婚約
三日後、拝謁は重臣達が見守る中で行われた。その中にはセラスやレバスといった顔見知りの姿もある。各領主達も急遽集められているらしくその数はちょっとしたものになっている。天の子のお披露目も兼ねているのだろう。
「この度は先触れもなく突然の拝謁をお許し下さり、ありがとうございます」
タケルは片膝をついて頭を下げる。
「よいよい、天の子が人の子にそうかしこまる事はない」
国王は突然の申し出を快く承諾してくれた。
「陛下のお心の広さには感服するばかりでございます。瀕死の重傷を負っていた私を救って頂き、陛下に心より感謝を申し上げたく参りました」丁重な挨拶に国王は機嫌よくしている。
「普通なら一ヶ月はかかるだろう傷を一晩で完治したと聞く。さすがは天の子だ」
「いえ、陛下の慈悲があればこその賜物です。それでその恩に報いたいと考えています。聞くところによると今この世界は大変な状況に置かれているとか・・」
「うむ・・」
国王は少し険しい顔になる。
「まずはこの国を自分の眼で見て回りたいのですが・・」
「よかろう。好きに歩き回るがよい。部屋も今まで通りに使うがよい」
「陛下!申し上げたい事があります」
レバスが大きな声で突然割り込んできた。
国王は眉をピクっと動かし怪訝そうにレバスをみる。
「なんだ、話の途中に割り込んでくるとは余程重大な事なのだろうな?」
「ユトニア王国との縁談の件ですが、姫様と天の子を結婚させるのはどうでしょうか?そうすればユトニア王国との縁談を穏便に断れ・・」
国王の目つきと口調ががらりと変わった。
「それは認めん!」
「しかし、それではユトニア王国と全面戦争に発展しかねません」
横からがっしりとした身体つきの男が鋭い眼光で口を挟む。
「レバス殿は弱気になっておられる!ユトニア王国の振る舞いは我が国に全面的屈服か戦争を強要する挑戦状にほかならない。ここはユトニアに立ち向かうべきです」
「馬鹿な!シリウス公爵はユトニアとの戦力差を分かっていて言っておられるのですか!」
「分かっておらんのはレバス殿でしょう?ユトニアは戦力増強を始めている。彼我の差が開き切ってからでは遅いのです。叩くなら勝機が少しでもある今をおいて他にない!」
「多くの国民が死ぬ事になりますぞ」
二人の言い争いを皮切りに周りも開戦派、開戦反対派に別れて言い争いが始まった。
『ユトニアは調子に乗りすぎておる』
『勝てるかわからない戦いに国の命運を預けられる訳がない』
『勝てるかどうかの問題ではない国の威信の問題だ』
「やめんか!!」
国王がひときわ大きな声で一喝する。領主や大臣達は言い争いをピタっとやめて声のする方に注目した。
「レバス、今戦争を始めたら勝てるか?」
レバスは首を振る。
「十中八九勝てません」
それを聞いて先程シリウスと呼ばれた男が進言する。
「陛下、恐れながら申し上げます。隣国のアッシュ王国は今のユトニアに反感を持っています。軍事協定を結べばユトニアを牽制できます」
「そんな事をすれば逆にユトニアとの関係が益々悪化します。ここは穏便に事を運ぶ必要があります。天の子との縁談を・・」
「それはならん!」
国王の一喝にレバスは黙り込んだ。だが、代わりにセラスが意見する。
「どうしてですか?私はレバスの意見に賛成です。王家に生れし者は国民の為に尽くすのが運命です」
国王は険しい顔をするばかりで首を縦には振らない。
そこにタケルが意見する。
「私は反対です。私は恩に報いる為に力添えはしたいと思っています。しかし、いくら高貴な方とはいえ、いきなり結婚をするように言われても困ります」
レバスはそれでも必死に食い下がる。
「お待ち下さい。せめて婚約だけでも・・付き合って上手くいかぬ事もあります。そうなれば別れる事もありましょう。ただ、今は多くの血を流さぬ為に縁談を断る理由がいるのです」
国王はその話を聞いてしばらく考え込んだ。
国王は国の事を一番に考え最善の判断を下さなければならない。例え娘を犠牲にする事になっても・・
国王は国を治める者として苦渋の決断をする事を決めた。
「天の子よ、もし良ければ形だけでも娘と付き合ってはくれぬか?」
「恐れながら申し上げます。セラス様は物ではございません。セラス様は自由に生きて輝くお人です」
タケルは真っ直ぐな瞳で国王を見上げている。タケルは国のしがらみよりセラスの意志を尊重したいと思っている。その気持ちが国王にも伝わった。
国王はこの男なら娘を預けても良いと思えた。
「天の子よ、おぬしなら娘を悪いようにはしないような気がする。セラスの事を頼めないか?」
国王が頭を下げた。一国の王ではなくセラスの親として・・
ざわざわ・・
