侍女
朝、目覚めるとため息を漏らす。
昨日は軽率な事を言ってしまったと反省する反面、これで良かったと思う気持ちがある。
セラスには自由に恋愛をして貰いたい。
コンコン
(セ、セラスか?)
ドアをノックする音に驚いて身体を強張らせる。深呼吸をして必死に自分に落ち着けと言い聞かせる。
「ど、どうぞ」
ガチャリ
ドアの奥には若い女性が立っていた。女性というよりも少女に近い。
「ふぅ~」
タケルは安堵のため息をついた。
「どうかしましたか?」
少女は首を傾げた。
「いや、なんでもない。それより何の用だ」
「はい、国王陛下よりタケル様の身の回りのお世話をするように仰せつかりましたメルと申します」メルは礼儀正しく一礼をした。年の割りにはしっかりとしているようだ。
「そうか、それはすまない」
タケルはメルの姿を観察した。色白い肌に短めの黒い髪、綺麗な真っ黒の瞳、年は最初に感じたように若い。全体的に清らかというかウブな印象をうける。
メルはジロジロ見られて落ち着きのない様子だ。
「あの・・」
メルは顔を赤くしてしどろもどろになる。
「年は?」
気になった事をストレートに聞いた。
「今年で15になります」
「若いな」
タケルは思った通りの年齢に納得する。
「精一杯ご奉仕させて頂きます」
メルは若さから頼りないと思われていると受け取り自分の意気込みを主張した。
「ご用があるのでしたら遠慮なくお申し付けて下さい」
思案して見たがこれといって用事はない。
「今、特に入り用は事はないな」
「そう・・ですか」
どこか寂しそうに表情を浮かべる。
この侍女は見た目だけでなく心も若いと感じた。
「あっ、そうだ、すまないが飲み物を用意してくれないか」
メルの顔にぱぁっと笑顔が咲く。
「はい、直ぐに」
「なんだが嬉しそうだな」
「はい、天の子のお役に立つ事は侍女としての誇りです」
目を輝かせて、急ぎ足でタケルの前から下がっていった。
「なんとも純粋な娘だな」
タケルは苦笑いをする。
コンコン
こんなにも早くメルが返ってくるとは思わず驚いた。
「どうぞ」
だが、そこから現れたのはセラスだった。
タケルは口を開けたまま凍りついた。
「あの、昨日は大変な失礼な事を・・お許し下さい」
「いや、こちらこそセラス様のお気持ちを考えずにかなり無礼な事を言ってしまった」
どうにか表面だけは冷静さを取り繕いだ。
「あの・・タケル様はご婚約に反対のようですがそれは何故です?私ではご不満ですか?それとも開戦するべきと考えているのですか?」
タケルはしばらくの沈黙の後ポツリポツリと昔の話を語りはじめた。
「私が元いた国はこの国のように小さかった。大国からは甘く見られ、侵略戦争を仕掛けられるに至った。私達は祖国を守る為に必死に戦った。多くの仲間を失ったが国際情勢の後押しもあって戦争には勝った。そして大国へとのし上がった」
「タケル様は開戦を支持なさると?」
タケルは静かに首を振る。
「大国に勝ち、領土を拡げる我が国を危険視する声が高まり、各国は獲得した領土の返還を求めるように圧力をかけてきた。我が国は勝ち取った領土を手放す事は元の小国に戻る事を意味する。我々は返還に応じず、また戦争に突入した。結果我々は女、子供にまで多くの犠牲を出して負けた」
「・・・」
「戦争には光と影がある。何が良くて何が悪いなんてわからない。セラス様が自分を犠牲にしてまで国民を守ろうとするのは立派な志しだと思う。普通の者には真似出来ない。でも私はセラス様に自由に生きて欲しい」
タケルはやんわりとした口調で諭すように言った。
「不思議な方、今までタケル様のような人に巡り会った事がありません」
コンコン
二人だけの空間を破るようにノックの音が聞こえた。
「お客様かしら?」
「いや、メルだよ」
「メル?」
「あ~、侍女だよ、さっき飲み物を頼んだんだ」
今度は予想通りにメルが紅茶を持って入って来た。
「お待たせしました」
メルは丁寧な仕草で紅茶を運ぶ。途中でセラスが居るのに気付いた。
「お客様ですか。お待ち下さい。もう一つ紅茶を用意します」
「私の事はお気になさらずとも結構です」
「いえ、そういう訳にはいきません」
「先にセラス様に・・」
タケルがそう言うとメルは頭を下げて慣れた手つきセラスの前に紅茶を置く。
タケルがちょっとした思い付きが浮かびメルに話しかける。
