さすらいの傭兵
カスライ領は山が大半を占めており、更には山賊が徘徊していて、領民は苦しい生活を強いられていた。
少女は家の家計を助ける為にマリネ村から離れた場所で薬草を採っていた。
村の外は山賊や狼の出没する危険な場所なのはわかっていたが、マリネ村で生活する為には仕方なかった。
「ウフフ、今日はかなり集められるわね」
遠出した甲斐があって薬草の沢山採れる穴場を見付けて、ついつい薬草を集めに夢中になっていた。
「お嬢さん、こんなところで何をしてるのかな~?ゲヘヘ」
ハッ、となって少女が後ろを振り向く。
いつの間にか、タチの悪そうな山賊数人が少女の真後ろに立っていた。
少女は薬草を集めたカゴもそのままに逃げ出した。
「おっと、どこに行くのかな?」
山賊が走り出した少女の足を引っ掛ける。
「キャッ」
少女は避けられず転んでしまった。
「そう慌てずに、遊ぼうぜ、お嬢さん」
山賊は舐めまわすような視線で転がっている少女を眺める。
「あ・・ぅぅ・」
少女は逃げられない事を悟り、顔が青くなって言葉も出せない。
「こいつはそこそこ高値で売れそうだな、縛っておけ」
山賊がロープを慣れた手つきで使って少女の手をギュッと縛り上げた。
「キャッ、痛い」
「こいつ、いい声で鳴きやがるな、奴隷商人に売る前にやっちまっていいだろ?」
「・・い、嫌・・」
恐怖で怯える少女がどうにか声を絞り出した。
「オイオイ、せっかくの商品に手を出すなよ」
「いいじゃねぇか?女なんてまたさらえばいいんだからよ」
「チッ、勝手にしろ、こんなションベン臭いガキのどこがいいんだか」
山賊の頭らしき男は片手に持った酒をグイッと飲む。
山賊の子分がナイフを抜いて少女に近付く。
「嫌、近寄らないで・・」
少女は怯えた様子で後ずさる。
山賊はナイフを舌でペロリと舐める。
「動くなよ、動くと間違って違う場所が切れてしまうぞ」
山賊が乱暴に少女を掴み上げると、少女の目の前にナイフを向ける。
少女はガタガタと震えている。
「またこいつの悪いクセが出たな」
「嬢ちゃん、こいつは怯えた顔が大好きなんだよ」
「グヘへ」
ナイフを少女の粗末な服の襟元からゆっくりと下におろす。
「・・やめて・・」
恐怖で泣き出した少女の服が切り裂かれて、裸が少しずつ露出して行く。
ひゅん
風切り音と共に握り拳くらいの石が山賊の頭にぶつかる。
「痛てぇ」
たまらず、頭を抑える。
他の山賊達は石が飛んで来た方向に視線を向ける。
すると傭兵風の男が木にもたれかかるように立っている。
「誰だ、テメーは」
傭兵風の男は剣を携えたまま、無言で山賊達に近付く。
「この野郎、俺達とやろうってのか?」
「ブチ殺してやる」
頭から血を流しながらナイフを持つ山賊が叫ぶ。
「まぁ待てよ、今なら有り金全部置いて行くなら見逃してやるぜ、どうだ?」
傭兵風の男がピタリと止まる。
「ふん、物分かりのいい奴だな、ホラ、さっさと懐の物を出しな」
山賊が傭兵風の男に近付き、手を伸ばす。
傭兵風の男がチラッと少女の方を見る。
少女は突然現れた男をポカンと見ている。
「フン」
男は少女を一瞥すると目の前の山賊に向き直る。
男は素早く剣を抜くと山賊の伸ばした手を切り落とした。
「へっ?」
あまりの速さに山賊は何が起こったのかわからず、呆然と立っている。
手が地面に落ち、手首から血が吹き出すと、ようやく切られた事に気付いた。
「ウギャー!!俺の手がぁぁ」
「この野郎!!」
一斉に山賊達が男に向かって襲いかかってくる。
剣を振りかぶって来た山賊の懐に飛び込み、剣を走らせる。
「テメー」
背後から山賊が襲ってくる。
男は身をかがめて紙一重でかわす。
髪の毛が数本ひらりと宙を舞う。
まるで生と死の間を楽しむかのように男の顔に不気味な笑顔が見える。
すぐさま反撃をして斬り伏せる。
「死ねコラ」
勢い良く突進して来た山賊の剣を剣で受けると男は足を滑らせ転んだ。
間髪をいれず、男が転がった場所に槍が襲う。
身体をひねってかわすが、槍は2度3度と突き出される。
転がるように槍をかわし、転がり様に剣を振るう。
「ぐえ」
男の剣が山賊の首を切り裂く。
転がりながら、距離をとり、すぐに起き上がり態勢を整える。
