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異世界  作者: トモ吉
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西へ

タケルは台所へと移動した。そこではすでにメルが鼻歌を歌いながら朝食の準備をしている。

「いい匂いだな」

「これはご主人様、おはようございます」

メルは料理する手を止めて挨拶をする。

「お早う、少しはここでの生活に慣れたかい?」

「ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「それは良かった。苦労をかけるがよろしく頼むよ」

「苦労だなんて・・ここでの生活は楽しいですよ」

メルは笑顔で答える。

「これはもう出来ているのか?」

タケルは大鍋にグツグツと煮込まれているスープを指差す。

スープを片手に屋敷のとある部屋に向かった。

コンコン

「エレナ、入るぞ?」

「・・・」

ドアを開けるとそこにいるのは先日火事の中から助け出された娘だった。

エレナは覇気もなく、ベッドから身を起こしていた。

こちらとは視線を合わせようともしない。

その理由をタケルは知っていた。

先日の火事を調査させたところ悲惨な事実がわかった。

エレナの両親は火事の前に山賊に殺されていたのだ。

両親を殺されて、住む場所を奪われ、山賊にさらわれ、絶望を目の前にしてこの幼い少女は心神喪失状態になり、精霊に取り憑かれてしまったという事だ。

「気分はどうだ?」

「・・・」

少女は一言も返さない。まだ口をきける状態ではないらしい。

「そうか、でも、少しは食事をとらなきゃ駄目だぞ」

タケルはスープをスプーンですくいやせ細った少女の口元に持っていく。

「ほら」

タケル元気づけようと笑顔で話し掛けるが少女は口を開けようともしない。

「・・・」

タケルはガッカリとした様子でスープを机に置く。

「このままじゃ本当に死んでしまうぞ」

タケルがうつむいて小さく呟く。

「それでいいの」

タケルはハッと顔を上げる。

一言も喋る事のなかった少女の声を初めて聞いた。

「死んでいい訳がないだろ!」

タケルは少女の服を力いっぱい掴む。

少女は怯えた様子もなく、全てを諦めた目で答える。

「私にはもう何もないの」

「そんな事言うなよ。これから何もなくたってこれから作ればいいじゃないか!」

「もう疲れたの」

タケルはエレナを優しく抱きしめた。

「エレナがどんなに辛い想いをしたか俺にはわからない。だけど!だけど!もう一度だけ信じてくれないか?な?」

「・・・」

タケルが再度スプーンをエレナの口元に持って行くと僅かに口を開けた。

タケルはそのままゆっくりとエレナの口の中にスプーンを入れる。

エレナはスープを飲み込んだ。

タケルの顔に笑みがこぼれる。スープは半分程度しか食べなかったが、残りは諦めて部屋を出て行く事にした。

「また後で来るよ」

バタンとドアが閉められた。

「どうして『皆』、私なんかの為に?」

エレナは静かに呟くのだった。

エレナの机の上には一輪の野花が花瓶に生けられていた。


★★★


ハルキは宿舎の奴隷達の様子を見に行く事にした。

寝ているなら叩き起こして規則正しい生活をさせる事は大切だ。

そう意気込んで宿舎に入り、奴隷の部屋のドアを開ける。

ベッドを見るが、そこには人が寝ている様子がない。

「もう起きたのか?」

ハルキはベッドに手を入れる。

「冷たい」

不思議に思い辺りを見回す。

「スー、スー」

寝息が部屋の隅から聞こえてきた。

そこには身体を猫のように丸くして何かに怯えるように寝ている子供がいた。

「起きなさい」

叩き起こす気も失せ、優しく肩を揺するとビクっとして目覚める。

怯える目でハルキを見ている子供。

「もうすぐ食事が出来るから皆を起こして来なさい」

ハルキの言葉に応える事も出来ずただ硬直している。

ハルキはドアを開けて出て行く。

ドアを閉める前になるべく優しく言った。

「今度からはちゃんとベッドで寝るように」


★★★


アリシア王はタケルの要望を受け入れ、国境警備の為に派遣された騎士団は撤退する事になった。

これにより国境警備はカスライ領の管轄となった。

「人手不足が深刻になってきたな」

タケルとドルネが執務室で話し合っていた。

「騎士団撤退は早過ぎたのでは?」

「仕方ない。お金がなければ何も出来ないんだから」

「困りましたな」

カスライ領は現在、デューク率いる農地拡大、ロキ率いる水路建設、ユミル率いる周辺警備を主に行っている。

農地拡大、水路建設は後にカスライ領の基盤となるもの。現在の資金が尽きる前に確立させておきたい。

いくつか農地拡大には成功しているが作付けする人も足りてない。

周辺警備はカスライ領での輸送警護、周辺の地図作成を行っているがここも人手不足で山賊と戦うには心許ない。

朝の定例会議でも人手不足の報告が各部隊から寄せられる。

「領主様に報告があります」

一通りの定期報告が終わった後に発言をしたのはドルネだ。

「どうした?」

「アッシュ王国より難民が流出しカスライ領に保護を求めています」

「またか?」

ユトニアとアリシアはアッシュに対して食料品の輸出を禁止している。

その効果が現れたのか、アッシュ国内では食料品が高騰し、国民が食料を求めて国外に流れ出ている。

「はい、今週に入ってさらに増えてきています」

「・・・」

ハルキはアゴに手をやり、険しい顔になる。

「な~に辛気くさい顔してんだ?こっちは人手不足だ。難民だろうが何だろうが働き手が増えるのは助かるだろ?」

ロキがいつもの口調で明るく言った。

「ん~、それはいいが・・アッシュ王国は長くは保たないな」

「それがどうしたというの?」

一部を除き、みんな言っている意味が分からずにいる。

「アッシュ王国が潰れたら今度はアリシア王国に矛先が向く可能性があるという事ですな」

ドルネがわかりやすく説明をする。

それはハルキが気にしている事の一つだ。

「そこはレバスの外交手腕に頼るしかないか。難民の住む場所とかはどうなっている?」

「アッシュ国境付近の廃村になった村に集めています」

「ふむ、地図を持ってきてくれ」

ユミルがテーブルに地図を広げると全員が地図を覗き込む。

「廃村はこの当たりかな?」

アッシュ国境近くを指差すとドルネは頷いた。

「これが今いるマリネ村。この周辺と南のラグーンに繋がる道はユミルが警備している。新たにマリネ村から西の廃村に繋がる道を確保する部隊が必要になる。そこはロキにやってもらう」

「ちょっと待て。俺は構わないが水路建設はどうなるんだ?」

「そこはこの前の奴隷達で補う予定だ。加えてアッシュからの難民にも手伝ってもらう」

「奴隷って言ったって右も左もわからない子供でしょ?大丈夫なの?」

ユミルが心配そうに声をあげた。

「しばらくは子供達を教育しながら水路建設と農地拡大を手伝わせる。子供達が使えるようになってきたら徐々に主力メンバー引き抜いて西の山道の警備を行う」

タケルから新たに打ち出された方針に戸惑いながらもその場のメンバーは渋々了承する事になった。


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