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逢魔刻  作者: 陰陽堂
7/13

 俺たちは御坂茜から事情を聴くことになった。

 彼女を俺たちが寝起きした家へと招くことも考えたが、須佐村のことも含めて詳しく事情を知りたかったので、俺たちは加藤の家に行くことにした。このことについては加藤も了解してくれた。ほかの失踪者たちについては、坂口たちが後で聞き込みをしたいということだったが、とりあえず、まずは全員で茜の話を聞くことにした。

 失踪者たちの精神状態はいたって普通なように感じた。

 茜が言っていたように、彼らは別に軟禁などされてはいないようだった。

 それにしても。

 全くもって俺は落ち着くことができていなかった。

 目の前には茜が座っている。既婚者だとは分かっているが、その美しさに俺は虜になってしまっていた。手に入れたいわけではないし、恋に落ちたのでもない。それだけは確実だ。

 むしろ、美術品に見とれているという感覚に近いような感じであった。それほどまでに整った容姿であった。

 それに加えて、彼女は気遣いについても一流であるようであった。立ち居振る舞いも洗練されていた。

 裕福な家の出ではないということは調査で明らかなのだが、これほどまでに人としてできているのは、親のしつけがよっぽどなっていたからであろうか。

 そんなどうでもいいことを考えていると、加藤が家へと入ってきた。無理を言って仕事を切り上げてもらったのだった。だがこの集まりは彼なしでは成立しない。

「お待たせして申し訳ありません。」

 加藤はそう言って、茜の横に座った。

 ここに集まったのは、茜からここに来た経緯など、これまで起こった事を聴くため、というのが建前上の理由であった。俺は、いやここにいる茜と加藤以外の者にとってはそんなことは二の次であった。

 そう。

 聞きたいことはただ一つだけであった。

 坂口が最初に口を開いた。

「僕が、いや僕たちが聞きたいことは一つです。まず御坂さん、ご無事で何よりです。それから加藤さん、僕が言いたい事分かりますよね?」

 坂口の声色や表情は、俺が彼に出会ってから始めて聞き、見たものであった。

 加藤は黙ったまま、小さく頷いた。

「どうして僕たちに御坂さんや失踪した人たちのことを黙っていたんですか?」

「それは」

 加藤は聞き取れるぎりぎりの声量で、発言した。彼は依然下を向いたままであった。

 俺は加藤の行動を不思議に思った。

 俺たちは別に加藤を責めているわけではない。もちろん加藤がこの失踪事件を起こしたなんてつゆほども思っていない。

 あえて言うとすれば、俺たちは、いやこれは俺だけなのかもしれないが、真実を隠していたことに憤っているのだ。俺は本当に茜のことを、失踪者たちのことを心配していた。

 結果的に茜たちは無事だったし、俺も依頼を完了できたので、あえて加藤に追及する必要はないのかもしれない。

 しかし納得できないということも確かである。なぜ嘘をついたのか、という疑問を解決しなければ帰ることもできない。

 だから今ここで話を聞こうというのだ。

 そういった俺たちの姿勢が、加藤の行動や態度に影響を与えたのかもしれない。後ろめたさを感じさせたのかもしれない。

 だが、そうであるならば俺は彼の行動などを不思議に思わなかっただろう。

 俺が不思議、いやこの場合違和感と言ったほうがいいのかもしれないが、それを感じたのは、加藤が何かほかの理由が原因で、後ろめたさを感じているのではないのだろうかと感じたからであった。

 もしかしたら、それは加藤の話を聞けば明らかになるのかもしれないし、結局わからないままかもしれない。

 真実は加藤の中にしかないのだ。

「それは、ほんの出来心だったんです。」

 加藤は声を振り絞った。

「詳しく教えてくれませんか。」

 坂口が聞いた。その声はいつもの坂口のものになっていた。

「はい。私は御坂さんからいろいろ話を聞きました。どうやってこの村にやって来たのかとか、むこうの様子だとか。その中で私が最も興味を持ったのが、死です。」

「死って、どういうことですか?」

 それは、と口を開いたのは茜だった。

「あのですね、加藤さんやこの須佐村の人たちには死という概念がないようなんです。いわゆる不老不死というものらしくて、ある年齢に達するとそれ以上年をとることがないようなんです。」

