責務
タケルは一人部屋でもう何度目になるか盛大にため息をついていた。
「このような事になるとは・・」
昨日、王女との婚姻話を聞かされた。話の内容はわかるのだが夜も寝れないほどに困惑していた。
コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
もう朝食の時間かと思い返事をしたのだが、開かれるドアの向こうからセラスの姿が現れた。
タケルは飛び上がりそうなくらい驚いた。
「うぉっ!」
「あ、あのお食事をお持ちしました」
セラスはほんのりと頬を赤らめて眼を合わそうとはしない。俯いて机に食事をおく。
「あ、あの、その昨日の話なんですが・・」
セラスは恋愛経験が殆どない。一国の王女なのだから誰彼構わず恋愛をしていいものではないのは当然の話だ。いくら国の為とはいえ恋愛の免疫がない王女が求婚の返事を聞く事は火の中に飛び込むのと同じくらい勇気が必要な行動だった。
対してタケルはというとこちらも元いた世界ではみだりに女性と親しくするのは好ましくないという風習があるので女性との免疫はない。
「えっいや・・」
なんと答えて良いのかわからず、狼狽していた。二人ともなにを言っていいのかわからず顔を俯けている。時折、顔を上げるが目が合うと慌てて視線を逸らす。時間だけが過ぎた。
先に沈黙を破ったのは―
『あの・・』
同時だった。
二人の顔が更に赤くなって緊張のあまり額に汗をかいている。
「さ、先にどうぞ」
セラスが促すと
「それでは」
タケルも妙にかしこまる。
「国の為とはわかりますが俺・・じゃなかった私のような者が王女様と釣り合うとは思いません。それに出会ってからの日も浅いです。いえ、決してセラス様にその・・魅力がないという事では・・あまりに身にあまる話なので・・」
「そうですね。あまりに急な話だったのでお受け出来ないのも無理もありませんよね」
セラスは断られたショックより緊張感からの解放に安堵のため息をつく。
だがすぐに自分が結婚しなければ大勢の人々が犠牲になるかもしれない事が頭の中をよぎる。
「あっ、ですがそれでは困ります」
その様子を見てタケルはなんとも複雑な顔をする。自分の感情を切り捨ててまで国民の為に尽くそうとしている事に心をうたれた。だが、納得出来ない。
「王女様は私の事を愛してますか?」
思いもしない一言に直ぐに返事が出来なかった。だが、自分に言い聞かせるように強く言った。
「・・もちろんです!」
「・・・」
タケルは結婚を申し込まれた時は緊張したが、これは恋愛などではない。ただの儀式に過ぎないと思った。そうするとなんだが、肩の力が抜けていくのを感じた。
タケルは無言でセラスに近付いた。お互いの息すら感じられるほどの距離だ。
セラスは慌てて距離を取る。
(やっぱり)
タケルはセラスが逃げた分距離を詰める。あっという間にセラスは壁際に追い詰められる。セラスを逃がさないように手を壁につく。
「な、なな何を!」
セラスの声が裏返っている。
「何を?当然、愛している者同士がする事だ」
タケルは優しく微笑みかける。
「さぁ、眼を閉じて」
セラスの顎を掴み、優しく持ち上げるとゆっくりと唇にタケルの唇が近づく。
セラスは覚悟を決めて眼をぎゅっと眼を閉じた。いつまで眼を閉じていただろうか?一瞬のようにも数分のようにも感じられた。
ポン
突然、唇ではなく頭に何かの感触があった。恐る恐る眼を開けるとタケルが優しく頭を撫でている。
「無理をするな」
ようやくセラスは何が起きたか理解した。というよりも何もされなかった事を理解した。
「どうして?」
セラスが不思議そうに問い掛ける。
タケルは黙ってセラスの手を握りしめる。セラスの手は汗ばんで小さく震えている。
「父上には女性に優しくしろと教えられている。怯える女性の唇を無理矢理奪う。まるで強姦魔じゃないか」
セラスは試されていた事に気付いた。
「いえ、今のは・・」
慌てて弁解しようとするが説得力が欠けいるのはセラス自身がよくわかっていた。
「俺が何をするべきか分かった。いや、分かってはないけど目指すべきものがはっきりした」
こんな形で手に入れる平和なんか嫌だ。俺は自分のやり方で平和を目指す。
「えっ?」
セラスはきょとんとしている。
「まずは国王に会いたい。取り次いでくれるか?」
「は、はい」
セラスはよくわからいがタケルの自信に溢れる態度に流されて返事をした。
「それでは頼んだ」
セラスはわけがわからないまま、国王との謁見の場を設ける事になった。