奴隷商人
「さて、会議を始めるか」
タケルを中心にロキ、デューク、ユミルの闇夜の銀狼の主要メンバーにドルネ、カイン、侍女のメルが出席している。
「みんな変わった事はないか?」
定期報告を始めた。
治水担当のロキ、田畑の拡張のデューク、護送、警備のユミルともに口を揃えて人手不足だと報告する。
やはり騎士団が抜けて人手不足になったのは否めない。
「早急に手を打つ必要があるな」
タケルが考えているところにカインが報告を始めた。
「村人達が今晩あたり嵐が来ると言っています」
「ん?」
言われてみると今朝は風の吹き方がいつもとは違っていたような気がする。
「ここに長年住んでいる村人達がそういうなら嵐が来るのでしょう」
ドルネも村人の言葉に何度か助けられた事があった。
「わかった。今日は全員嵐対策を行い、終わり次第自宅で待機するように」
会議は終了し、皆が持ち場に帰っていった。
ゴォォォーー
「本当に嵐が来るとはな」
豪雨が容赦なく窓を叩いている。杞憂であって欲しかったのだが夜になって風が強まり嵐になった。
「この様子だと少なからず被害があるだろうな」
タケルは執務室から窓の外を眺めている。時間が夜だという事もあって目を凝らしても真っ暗で何も見えない。
翌朝、会議で被害状況の調査をするように指示をして各自の報告を待っていた。
ロキとデュークが帰ってきて被害軽微だという報告を受けた。
これを聞いてタケルは少しだけ安堵する。人手不足の上に更に仕事が増えるのは勘弁願いたい事だ。
ドアが慌ただしく開けられるとユミルが現れた。すぐさま報告がされた。
「村には目立った被害はなかったが、村の北で荷馬車が崖から落ちているのを見つけた。今、救助している」
「荷馬車?」
ドルネが何か言いたそうな顔をしている。
「わかった。ロキとデュークも救助を手伝ってくれ。俺も行く」
タケルの指示にロキとデュークとユミルが部屋から退室した。
その後に続くようにドアから出ようとしたタケルをドルネが呼び止めた。
「お待ちください、タケル様」
タケルは動きを止めて振り返った。
「どうした?」
「村の北で荷馬車とは不可解です。おそらく真っ当な者ではございません」
タケルは黙ってドルネの言葉に耳を傾けている。
「北と言えばユトニア王国です。普通ならば安全なラグーンを通って来ます。山賊の多いカスライ領から入ろうとするのは怪しい荷かもしれません。お気をつけください」
「ああ、わかった」
現場に辿り着くと懸命な救助活動が行われていた。
どうやら荷馬車の運転を誤って崖に滑り落ちたみたいだ。
丁度、商人らしい中年の男が引き上げられた。
タケルが駆け寄って声をかけた。
「怪我はないか?」
「ありがとうございます。お陰様で助かりましたよ」
商人らしき男がお礼を述べる。
「他に一緒に落ちた者はいないか?」
「護衛に雇った男が3人です。はい」
しばらくすると護衛らしき3人も無事に引き上げられた。
「これで全員だな」
「はい、後は商品が・・・」
商人は積み荷の事を気にしているようだ。
その時、救助をやっていたロキがやってきた。
ロキは小さくタケルに耳打ちをした。
「タケル、あの荷馬車から人の声が聞こえる」
「すぐに救助しろ」
タケルは苛立った声でロキに命令する。
「それが・・・荷馬車には鍵がかかっていてちょっとやそっとじゃ開きそうにないんです」
タケルはキッと商人を睨み付けた。
「荷馬車から人の声が聞こえるらしいんだがどういう事だ?これで全員ではなかったのか?」
「アレは人ではありません。私の商品でございます」
「は?」
「申し遅れました。私、奴隷商をやっています」
商人の言葉を理解して一瞬殴り倒したい衝動にかられるがどうにか平静を装う。
「荷馬車の鍵を拝借したい」
「商品の回収もしてくれるのですか?いや~何から何まで有り難い」
無言で商人から鍵を受け取るとロキに渡した。
「オイ、お前とお前、ついて来い」
ロキは仲間を呼ぶとすぐに救助活動を始めた。
「商品は何人くらいいるんだ?」
タケルは商人と話をした。
「はい、子供ばかりで23人程になります。いつもひいきにしてくれる客がいましてね」
あの荷馬車に23人もの子供を押し込めていたのか。
タケルの拳が自然と強く握られている。
「もし、良ければその商品を買いたいのだが?」
タケルは笑顔を作って商人に話し掛けてみた。
「いいですとも、いいですとも好きのを選んでください」
「いや、23人全て欲しい。いくらになる?」
「えっ?!そ、そうですね。アリシアの相場は1人当たり銀貨5枚ですが助けてくれたお礼も兼ねて銀貨4枚でどうでしょう?」
商人はいきなりの申し出に戸惑うが値段の説明をした。
「少し待ってくれ」
タケルはドルネの側に行き、話を説明した。
「アリシアの相場は銀貨5枚なのは間違いないです。その理由はアリシア王国は奴隷を横行しないように高い税金がかけられているのです。だからユトニアから国境を密かに越えて儲けようとしていたのでしょう」
「ユトニアの相場は?」
「おそらく銀貨3枚くらいでしょう」
「わかった」
タケルはしばらく考えて商談に戻った。