 正直言って意味が分からなかった。

 死というのは、遠いようで近い存在だと思う。もちろん体験したことはないし、実感したことなどもないが、人が死ぬのを俺たちは実際にこの目で見たり、小説や映画など様々なところで見ることをできる。

 だから、死の概念を知らない人はいないのだろうと思う。

 だが、この須佐村の人は知らないのだという。

 この村の人たちにとって、生きることとはどういうことなのだろうかと、ふと思う。 人の人生には限りがある。人生の始まりは生まれるということで、終わりは死である。それは明白なことである。今更異論を唱える人はいないだろう。

 そして、人は終わり、すなわち死があるから今を一生懸命生きるのである。誰だって死にたくない。だけどそれを受け入れようが受け入れまいが、死という事実に変わりはないし、死がいつ来るかなんて誰にもわからないのである。

 だから死という終わりが来る前に、自分の一生に悔いを残さないために人は一生懸命に生きるのである。

 だが加藤は、須佐村の住人たちはどうであろうか。

 死という概念のない彼らは、なんのために生きているのだろうか。

 もちろん俺たちだって、なんのために生きているのかと言われたら、困ってしまうだろう。少なくとも今の俺には、死は遠い存在、はるか未来のように思えるものであるから、生きる意味なんて分からないし、考えたこともない。それはほかの人もおそらく一緒であろう。

 それは死を知らないものならなおさらであろう。

 だがそれは俺の想像に過ぎない。結局彼らが何のために生きているかなんてわからないし、それこそ俺の尺度で測ること自体無意味なのかもしれない。

 俺は何もわからないのだ。確かなことはそれだけだった。

 だから、

「俺にはよくわからないです。なにがなんだか。」

 そう素直に答えるしかなかった。

「私も今でもよく分かりません。でもそれは受け入れるしかないのではとも思うんです。」

 確かに茜の言う通りだろう。

 俺が理解できようか、できまいかなど関係ない。ようは、それを受け入れられるか受け入れられないかのどちらかである。

 そして茜は受け入れたのだ。

 そうならば、俺も受け入れるしかないのだろう。もし受け入れられないのであれば、俺は永遠にこの会話にも入れないままになってしまう気がする。大した能力のない俺にとって今出来ることは、話についていくことだけなのだ。

「なるほど。面白いというのはいささか不謹慎な気もしますが、非常に興味深いです。」

 坂口はもう完全に記者の顔になっていた。

「確かに興味深い話ではあります。でもそれと嘘をついたことに何の意味があるんでしょうか?」

 俺や坂口の心がざわついている中で、木戸だけは冷静であった。

 そうなのだ。

 死の概念がないということは驚くことだが、結局加藤が嘘をついていたこととは何の関係もないような気がした。

「いえ、実は関係があるんです。これは御坂さんにも言っていなかったことなのですが、私たちに死の概念がないと知ってから、私の心の中である一つの欲求が生まれました。その欲求は日増しに大きくなっていきました。それは、もし私が自殺したらどういうことになるのか知りたいという欲求です。で、ですけどそれを実践するのは怖くてできませんでした。でも、もしかしたら御坂さんに相談したら何とかなると思っていました。でもそんなときに」

「僕たちがやって来たと?」

「そうです。それで咄嗟に嘘をついてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。」

 加藤はそう言って、深々と礼をした。

 聞いてみればなんてことない話である。加藤の中に、自殺したらどうなるか知りたいという欲求があることを除いては。

 そもそも死ぬことはないのだから自殺という言い方は正しくない気もするが、どちらにせよその欲求を抱くこと自体は、何ら不思議なことではないと感じた。

 知らないことややってはいけないと感じていることをやってみたいというのは自然な感情である。たとえば、未成年者が飲酒や喫煙をしたくなるようなことと同じではないかと思う。

 結果的に、加藤の話を聞いた後の俺たちの総意としては、特に加藤を責めるような必要もないし、加藤が欲求を満たすために何らかの行動をしないのであれば、何の問題もないということであった。

 加藤もそのことについては了承してくれた。

 これで障害は全くなくなった。

 ようやく帰ることができる。

 そう思った矢先であった。

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