架空請求
俺の仕事は、電話で架空請求をする事。
一時はそれなりに騙される奴も多かったが、最近じゃ流石に少なくなっている。きっと、テレビなんかでさんざん放送されているからだろう。それで今までは男ばかりを狙っていたが、女もターゲットにし始めた。男よりも気が弱いのが多いかもしれないから、上手くいけば稼げるかもしれない。
名前と住所と電話番号が載っている名簿を見ながら、俺は次のターゲットを見定めた。20代後半、一人暮らし。これなら、いけるかもしれない。心細さから不安が加速して、簡単に払ってくれるかも。
俺はその女に電話をかけた。
「はい、もしもし」
と、女が出る。受話器の向こう側から聞こえる声は、妙におっとりとしている。なんだか騙され易そうだ。そう思った俺は、まずこう言った。
「はい、どうも。こんにちは。実は私どもは出会い系のサイトを運営していまして。この度はお客様に、入会金と利用料を支払っていただこうと思い、お電話をかけさせていただきました」
すると、女はこう返す。
「はぁ、それはご苦労様です」
それを聞いて俺は思う。馬鹿だ、こいつ。これならいける。
「はい。それでですね。今から指定する口座に明日までに、5万円ほど振り込んでいただきたいと」
しかし、そこまでを言うと、女はこう言って来た。
「すいませんけども…」
その口調からは敵意は感じられなかったが、何を言うつもりなのかと俺は警戒した。
「どのようなサイトか、教えてくれませんか? 今、インターネットで調べようとしていますので」
なにか変な感じだな、と思いつつも俺は用意してあったサイト名を言った。しばらく後、女はこう返す。
「ああ、出てきました。架空請求サイトって書いてありますね」
なっ! と、俺はそれを聞いて思う。先日作ったばかりで一度も使っていないサイトだから、警告が出回っているはずはない。俺は慌ててこう言った。
「それは名前が偶然同じなだけです。当サイトではありません。実はよく勘違いされるのですが、同じサイト名がありまして…」
慌てて検索サイトで検索する。しかし、そんな警告は一つもヒットしなかった。それで俺は次にこう言った。
「お客様。失礼ですが、サイト名をお間違えではありませんか? 当サイトで、そのような警告は出ていませんが」
それを聞くと、女は嬉しそうに「うふふ」と笑った。
「ごめんなさい。冗談ですよ。なかなか、ご立派に作ってありますね。がんばったのでしょう?」
その返答で、実は俺は遊ばれているのかもしれないとそう思った。
「お客様。ふざけてもらっては困ります」
それで、少し口調を厳しくしてそう言う。すると、女はこう返して来た。
「あらあら、ごめんなさい。怒っちゃいましたか? それでは、私が利用した分を知りたいので、どうすれば確かめられるか教えてはくれませんか?」
俺はそれを聞いてにやりと笑う。ちゃんとそれも用意してあったからだ。
「では、ログインして名前をお確かめください。アカウントとパスワードは…」
女にそう告げる。しばらく後に、女はこう言った。
「あらあら、なるほど。わたしの名前ですね。でも、おかしいわ」
「どうしました?」
「さっき、教えてくれたアカウントとパスワードは、わたしのものじゃないんです。何か手違いがあったのじゃないですか?」
その言葉に俺は目を丸くした。俺がでっち上げたデタラメのサイトだから、アカウントもパスワードも本来、存在しない。それでこう返す。
「そんなはずはありません。さっきのアカウントとパスワードは間違いなくお客様のものです」
すると、しばらく後で女はこう言った。
「なるほど。では、こういう事じゃありませんか? わたしが入っていたのは、偶然名前が同じな別のサイトで、あなたのサイトじゃないのですよ。きっと」
俺はそれを聞いて怒った。
「そんなサイトなんてありません!」と、怒鳴る。しかし、すると女はこう言うのだった。
「でも、さっき。あなたは同じサイト名があるって仰ったじゃありませんか?」
その言葉に俺は言いよどむ。どうにも、やっぱり遊ばれている気がする。それで、こう思う。こうなったら、仕方ない。最終手段だ。俺は口調を変えるとこう言った。
「いつまでもふざけているんじゃねぇ。こっちは、あんたの住所も知っているんだぞ?」
半ば脅し。住所を知られていると思うと、相手は不安になって、払うと言うのだ。それから俺はその女の住所を言った。
「どうだ。何なら、今から行ってもいい」
すると、女はこう応えた。
「あらあら、それは大変。その住所、何処から手に入れたのですか?」
「あんたが登録したんだろう?」
多少、女の声が狼狽しているのに気を良くして俺はそう言う。しかし、それから女はこう言ったのだ。
「でも、問題ですよ。もしかしたら、あなた騙されているかもしれません」
なに?
俺はそう言われて、不思議に思った。こいつは、何を言ってるんだ?
「住所録か何か知りませんが、あなた達はそれをお金を出して買ったのでしょう? でも、それ、まがいものですよ。デタラメの住所録を買わされたんです。
だって、あなたが今仰った住所、間違っていますもの」
何だと?
何度か使っているが、今までの住所は、全部、正しかったが、と俺は思う。
「もし、よろしければ、入手先を教えてもらえませんか? もしかしたら、犯人が分かるかもしれません」
「教えられるはずが、ないだろう!」
そう言われて、俺は思わずそう答えていた。しかし、その後で女はクスクスと笑い始める。
「ごめんなさい。冗談ですよ。でも、住所が間違っているのは本当。わたし、引っ越したばかりの頃、住所をよく覚えていなくて、間違った住所を何度か書きましたから。きっと、その何処かから流れた住所なんでしょうね」
「ふざけるな! この女!」
俺はその説明に怒った。女は楽しそうに笑う。
「あらあら、怒っちゃいましたか。でも、本当にマニュアル通りで、テレビで放映されていたのと同じ脅し方だから、楽しくなってしまいまして。きっと、がんばって勉強なされたのでしょう? 練習とかも、しているのですか?」
俺はその言葉に赤くなる。怒りではない。女の言う通り、俺はマニュアルをがんばって勉強し、練習までしていたからだ。女は続ける。
「でも、もったいないですね。折角、がんばっても、これは大して役に立たない技術ですよ。そのうち通用しなくなるし。もっと、他の技術を覚えればいいのに。きっと、このままでは職にあぶれてしまいすよ。あまり効率の良い仕事にも思えませんし」
俺はその言葉に固まった。女は続ける。
「余計なお世話かもしれません。でも、わたしはあなたが少し心配なのです。どうせ仕事をするなら、真面目に働いて、堂々とお金を貰った方がずっと利口な生き方だと、少なくともわたしはそう思います。
それとも、悪い方向に努力しなくちゃいけない、何か特別な理由でもあるのですか? 家のしきたりとか」
女は自らのその面白くない冗談に少し笑う。しかし、俺は何も返さなかった。俺の気持ちはその言葉に沈んでいたからだ。俺自身いつも思っていた事だった。いつまでもこんな事をし続ける訳にはいかない。俺は何も返せない。
女は言った。
「最後になりますが、お話できて楽しかったです。もし、叶うのなら、今度は陽の当たる場所で……」
そう言って、女は電話を切った。俺はその後で声を出さずに泣いてしまった。