「あ~、待たせてすまない。値段だがもうちょっと安くはならないか?」
「いや、それは・・」
商人は難色を示す。
「実は今人手不足でしてね。今後もお付き合いしたいと思っているのだが・・」
大量に購入してくれる客は奴隷商人にとっては嬉しい事だ。なんせ、奴隷は長期間売れ残ると食費がかさんで赤字になりかねないからだ。
「そういう事でしたら親睦のあかしに銀貨3枚と銅貨5枚でどうでしょう」
商人は値引きに応じる事にした。
「いや~、荷馬車ももう潰れてしまい、あの人数を連れてカスライ山を下るのはさぞかし大変でしょうな。山賊も出るしな」
遠回りにもっと安くしろと追撃。
「銀貨3枚と銅貨3枚、それ以上は・・・」
「申し遅れました。俺はカスライの新領主のタケルです。最近はカスライ領に密輸する輩が増えて困ってるんですよね~」
さり気なくもっと安くしないと牢屋にぶち込むと脅迫するタケル。
「えっ!?り、領主様でしたか!そ、それは気付きませんでした。では銀貨3枚でどうですか?」
商人は冷や汗をだらだらと流しながら破格の値段を提示した。ユトニアで売るならまだしもアリシアで危ない橋を渡って傭兵を雇って荷馬車まで駄目にして銀貨3枚は赤字覚悟の値段だった。
「よろしい。それで取引しましょう」
あまり値切り過ぎると次回から来てくれないようになるのでこのあたりが引きどころだと判断した。
「は、はい、ありがとうございます」
「では銀貨69枚ご確認下さい」
「は、はい」
商人はがっくりとうなだれながら銀貨を数える。
「確認しました」
「商談成立ですね。おっと名前を聞くのを忘れてましたね?」
「私の名ですか?ドワイトです」
「ではドワイトさん次はいつ頃これますか?」
「た、多分来月以降になると思います」
「その時はまたよろしくお願いしますね」
「え、ええ、それでは失礼します」
ドワイトは逃げるように傭兵を連れて帰っていった。
ドワイトとのやりとりの間に奴隷は全員救出されていた。
やせ細って汚い格好をした子供が不安そうに並んでいる。
「ユミル、すぐにラグーンに行って着る物と食料を買ってきてくれ」
そう言ってタケルはユミルにお金を渡した。
マリネ村に帰ってメルにすぐに食事を作るように言った。いきなり23人分の食事は多過ぎてなかなか作れない。
バタバタと料理を作ってようやく全員分の食事を作る事が出来た。
「よーし、全員並べ」
タケルが子供達を屋敷の広場に整列させた。
広場には皿を積み重ねた台と料理の入った大鍋が用意されている。
「順番に皿を取り、スープを受け取れ」
タケルが命じると子供達はそれに従ってスープを受け取る。
子供達はやせ細り、今すぐ食べたい衝動を隠しきれていないが口をつけようとする者はいない。
子供達は今まで勝手な事をすれば酷い折檻を受けていたのだろう。
「食べていいぞ」
タケルがそういうと子供達はがむしゃらに食事を始めた。
するとスープが熱かったのか、皿を落とした男の子供がいた。
他の子供達は食事をしながらざわつく。
スープをこぼした事で折檻されると思っているのだろう。子供達が不安な表情を浮かべる。
タケルが近付くとスープを落とした子供は跪いて地面に落ちたスープを食べようとしている。
「・・・」
タケルが一瞬なんとも言えない顔をしたが、直ぐに怒った顔に変わった。
四つん這いになっている子供の胸ぐらを荒々しく掴み上げて立たせる。
「立て!」
子供は怯えた表情でタケルを見ている。逆にタケルはやせ細った子供を厳しい目つきで見下ろしている。
「お前は今日からカスライ領の民になるんだ。そんな真似はするな!威厳と誇りを持て!分かったなら皿を持ってもう一度スープを取って来い」
子供は命令されて直ぐに皿を拾い上げて走ってスープを受け取りにいった。
気付けばタケルの近くには誰もいない。他の子供達はこれから行われると思った折檻の被害を受けないように離れたのだ。
その事が更にタケルを苛つかせた。
「何故庇おうとしない?ここにいる者は一蓮托生だ。自分だけ良ければいいなんて考えるな!仲間と助け合えない者は生きてはいけないぞ!」
タケルが強く叱咤すると子供達はビクッと震えている。
タケルは強く言っても怯えるだけという事に気付いてため息をついた。
「俺は奴隷商人からお前たちを買った。さっき言ったようにお前たちは今日からカスライ領の民として働いてもらう予定だ。働いて代金分を返してくれたなら自由にする事を約束しよう」
大まかな説明と食事を終えると次は小汚い身体をどうにかしてやらなければならない。
近くの川に連れて行くと服を全て脱いで川で身体を洗うように命令をした。
丹念に身体を洗っているとユミルが食料と新しい服を買って戻ってきた報告を受けた。
「間に合ったな」
タケルは川から上がった子供達に新しい服を与えて、兵舎へと案内した。
兵舎は騎士団がいなくなって殆どの部屋が空いている。
部屋は騎士が住むだけあって一通りの物が揃っている。
子供達は長らく狭い荷馬車に押し込まれそこで生活を余儀なくされていたので広々とした部屋を与えられて困惑していた。
「今日は休め、明日から仕事に入る」