置かれた状況
「アリシア王国の歴史についても少しお話をしましょう。この国アリシア王国は南部同盟に属しています。南部同盟というのは大陸中央の列強諸国の南下政策を阻止を目的とした南方の国々が集まったものです。南部同盟は163年の歴史があり、前天の子がもたらした功績と言われています。同盟内で現在使われている暦は南部同盟結成から始まる南部暦に統一されています。それらは前天の子が争いに明け暮れていた南方国家を一つに団結させて中央からの侵略を打ち払った事から生まれました。
この時一番活躍したのが中央国家に面するユトニア王国で中央国家から多大な領土を切り取り大国と生まれ変わりました。それ以後、ユトニア王国は南部同盟で最高議長国として南方国家のまとめ役となります。
その後、何度かの中央からの侵攻を受けますが南部同盟は中央諸国を退け、南方国家は安定を取り戻します。
しかし時間と供に団結力に少しずつ亀裂が入り、南部同盟は形だけのものになります。そして近年発生したかつてない世界規模の不作により南方各国は大打撃を被りました。それがきっかけで南部同盟内で内輪揉めが起こり、同盟は崩壊寸前に追い込まれます。
アリシア王国も不作で多大な餓死者を出し、国民の生活は悪化の一途を辿っています。それにより野盗や国家に反発を抱く者も増え、治安は非常に悪くなってます。
隣国のユトニア王国では穏健派の国王の意向を無視してゼール第一王子が軍備増強の動きを見せ、各国に強硬な対外政策を推し進めてます。それに刺激され南方各国も軍備増強で対抗する姿勢を見せています。各国の軍備増強は国民に更なる重税を強いる事になり、どこも貧困にあえいでいます」
黙って聞いていたタケルがため息をつく。
「助け合わなければならない時にいがみ合う。なんともやるせないな・・」
「おっしゃる通りです。返す言葉もありません。このアリシア王国もユトニア王国に吸収合併を迫られています」
「吸収合併?一国では乗り切れないものを協力して乗り切ろうとする事はそう悪い話ではあるまい?」
「そのようなものではありません!」
突然セラスが声を荒げて激昂する。
「姫様」
レバスがたしなめるように言うとセラスは黙って口をつむいだ。
タケルはセラスが怒りともとれる嫌悪感をあらわにした事を不審に思ったが口には出さず、レバスの話に耳を傾ける事にした。
「ユトニア王国から出された要求は目もくらむばかりの失望にうたれるものでした。長年に渡る南部同盟の友好関係を無視し、軍隊の武装放棄、王国の解体、その後の統治には一切口出しするなと要求です。とても受け入れられる内容ではありません。ユトニア王国は話し合いによる合併を主張していますが国境沿いに軍事演習を名目に軍隊を集結させ圧力をかけてきています。拒否すれば攻め込む事も辞さない構えです」
タケルは驚いて思わず声を上げた。
「そのような無茶が通るわけがない。仮に合併に成功したとしても国民が納得するわけがない。農民の一揆や武家の反発が多発して統治どころではなくなる」
「さすがは天の子、おっしゃる通りです。そこでユトニア王国は・・」
レバスはセラスの顔をチラリと伺う。
「私から話すわ。ユトニア王国は縁談の話を持ち掛けてきたの」
タケルはさっき以上に驚いて声を上げた。
「まさか!セラス様を?」
「タケル様、そのお口ぶりは改めて下さい。天の子が私に敬語など必要ないのです」
話が逸れそうになったのでレバスが話を戻す。
タケルはセラスがムキになって怒る理由がようやくわかった。好きでもない相手と結婚、更には国を潰されかねないのだ怒るのも当たり前だ。
「支配するには王家の血を引いている者がいれば楽になります。それに縁談が上手くいけば合併の話がこじれてしまって戦争になったとしても人質として使えます。それがわかっていて縁談を受けるわけにはまいりません。しかし、大国ユトニアの申し出を下手に断れば面子を潰されたと言って戦争の口実を与えます。断るにも相手が納得する理由が必要です」
タケルは思い付いた事をそのまま口にしてみた。
「それなら婚約者がいるという事にすれば?」
「はい、その通りです。しかし、困った事に相手がゼール王子なのです。断るにしても相手に負けないくらいの名声の持ち主でなくてはなりません。少なくとも小国のアリシア王国にはそのような人物はいません。そこで・・」
レバスは話を止めてタケルを見る。
タケルは思案顔になって話を聞いていたがレバスの視線が意味ありげに向けられている事に気付いた。
「???」
タケルはわけがわからずに首を傾げていたが、ようやくレバスの言おうとした事に気付いた。
「まさか・・」
タケルはセラスの方を振り向くと恥ずかしそうな顔をしてコクリと頷く。
驚きのあまりタケルの顔から一気に表情が消えた。
「この事はまだ陛下にもお話していません。陛下は姫様の事を大変愛していらしてます。だからユトニア王国の縁談はお受けしないつもりです。そうなればユトニア王国と戦争になり、多くの国民が犠牲に・・」
「それだけは絶対に避けなければなりません!そ、その為に・・その・」
セラスは力強い眼差しで意見を述べたが後に続く言葉を詰まらせて顔を赤くてボソボソと声が小さくなっていく。
だが、意を決して顔を上げて大きな声で言い切った。
「私と結婚して下さい」
タケルは衝撃のあまり目眩のようなものを感じて倒れそうになったがかろうじて踏み止まった。
10人の敵兵に囲まれてもこんなに動揺した事はない。
そして真摯な瞳を受け続ける事が堪えられなくなり――
「その・・考える時間を下さい」
タケルは気力を振り絞りどうにかその言葉だけ発する事が出来た。