「何をてこずっている!俺がやる」
山賊の頭が一喝すると戦槌を振りかぶり、力いっぱい振り下ろした。
バックステップで回避するが力任せに何度も連続で振り回してくる。
「わっはっは~、手も足も出ないだろう」
剣で受けても剣ごし、叩き折られる。男は受ける事も出来ず、押されっ放しだ。
ドン、男の背中に大木が当たる。
「もう、逃げられん。終わりだ」
迫り来る戦槌を目の前にしても、男の目は諦めていない。
カッと目を開くと男は前に飛び出した。
戦槌が顔の真横を通り過ぎ、頬を浅く切り裂く。
ダン、と強く踏み込み、男の剣が山賊の胸元に突き刺さった。
「ぐふっ」
男が剣を抜くと山賊の頭らしき男は血を流して地面に倒れる。
「こ、こんな奴にかないっこねぇ」
「逃げろー」
頭を失った山賊は統制を失い逃げ出した。
「フン」
逃げる山賊を追い掛けもせず、興味なさそうに見る。
血の匂いが立ち込める場所に少女と傭兵風の男が残された。
「あ・・」
男が少女の方に歩き出すと少女は身体を強張らせる。
男は少女を無視して横を通り過ぎる。
そして山賊の死体から皮袋をとり、中身を出す。
「チッ、しけてんな、次の奴はもっと持っててくれよ~」
次々と死体から金品を漁っている。
「畜生、このままじゃ終わらせねぇ」山賊の生き残りが無防備な男の後ろに忍び寄る。
「危な・・」
少女が叫ぶより速く男は後ろから命を狙ってきた山賊を斬り伏せた。
「遅せぇよ、タコ」
自分の胸から上がる血しぶきを見ている山賊にそう言い捨てるとバタッと地面に倒れた。
山賊の懐から金品を漁り終わるとその場から立ち去ろうとして、少女と目が合う。
「・・・」
男が剣を抜いて少女の方に歩き出した。
「ひっ」
少女は怖さのあまり目を閉じる。
男が剣を振るうとパサっと両手を縛っていたロープが切れた。
「好きなところへ行きな」
少女が恐る恐る声をかける。
「あの・・」
男は興味なさそうに聞く。
「なんだ?」
「ありがとうございます」
男はそれだけか?という感じで立ち去ろうとした。
「・・じゃあな」
少女が立ち上がろうとすると足に激痛が走る。
「イタッ・・」
山賊に足を引っ掛けられた時に足を痛めたようだ。
少女の悲鳴に振り返ると少女と目が合ってしまった。
「・・・」
★★★
「あの・・すみません」
男におんぶされながら少女が謝る。
「村はこっちでいいんだな」
「あっ、はい、このまま真っ直ぐです」
「・・・」
会話が続かない事に居づらい雰囲気を感じる少女。
「あの・・お名前を聞かせて貰っていいですか?あ、私はエレナって言います」
「俺の名はベル」
「ベルさんって言うんだ。ベルさんって最初は怖い人だと思いました。でも私を助けてくれました」
「・・・気まぐれだ。俺ははした金で人の命を奪う傭兵だ」
「気まぐれでも助けてくれたからいい人です」
「ふん、もし、山賊が今襲って来たらお前を置き去りにするからな」
「ウフフ」
本気で言ってるのではなく照れ隠しをしているベルが可愛くてエレナは笑い出した。
★★★
マリネ村に着くと村人達はベルを怪しい目で見ている。
それもそのはず、ベルは見るからに粗暴な傭兵の格好をして、服をナイフで切られた少女をおぶっている。
端から見ればかなり怪しい。
エレナの家に着く前に闇夜の銀狼に囲まれる。
「あんた、村の人間じゃないな?その子はどうした?」
問い詰めるかのような質問にベルは少しムッとする。
エレナが慌て事情を説明する。
「この人は私の恩人なんです。実は・・」
エレナの説明を聞くとタケルが前に出て来た。
「村の者の窮地を救って頂き、領主として感謝します」
ベルは領主が頭を下げて来た事に少し驚く。
「あんた、ここの領主か?」
「ああ、今晩は助けてくれたお礼もしたい。陽ももうすぐ落ちるし、是非、泊まっていくといい」
普通の領主なら村娘1人助けたところで傭兵風情に頭を下げる事も、お礼をする事もまず有り得ない。
チラッとエレナの方を見る。
まさか、エレナが領主にとって特別な存在なのだろうか。
エレナはベルの視線に気付き、優しく微笑む。
「わかった。世話になろう」
「良かった。その子の事はこいつらに任して付いて来てくれ」
