精霊憑き
「一人山賊を捕らえました」
闇夜の銀狼が報告の為、タケルの元にやって来た。
「どこだ・・」
剣を握ったベルにゾクリとするような冷気が漂う。
「それが・・娘はまだ生きているとかなんとか・・」
「まさか!?」
タケルとベルが顔を見合わせる。
「わかった。すぐに行く」
捕虜は縄で縛られていた。直ぐに武装解除したらしく、身体は泥で多少汚れてはいるが傷一つないようだ。
ベルは捕らえられた山賊を見るなり無造作に剣を捕虜の首筋に当てた。
「ひぃっ・・」
冷たい刃の感触に一際甲高い悲鳴をあげる。
「エレナはどこだ!!」
「ま、待てよ。言うから待ってくれ!!あのガキならアジトに居る。嘘じゃねぇ」
「アジトはどこだ」
「口じゃ説明できん。縄をほどいてくれよ」
「・・・よかろう」
タケルが頷くと闇夜の銀狼が縄をほどいた。
「喋った後にバッサリとやられるのはゴメンだぜ?」
「ああ、教えてくれたら命の保証はしよう。カイン、地図を持って来てくれ」
捕虜が地図を見ると指差して説明を始めた。
「この山の向こうがアジトだよ」
「そうか、ご苦労だったな」
聞き終わるとベルがゆっくりと剣を振り上げた。
「ち、ちょっと待ってくれ!約束が違うじゃないか!」
「待て」
タケルがベルに声をかけるとベルは剣を構えたまま、視線だけタケルを向く。
「刀は己を表す鏡だ。無用な殺しは我が身を貶めるというもんだ」
「ふん、戦場じゃ降伏した敵も背中を見せれば襲ってくるんだぜ」
そう言いながらもベルは剣を鞘におさめた。
「ベルほどの傭兵なら背中から襲われても勝てるだろう?」
「買い被り過ぎさ」
タケル達は山賊の捕虜が教えてくれた場所を目指し山の中を歩いた。
「あの山賊が嘘をついて敵の罠に嵌めようとしてるかもしれませんよ」
カインは心配そうにタケルに言った。
「心配するな。あの山賊の顔見ただろ?今にもチビりそうな情けない顔してただろ?」
ロキが横から口を挟むと山賊の顔を思い出したらしく周りの者がどっと笑いをもらす。
「まぁ、言ったら助かると心底思ってたんだろうな。だから罠は・・ん?」
言葉を止めたタケルを不思議に思い視線が集まる。
「あれは・・」
タケルの視線の先に煙があがっているのが見える。
「昼飯の支度・・にしは少し煙が太いな」
ロキが言ってるように少し妙な違和感を感じた。
「前方に山賊のアジトがあるのは確かなようだ。全員、警戒しながら行くぞ」
アジトについたタケル達は唖然と立ち尽くした。
「なんじゃこりゃ」
そこら中が火の海となっているのを見てロキの口から言葉がもれた。
「オイお前」
いち早く我に返ったタケルが火の手から逃げ惑っている山賊の胸ぐらを掴み引っ張り倒す。
「何があった!」
「せ、精霊憑きだ!精霊憑きがやりやがった。あの娘はさらってくるべきじゃなかったんだ」
山賊は何かに怯えるように顔をひきつらせて震えている。
「精霊憑きだと!」
ロキ達は驚愕したがタケルは初めて聞く言葉に首を傾げる。
「まれに魔法の素質のあるものが精霊に取り憑かれ暴走する事があるんです。それが精霊憑きです」
カインがタケルに簡潔に説明した。
「事態をおさめるにはどうしたらいい?」
「炎の精霊が娘から魔力を全て奪い尽くせばおさまるはずです」
「娘はどうなる?」
「魔力を奪い尽くされると今度は生命力を奪われて死にます。助けるにはかなり高位の魔法使いが必要です。それこそ国で5本の指に入るくらいの・・」
「クソッ、まだ燃えているという事はあいつは生きているんだな?」
ベルがカインに激しく問い詰める。
「ええ、おそらくは・・」
ベルはすぐさま山賊の胸ぐらを掴む上げた。
「オイ!娘はどこにいる!?」
「あ、ああ、向こうの建物だ」
山賊が指を差した方向には一際高く炎が上がっている。
ベルは躊躇する事なく走り出した。
「おいおい、あの炎の中に飛び込む気か?無茶だ」
ロキが呆気にとられる。
その隣をタケルが走り抜け、ベルに続き燃え盛る炎の中に消えていった。
「くそったれ、馬鹿が揃いも揃って!お前らありったけの水を汲んでこい」
ロキは激しい口調で部下に命令した。
タケルはベルの後を追い掛けて燃える家の中に飛び込んだ。家自体はそう広くはない。直ぐに娘を見つける事が出来た。
「アハハハ・・」
エレナはゆったりと舞踊るようにクルクルと回っている。
その周りには大量の炎の精霊達が取り囲み炎が吹き出している。普通の火事なら何度も見た事はあるがこれは人の手には負えない程の炎だ。
「エレナ!!」
ベルが呼び掛けるがエレナは全く反応しない。
まるで何かの儀式のように幻想的に舞い踊っている。
ギリリッ
エレナと対峙しているベルはなすすべもなく悔しそうなに歯ぎしりを立てる。
「諦めるな!呼び掛け続けろ」
タケルは凄まじい熱気に気圧されながら立ち向かう。タケルは炎の精霊に命令する。
「炎の精霊よ。その娘から離れよ」
タケルも魔法使いとしての素質がある。少しずつ精霊の勢いがなくなりはするが全ての精霊達を従えるのには無理があっる。
もっともっと力を・・
そう願いながら渾身の気力を振り絞りエレナを取り巻く炎の精霊を引っ剥がす。
「精霊達よ、俺の言う事を聞けぇぇ!」
タケルの一喝でエレナの周りの炎が減ったのを見計らってベルが突進し抱きかかえる。
「おい!目を覚ませ!起きろ!」
「アハハハ・・・・」
エレナは焦点の合わない瞳で笑い続けている。
炎の精霊がまた娘にまとわりつき始める。
「チッ・・」
ベルは娘を抱きかかえたまま、外に飛び出した。
ベルがエレナが炎の中から飛び出すと歓喜の声が上がる。
「水を!早く水を掛けろ」
ロキ達は慌ててベルとエレナに水を掛ける。
だが、すぐに蒸発してしまう。
「クソッ焼け石に水かよ」
ベルはエレナを抱えたまま、走り出す。
「お、おい」
ロキの声を背後に聞きながらも目当ての場所を探す。
山賊と言えども生活するには水が欠かせない。近くに川があるはず。
ベルは川を見つけるなり、エレナを抱いたまま飛び込んだ。
ザバーン
ロキ達が慌てて追い掛けるが川には波紋しか残っていない。
2人が飛び込んだ場所がグツグツと湧き出し、水面には湯気が上がっている。
みんなが黙って心配そうに川を覗き込んでいる。
ザバッ
「ブッハー」
ベルが水面から顔を出し、大きく息をする。
ベルの腕の中には今まで笑っていたエレナから笑い声が消え安らかな寝顔を浮かべている。
「スゥー、スゥー」
「ったく、面倒を掛けさせてくれる」
ベルは寝息をたてているエレナに毒づき、安堵の顔を見せた。
「やったぞぉぉ」
川辺が歓喜に包まれる。
「ふぅ、ヒヤヒヤさせてくれる」
離れた場所で無事に出てきたタケルがため息を一つつき、ベルに微笑みかける。