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逢魔刻  作者: 陰陽堂
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 それはあまりに唐突だった。

 俺たちは未だに須佐村から抜け出すことができていなかった。依然として、俺や茜たちが通ってきた扉は消えたままであった。

 そういうわけで、俺たちにできることと言えば、村人たちの農作業の手伝いくらいであった。

 もう俺たちがここにやってきて一週間が経とうとしていた。

「一体いつになったら元の世界に戻れるんだろうな。」

 俺は独り言とも取れるような声量で、並んで土を耕していた坂口に尋ねた。

「さぁ、僕にはさっぱりわかりませんよ。もうここで一生を終えてもいいんじゃないかと思っているくらいですしね。」

 そう坂口は力なく言った。

 俺も同じ気持ちであった。

 さっきの問いかけは、おそらく自分に向けて言った言葉であろう。

 そろそろ決心しなければいけないのだろう。元の世界に戻るのを諦めてここで一生を終えるか、帰れる方法を見つけるか。

 だがこれは二者択一ではない。俺たちにはここで一生を送る、元の世界に帰ることを諦めるという決心をするしかないのだ。

 選択の余地はない。

 だが、元の世界に対して未練のない俺にとっては、そんなことは結局どうでもいいのだ。ひょっとしたら探偵なんていう不適格な仕事よりも、農作業をして汗をかくほうが向いているような気がしていた。

 考えることは向いていない気がする。それどころか、あれこれと考えて悩んでしまうのであれば、思考を停止させたほうが、心穏やかに生きていけるような気さえしていた。

 そんなこんなで、結局あれこれと考えてしまっている矛盾した思考回路を持っている俺の身体は、せっせと農作業に取り組んだおかげで、かなり疲労感が溜まっていた。

 だからその夜はすぐに眠れた。が、すぐに目を覚ましてしまった。時計を見ると午前3時であった。

 目は完全に覚めているものの、特にすることもないので、俺は布団の中でごろごろしていた。

 すると不意に尿意を感じたのでトイレに行くことにした。

 布団から這い出たところで俺は、大事なことを忘れていた。トイレは家の中ではなく外にあるのだ。

「面倒だなぁ。」

 俺はそうつぶやいた。だが我慢はできないので仕方なく家の外に出た。

 空には月や星が煌々と輝いていた。月の出ている夜は、思った以上に明るいのである。

 目をこすりながらトイレへ行き、用を足し、家へと帰る途中のことだった。

 ガタンという物音が聞こえた。

 ただの物音だとは思ったが、それにしては音が大きい気がしたのでなんとなく気になってしまい、物音のした方向へ歩いていくことにした。

 少し歩くとそこには家があった。確かこの家は空き家だった。時間が時間なので当然のことながら明かりはついていない。

 家の周りも少し歩いて見てみたが、特に何もないので、やはり物音はこの家の中から聞こえたのだろう。

 俺は家の扉を開けた。家の中は真っ暗で何があるのか全く分からない状態であった。電気が通っているかも疑わしいので、俺は携帯電話のライトをつけて中の様子を窺うことにした。

 それでも中の様子はよくわからなかった。

 様子を窺っていると、不意に背後に気配を感じた。

 俺のなかには、なぜか急に恐怖心がわいてきて、血の気が引くのを感じた。

 俺は思い切って後ろを振り返った。気配を感じてからここまで十秒ほどであった。

 振り返るとそこには男の顔があった。

 ああ、知っている男だ。

「ど、どうしたんですか探偵さん?」

 その男、名前は知らないが一緒に農作業をしたことのある村人の一人が言った。

「いやトイレから戻る途中に物音を聞いてね、それがなんだったのか気になったから見に来たんだよ。だけどこの暗さだろ、なにがなんだかさっぱりだよ。」

「なんだ、そうだったんですか。僕も今トイレに行こうとしてたところなんですが、人影が見えたんで、泥棒だったら大変なことだと思って来たわけですよ。」

 なるほど、そういうことだったのか。俺は怖がっていた自分を恥ずかしく思った。

 それにしても。

「あの物音はなんだったんだろうなぁ。」

「なんなら家から懐中電灯でも持ってきましょうか?」

「いや悪いね、気になったらとことん調べたい性質で。お願いできるかな?」

 男ははいと言って、戻っていった。

 星や月を見ているとすぐに男が帰ってきた。

 さて、調べよう。

 俺たちはそれぞれ懐中電灯をつけて、中を照らした。

 中には何もないようだったが、唯一家の奥の端にどす黒い塊があった。

 あれはなんでしょうねぇと言って、男はその塊に近づいて行った。

 途端。

「あ、あぁ、なんて、なんてこった。」

 と言った。ひどく狼狽しているようであった。

 俺も急いで彼のもとへ駆けつけた。

 塊を見た途端、俺の血の気は完全に引いた。それは先ほどの比ではなかった。

 これは塊ではない。物体という意味では正しいが、塊なんて生易しいものではない。

 それは死体だった。

 俺は死体の顔を見てさらに驚いた。

 菊池省吾。

 その青白く変化した顔がそこにあった。

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