちょっと見てみます?」

 坂口さんはそう言った。そういうことなら、とよく見せてもらうことにした。

 指輪を坂口さんから受け取り、その内側を見てみた。所有者の名前などが書いてあるということもあり得るので、もしかしたら誰の物か分かるかもしれない。

 そんな簡単に物事が上手くいくはずはないとは思うけれど、これくらいしか今は手掛かりがないのだから、この指輪にすべてを賭けるしかないのだ。

 指輪の内側を見ると、そこには何かしらの文字が彫られていた。それはアルファベットで書かれていた。

 私は声に出して指輪の内側に書かれた文字を読んだ。

「ケイアンドエー、ミサカ」

 と読み上げたところで急に大声で先生が叫んだ。

「ミサカ?そ、それって」

 それは三人が三人ともまさか、と思ったことだった。

「ミサカ、御坂。それだ、ケイは幸太郎のK、エーは茜のAだ。そうだよそれは御坂茜の物だ。つまり犯人は、」

 そこまで言ったところで、玄関の扉が開く音がした。

 振り返るとそこには、御坂茜がいた。

 先生の声はすでに消えてしまっていた。

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