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話を聞いて俺は、ああいつものことかと落胆を隠せなかった。
「わかりました。依頼は受けますよ、もちろん。ですが事案が事案だけに見つけられるかどうかはわかりません。それはご了承いただけますね。」
俺の目の前にいる男は、小さく頭を下げた。気落ちしているのはだれの目にも明らかだった。
それも仕方のないことだろう。
彼、御坂幸太郎の妻はつい先日彼の前から姿を消したのだ。失踪である。
また、御坂夫婦が結婚してから一か月ほどであるということも、彼の悲しみを増幅させている一因であることは、疑いの余地がなかった。
「依頼料などについては後日連絡いたしますので、今日はお帰りいただいて結構ですよ。」
御坂は、はい、と小さく返事をして、帰って行った。
探偵という仕事はつくづくいやな仕事だと思う。
依頼主はみな、何らかの心の痛みを伴っているものである。加えて探偵のもとにやってくる人々の中には、警察に相手にされないということを経験した後で、探偵のもとにやってくる者も少なくない。
しかしながら、そんな依頼者たちに対して我々探偵は、あくまで事務的に対処しなければならないのだ。私情を持ち込むことはあってはならない。
探偵とは、そういう仕事であるのだ。
そんなようなことを考えていると、不意に事務所のドアが開いた。
開けられたドアから一人の女性が入ってきた。
「なんだ依頼者じゃないのか。」
女性の姿を見て、俺はつい、そう言ってしまった。
「本当に失礼ですね先生は。先生がそうやって椅子に座ってくつろいでいるあいだに、代わりに依頼を解決してあげてるのは誰だと思っているんですか?」
君だよ、全くすまないね、と俺は皮肉たっぷりに言った。
彼女は、わが探偵事務所の探偵助手、木戸愛梨である。
俺が言うのもなんだが、彼女は有能である。反対に俺は、主観的に見ても客観的に見ても無能である。
そういうわけで、依頼をこなすにしても俺がやるよりは、彼女がするほうが効率的であるし、依頼者からの評判がいいのだ。
こうなってしまっては、どちらが探偵でどちらが助手か、わかったものではない。
そんなこともあって、多くの仕事、とくに浮気調査などは、彼女に一任している。
今日も彼女には浮気調査をしてもらっていた。
「それで、調査のほうはどうだった?」
「完璧ですよ。依頼者もきっと満足ですよ。」
完璧だ、と言える自信がどこから来るのか、俺にはわからなかった。それに、浮気が発覚して満足する依頼者なんていないだろ、と思った。
「そういえば先生、今日いらっしゃった方の依頼内容ってなんだったんですか?」
木戸はコーヒーを淹れながら、そう訊いてきた。
俺は、失踪だってさ、と言った。
「ふうん、そうですか。失踪といえば先生、最近よくそんな噂を耳にしませんか?」
いや、わからないよ、と俺は言った。
俺はあまりテレビや新聞を見ないので、最近のニュースなどもあまりよくわからない。それについては木戸に、世間知らず、とよく罵られるのだが。
そういうわけで俺は、暇つぶしもかねて、その噂とやらを聞くことにした。
木戸はコーヒーを俺の前に置き、俺に対面するよう椅子に座ると、こう切り出した。
「その失踪ってのは、半年くらい前から話題になったたらしいんですけど、女性ばかりがいなくなるとかそういうわけじゃなくて、失踪する場所が同じなんです。その場所が長野県らしいんですけど」
木戸がそこまで話し終えて、俺には引っかかるものがあった。
「失踪するのが、みんな長野県だって。」
はい、そうです、と木戸は答える。
「そういやさっきの依頼主も、長野に行った際に妻が失踪した、とか言っていたな。」
なにかの因果関係があるかどうかはわからなかったが、木戸の好奇心に火をつけるには役立ったらしかった。
「それって何か関係があるかもしれませんよね。依頼をこなすのはもちろんですけど、もし私たちが噂の謎を判明できたら、すごいと思いませんか。そうなればこの探偵事務所の認知度も上がると思いますし。」
確かにそれはそうである。探偵事務所にとって、知名度や信用といったことは、非常に重要なファクターである。
「君の言うことにも一理あるな。よし、今回は二人で行こう。」
「俺が解決してやる、とは言わないんですね。まぁいいですけど。」
かくして俺たちは、依頼をこなすため、また噂の真相を暴くため、長野に向かうこととなった。