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逢魔刻  作者: 陰陽堂
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 スーツを着てこなければよかったと思った。

 なんという暑さであろうか。額からは汗が吹き出し、カッターシャツは汗を含んで、身体にまとわりついてくる。

 しかしながら、午前中ずっと外を歩き回っているにもかかわらず、休憩する暇を与えられることはなかった。汗を拭けども拭けども意味はなかった。ハンカチはその存在意義を失ってしまっていた。

 睡眠も十分とは言い切れなかった。

 それだけ疲労がたまっていたことは事実だし、休養が十分でなかった原因の一つであろう。しかし、俺の安眠を妨げた一番の要因は、床の硬さであった。そのせいで、今も身体のあちこちが痛む。

 俺は苛々していた。

 慣れない環境のせいもあるだろう。

 でも一番の理由は、今俺たちがとっている行動に、意味を見いだせないからであろう。

 朝起きてすぐ、俺は木戸にたたき起こされ、しわくちゃのスーツを着て、聞き込みとやらに同行させられた。

 俺は知らない人間と話すのが嫌いだ。苦手だ。そのことは木戸も知っているはずである。それなのに俺を聞き込みに連れてくるなんて、どういうわけであろうか。

 木戸のことだ。俺に嫌がらせしているに違いない。

 そう思うと、途端に木戸に対して怒りがわいてきた。何もかもが嫌になって、黙って下を向いて木戸たちの後をつけていた。それが聞き込みを開始した直後の俺の感情であった。

 それから3時間ほど経った。

 苛々した気持ちは相当緩和されたし、意味不明な怒りもおさまっていた。だけれども俺は、さまざまな負の感情と無意味なまでの悪戦苦闘していたせいで、木戸や坂口たちが行っていた聞き込みを、ほとんど聞き漏らしていた。

 今度は自分に腹が立ってきた。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、

「先生、話をちゃんと聞いてます?」

 と木戸が話しかけてきた。

 やはり木戸には見抜かれていたようであった。

 俺は、頭をフル稼働させて適切な言い訳を考えようとしたが、そのどれもがきっと見抜かれてしまうのだろうと悟ると、

「い、いや、すまない、どうやら聞き漏らしてしまったようだ。」

 と力なく答えた。

 木戸は、仕方ないですね先生は、と言うといままでの聞き込みで得られた情報を、簡潔にまとめて教えてくれた。

 しかし、その情報のどれもが失踪事件には関係ないものだった。

 坂口も、収穫なしですね、と肩を落としていた。

 彼らの話を聞き、自分でも必死に考えたが、その末に思いついたのは、やはりここには御坂茜たち失踪者は来ていないのだろうということだけであった。木戸や坂口も聞き込みをしていく中で、俺と同じ結論に至ったのだった。

 もうどうしようもない。

 俺の心は悲壮感でいっぱいになっていた。

 これからどうしたらいいのだろうか。考えたところで何の答えも出ない気がした。

 俺はぼやけつつある視界の中、ただぼんやりとあたりの民家を見わたしていた。空き家ばかりだ。ここに住んでいた人たちはどこへ行ったのだろう。意味のないことばかりが頭に浮かんだ。

 ぐるぐるとまわる視界の中に、突然あるものが目に飛び込んできた。

「ん?なんだあれは。」

 急に視界が鮮明になった。

 それは顔であった。しかも写真で見た御坂茜の顔であった。空き家の扉の窓からこちらを覗き見る御坂茜の顔であった。

 なぜだろうか。

 突然。

 俺はその空き家に向かって走り出した。

 すでに茜の顔は窓から消えていた。

「どうしたんです先生。何があったんですか?」

 木戸は民家に駆けていく俺に向かって叫んだが、俺は無視した。

 扉に手をかけ、開けた。

「な、なんだこれは。何が起こってるんだ?」

 俺はヒステリックに叫んだ。

 目の前には十人ほどの人間がいた。近くには茜もいた。

「こ、これは。」

 坂口の声だ。大いに狼狽してる。

 木戸と菊池もやってきた。彼らも坂口と同じような反応をした。

「ま、まさかこれ、軟禁されているんじゃないんですか?」

 坂口が言った。

俺は、そんなことはない、あり得ないと言おうとした。だが俺の口からその言葉が出ることはなかった。頭は働いていたはずだったが、身体は言うことを聞かなかった。それほどまでに俺は唖然としてしまっていた。身体が固まってしまっていた。

「大丈夫です。軟禁されてなんかいませんよ。」

 足元で声がした。茜の声であろう。

 茜は立ち上がると、居住まいを正して一礼した。

「こんにちは。ごめんなさい驚かせてしまって。」

「いえいえそんな。僕たちが勝手に驚いただけですよ。ねぇ、有森先生。」

 俺は、ええ、そ、そうですよと苦笑いした。

 写真で見てはいたが、実際に茜の顔を見ると、その美しさに狼狽してしまった。ただでさえ他人と話すことが苦手な俺は、明らかに挙動不審であった。

 それを見かねたのであろう。木戸が、

「先生、落ち着いてくださいよ、全くもう。そういえば先生、言わなければいけないことがありますよね。」

 と助け舟を出してくれた。

「ああ、そうでした。俺は探偵の有森礼二と申します。実はあなたの夫である御坂幸太郎さんからあなたの捜索依頼がありましてね、それでここまでやって来たというわけです。」

「それは、ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません、お手数をおかけしてしまって。」

 茜は何度も深々と礼をした。

 俺はその姿を見てさらに狼狽してしまった。

「顔を上げてください。私たちはこれが仕事ですので、迷惑というかむしろありがたいといった感じなので、本当に気にしないでください。」

 またもや木戸に助けられた。

 俺の頭はほとんど機能していなかったが、茜に会うことによって肩の荷が一つおりたような気がしていた。

 これで依頼は完了した。あとはここから無事に帰るだけであった。

 しかしこの後、俺たちは全く予期していなかった事態に巻き込まれることになってしまった。

 

 

 

 

 

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