一国の国王が頭を下げたのだ。周りにいる重臣達がざわつきだした。
そしてタケルがどのような返答をするのかと注目が集まる。
「・・・陛下がそこまでおっしゃるのなら・・」
タケルは不服であったが国王に頭を下げられて断る訳にはいかない。やむを得ず渋々引き下がる事になった。
「天の子とセラスが付き合う事を公式に認める」
国王が高らかにそう宣言した。重臣達の反応は喜びの声をあげる者、不服の声をあげる者様々だ。
反戦派のレバスは嬉しそうに国王の下にひざまずき、深々と頭を下げた。
「それではさっそくユトニア王国に縁談断りを伝えて参ります」
「そう急ぐ事もあるまい。今夜は宴を催す。それからでも遅くはないだろう」
「わかりました」
タケルは謁見が終わるとセラスに駆け寄り無言で手を掴む。
「ちょ、ちょっと・・」
セラスは抗議したがタケルは強引に手を引っ張って外へ歩き出す。廊下へ着くと乱暴に手を離す。
鋭い眼光でセラスを見据える。
「どうして縁談を断らなかった!」
「戦争を回避する為です。タケル様を巻き込んでしまう事になって申し訳ないと思っています」
タケルは巻き込まれた事を怒っているのではない。どうしてこうわからず屋なのか。
「何故もっとご自分を大切になさろうとしない」
「私のわがままで多くの者が傷付くのですよ!そんな事堪えられない!」
どんなに言っても聞こうとしないセラスにほんの少し嫌気がさして無神経な言葉が口から出る。
「ああ、そうかい。その為になら誰とでも寝るのか」
パーン
左頬に痛みが走る。セラスが平手打ちをしたのだ。よく見るとセラスの目はうっすらと涙を浮かべている。
「私の気持ちも知らないで!」
そういってセラスは走り去った。タケルはぶたれた頬を触り、セラスの後ろ姿を呆然と見送った。
「さっそく喧嘩ですかな?」
タケルは後ろから聞こえた声に振り返る。
「シリウス公爵?」
「これはこれは覚えていて下さるとは光栄です」国王陛下の前であれだけ言い合っていたんだ。覚えてない方が不思議だ。
「私はサンタル領の領主をしていますシリウスです。以後お見知りおきを・・」
この男、挨拶をしにきただけではあるまい。タケルはそっけない態度で対応する。
「それで何の用です?」
「単刀直入に言うとセラス様とのお付き合いを断って頂きたい。天の子も乗り気でない話しであろう?私と一緒に陛下に・・」
「お二人でご婚約破棄を陛下に言上なさるおつもりかな?シリウス公爵」
シリウスは背後から話しかけられてギクッと驚きの顔をする。
「レバス殿、いつからそこに?」
「何やら楽しそうですな。私も混ぜてくれませんかね?」
「いや、話はもう済んだ。私は宴の準備があるのでこれで失礼します」
シリウス公爵はそそくさと立ち去ろうとする。そこにレバスが声をかける。
「シリウス公爵、陛下はユトニアと戦争を望んでおられない」
シリウスは立ち止まり、振り返った。
「惰弱な対応はユトニアを図に乗らせるだけだ。このままでは国が滅ぶぞ」
フンと鼻を鳴らしてシリウスは立ち去った。
レバスは立ち去るシリウスの背中を深刻な顔つきで眺めている。
「シリウスはどういう人物です?」
「アリシア王国で五本の指に入る広大な領地を持ち、公爵の地位も持っている由緒正しき名家。ユトニア王国と戦争をするべきだと唱える開戦派のリーダー的存在です。タケル様は・・天の子は開戦が正しき道と考えますか?」
「開戦が正しいとは思わない。争わず解決出来るならその方がいい。だが、避けられない戦いというのもある」
「そうですか」
その夜、タケルとセラスの公式なお付き合いを祝う名目で宴が開かれた。だが、実際はユトニア王国との戦争回避を祝う宴といってもいい。
タケルはそんな気分には到底なれないので出席を拒否しようとしたのだが、主賓が欠席したのでは格好にならないという事で出席を余儀なくされた。
宴ではセラスと隣り合わせに座らされたが二人は会話の一つ交わさないどころか、視線すら会わさずに時間だけが過ぎていった。
「陛下、少しよろしいでしょうか?」
宴を楽しんでいる国王に声をかけたのはマドルフ公爵だった。公爵は一人の侍女を連れている。
「どうした?」
マドルフは不気味なくらいの笑顔で話し始める。
「この度は王女様のご婚約おめでとうございます。御祝いという程の物ではございませんがもし、よろしければこの娘に天の子の世話をさせて頂けませんか?」
マドルフは他者に媚びる事で上手く出世してきた男だ。今回もその類いだろう。
「ほう、いつもながら気がきくな。よかろう。有り難く使わせてもらうぞ」
「有り難きお言葉」
マドルフが丁重に頭を下げた。国王はマドルフの口元に不気味な笑顔がある事に気付かなかった。