13
「全く。ただの腑抜けですよこの人は。まだ元の世界に戻れたわけじゃないのに、全てが終わったかのようになっちゃって。」
気が付くと、木戸の明らかに俺に対して放たれている言葉が、俺の耳に入ってきた。
気絶していたのだろう。
目を開けると、そこには木造の天井があった。
「ああ、この景色見たことあるぞ。」
と言うと
「まだ寝ぼけているんですか。あたりまえじゃないですか、ここで気絶するの二回目じゃないですか。しっかりしてくださいよ先生。」
「ああ、すまん。」
木戸の言うようにまだ寝ぼけているようだ。頭がぼうっとしている。
体を起こすと、そこには木戸のほかに坂口と茜がいた。
「先生は相変わらずですね。」
坂口は、にやっと笑って軽口をたたいてきた。
俺は、うるさいなぁ君も、とぼやきながら立ち上がった。服装は倒れた時と同じだった。といっても、そんな気がするだけなのだが。
それで。
「加藤はどうなった?」
そう聞いた途端、茜だけはその表情を曇らせた。
「どうもしませんよ。いや、私たちには、どうにもできないといったほうが適切ですね。」
そうなんですよ、と坂口も口を出した。
「なんせこの須佐村には警察なんてものがないですからね。刑事罰だとかなんだとか言っても、僕たちの世界とは違いますからね。」
それもそうだろう。
だが、坂口の話しぶりはどこか寂しげであった。
きっと一番つらいのは坂口なのだ。殺された菊池とはそれなりの付き合いもあったそうである。
怒りのぶつけどころも見当たらないのだろう。
どうしようもないとはいえ、どうにかしたいという気持ちに駆られる。
でも結局どうすることもできないのだ。
もどかしい。
俺は着替えた後、とりあえず腹を満たした。
さて、これからどうするべきなのだろう。
どうしたら帰ることができるのだろう。
そう思っていた矢先である。
「た、探偵の先生いらっしゃるかい?」
ドンドンと扉をたたく音とともに男が入ってきた。見知った顔であるが名前はわからなかった。
「どうしたんです?」
答えたのは木戸であった。
「扉が見つかったんだよ。」
「扉?」
何を言っているんだ?
「先生はほんとに馬鹿ですね。扉ですよ、私たちがこの須佐村に来たとき通った、あの扉ですよ。」
「ああ。」
ようやく分かった。そして事の重大さがやっとわかった。
俺たちは戻れるのだ。元の世界に。
「良かったですね。いやーほんとによかった。」
坂口は安堵の声を上げた。茜も嬉しそうであった。
俺たちは支度をした後、すぐにその扉のところへ向かった。
そこには俺たちがかつてくぐったあの扉があったのだ。
ドアノブを回し扉を開くと、そこには鏡に映したように同じ景色が広がっていた。
俺は、そして本来この扉の向こうにいるべきすべての人々は、扉の向こうへ渡った。
全員が扉をくぐり終えると、扉はすうっと消えてしまった。
携帯は圏内であった。
「ん?」
何かがおかしい。
それを木戸も気づいたようであった。
「おかしいですね。日付が須佐村に行った日と同じですよ。時間もほとんど変わってませんし。」
「確かにそうですね。僕たちは二週間ほどあの村にいたはずでしたけど。」
もしかしたら。
「もしかしたら、何も変わってないのかもしれない。」
俺たちが須佐村で過ごした時間は、この世界では一瞬のことなのかもしれない。
それに。
あの時と何も変わってないようだった。
ただ、ここにはもう菊池はいない。彼は死んでしまったのだ。
森を抜けると、空は茜色に染まっていた。
「先生、逢魔刻ってご存知ですか?」
坂口は唐突に訊いてきた。
「おうまがときだって?」
聞いたことがなかった。ましてやどんな漢字なのかも分かっていなかった。
「魔に逢う刻限と書いて逢魔刻です。夕暮れの時間帯のことでしてね、まぁ昔はこの時刻から妖怪が活発に動き出すって言われていたようですよ。」
「妖怪ねぇ。」
俺の声色は信じていないぞ、と言いたげであった。
「もしかしたら僕たちは妖怪に弄ばれていたのかもしれませんね。」
坂口はそう言うと、へへっと笑った。
妖怪か、とつぶやきながら空を見上げた。
もう夕暮れと言うよりは、夜に近かった。
それは、いつもどおりであった。
だけど、どこか違っていた。
(完)
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