「今度は2つ持って来てくれないかな?」
「はぁ、2つですか?わかりました」
メルは不思議そうに首を傾げたが頷いた。
「私も手伝いましょうか?」
セラスが席を立とうとした。
「いえ、結構です。お客様にそのような真似はさせられません」
メルはきっぱりと断わるとパタパタと部屋から出ていった。
メルが出ていったドアの方を呆然と眺める。
「私、あの娘に嫌われているのかしら・・」
「そうじゃありませんよ。根はいい娘なんですが仕事を気負い過ぎてる部分があるみたいで・・・それに歳のせいもあって早く一人前に認めて欲しいんですよ」
「そうなの?」
「はい、だから気を悪くしないで下さい」
それっきり会話が続かない。喧嘩別れをしていた後だけにお互い慎重になっているというか、消極的になっている。
「明日の予定はありますか?」
唐突にセラスに話し掛けられてドキっとする。
「えっ?どうしたのですか?」
デートの誘い?タケルの頭によぎり、落ち着かない。
「街の中を視察するのでしたら私がご案内しましょうか?知らぬ街を出歩くのは心細いでしょう?」
「いえ、セラス様に案内して貰うなんて恐れ多い」
「私も城の中ばかりだと息が詰まって・・たまには外の空気を吸いたいんです」
「そういう事なら・・」
明日の予定が決まった頃ちょうどいいタイミングでメルが戻ってきた。ニつの紅茶の内の一つをタケルの前に差し出す。もう一つの紅茶はどうするのかわからないまま、タケルの顔を見る。
「とりあえず、腰をかけてくれ」
メルはタケルの支持に従い一礼をしてから席に座った。
まだ意味がわかってないようで紅茶を手にしたまま、ちょこんと座っている。
「紅茶飲んだら?」
「はい?」
ようやく、どういう意味か理解して顔が青くなって立ち上がった。
「侍女が主と同席などしていいわけありません!」
「大勢の方が楽しいぞ」
「そういう問題ではありません!」
「どうしてもか?」
「うっ・・」
メルはかなり困惑した。身分の高い人と同じテーブルに着くという事は決してしてはならない。だが、主の命令に従うのが侍女としての務めである。心の中で激しい葛藤を行った上で大人しく席に座る事にした。
だが、メルの顔色はすぐれない。冷や汗をかきながら、小さくなっている。
「この紅茶美味しいわね」
セラスはメルを気遣って話し掛けた。
「あ、ありがとうございます」
完全に固くなっている。メルにすれば針のムシロに座らされているようなものだ。タケルがふと気付いた。
「セラス様、もしかして今まで紅茶を飲まずに待っていたのですか?もう冷え切ってしまっていませんか?」
「そんな事はありませんわ。タケル様の言うように皆で飲む紅茶はとても美味しいですわ」
セラスはメルとタケルに視線を向けて笑顔で応える。
タケルは緊張しているメルに軽くさっきの話しを振ってみた。
「そうだ、明日街に出ていく話をしていたんだがメルもついてくるか?」
「は、はい、ご命令とあらば・・」
「そう固くなる事もない。それではせっかくのお茶も美味しくないだろう?」
紅茶の味なんて緊張でわかるはずもない。たとえただの水であっても気がつかないと思う。だが、主に不要な心配をかけてはいけない。一生懸命に笑顔を作る。
「いえ、十分楽しんでいます」
「・・・」
裏返っている声にタケルとセラスは苦笑いを噛み殺す。
「美味しかったわ。また入れてちょうだいね。それではまた明日」
「はい、また明日」
そういってお茶会はお開きとなった。
メルは解放された事を安堵しながらお茶の片付けを始めた。給湯室でティーカップを洗うとキョロキョロと周囲に誰もいない事を確認する。
メルはポケットからペンと紙を取り出して何やら書き留めた。それを素早くポケットにしまい込むと城内を何かを探すように歩き回る。巡回している衛兵や文官と何度か擦れ違ったが愛想よく挨拶をしてやり過ごす。
だが、一人の衛兵が何かを感じ取ったのか、進行方向を変えて真っ直ぐメルに向かってきた。
さっきまでの様子とは変わってメルの表情は段々と固くなる。
相手の表情まではっきりわかるくらいまで衛兵が迫り――
擦れ違った。
いや、周囲の者にはただ擦れ違っただけのように見えたが、メルの手に握ったメモを衛兵が受け取っていた。
その後、メルは何事もなかったように自室へ戻った。