ベルはおんぶしているエレナを地面に下ろす。
「じゃあまた後で」
エレナは闇夜の銀狼と立ち去っていく。
タケルが屋敷に案内すると侍女のメルが出迎えてくれる。
「お帰りなさい」
ベルは立派な屋敷を見て、少しバツの悪そうな顔をする。
ベルは見ての通り、礼儀作法と無縁な生活を送っている。こういう場所は苦手だ。
「この人は客人だ。丁重にもてなしてやってくれ、まずは食事の準備を、それと酒は・・・」
言いかけてベルの方を見る。
「たしなむほどなら・・」
「そうか、なら酒はすぐに持って来てくれ」
「かしこまりました」
タケルとベルが応接室に入り、腰をかけるとメルが酒瓶とコップを持ってきた。
メルは食事の準備をしにすぐさま部屋を後にした。
「安物の酒だがまぁ、やってくれ」
タケルが酒瓶を開けて飲むように勧める。
「ああ」
コップを手に取ると酒が注がれていく。
一口、コップに口を付ける。馴染みのある庶民的な酒だった。
高級で口に合わない酒を出されると思っていたベルにとっては嬉しい誤算だった。
「ベル殿は見たところ傭兵か何かかな?どうしてカスライ領に?」
タケルも酒に口を付けながら訪ねる。
「ああ、傭兵稼業で小銭を集めながら仇を追っている、ここに来たのも仇の噂を聞いてな」
「仇?どんな奴だ?」
「ダンテって名前のひたいに小さな傷があって髭を生やした山賊だ」
「聞いた事はない名だ、だが自慢にはならんがカスライ領には山賊は沢山いる、もしかしたらダンテという者もいるかもな」
「そうか」
ベルはため息混じりで返事をした。
「ベル殿は傭兵だったな。今、雇い主は居るのかな?もし、良かったら雇われてくれないだろうか?ここに居れば仇の情報が入ってくるかもしれない」
カスライ領で情報を集めるとなると長期に渡って滞在する事になる。そうなれば路銀も正直心許ない。
「・・・悪くない話だ」
「ただ、カスライ領は万年赤字領土でね、出せる額は少ないがね」
タケルはコップの酒を飲み干して笑った。
★★★
その夜、ベルはタケルの屋敷で泊まる事となった。
部屋の天井を眺めて物思いにふけっていると、深夜に関わらず鐘が鳴り出したのに気がつく。
「なんだ?」
窓際に寄り、外の様子を見ると、遠くで民間が赤々と燃えている。
村人が慌ただしく走りまわっている。
「火事か」
俺には関係ないとベッドに戻って布団をかぶる。
カンカンカン
「・・・」
妙に耳障りで眠れない。
「少し様子を見てくるか」
屋敷の外に出て火の手があがっている方向を目指す。
近付くにつれて木の焼ける匂いが鼻をつく。
火はまだおさまる気配はなく、村人が消火の為に走り回っている。
「おい、なにがあった?」
村人の1人を捕まえて話を聞いてみる。
「山賊の襲撃だよ。住んでいる者を皆殺しにした後に家に火をつけたらしい、まだ若い娘もいたのに・・惨い事を・・」
一瞬、ベルの頭に嫌な予感がよぎる。
村人の胸元を乱暴に掴み引き寄せる。
「その娘の名前は?」
ベルの気迫に気圧されながら村人は答える。
「エレナだよ、お前さん知ってるのか?」
「・・・」
ベルは村人の問いに答えもせず、村人を掴んでいた手をダラリと離す。
おそらくは今日殺した山賊の報復に違いない。
「ベル殿のせいじゃないさ、俺がもう少し警戒していれば・・」
後ろを振り向くとそこにはタケルがいた。
「・・・そうだとも。このくだらない世界はいつも弱肉強食だ。弱ければ死ぬ、あいつに生き抜くだけの力がなかっただけの事さ」
ベルは自分に言い聞かせるかのように小さく言った。
タケルはベルの声にどす黒い感情を感じとれた。
「タケル、村の周辺を捜索させたが山賊は見当たらなかったぜ」
ロキ、デューク、ユミルがタケルに報告をする。
「そうか、ご苦労、交代で休みながら警戒を続けてくれ」
「ああ、わかった」
「ベル殿ももう休まれた方がいい」
「・・・ああ、そうさせてもらう」
立ち去るベルの背中を黙ってタケルは見ていた。
★★★
次の朝、東の空がうっすらと明るくなり始めた頃、ベルは屋敷を出た。
焼けた落ちた家の前に行き、立ち止まる。
「・・フン、だから弱い奴は嫌いだ」
そして村の外に歩き出す。
昨日、山賊とやり合った場所を何かを待つかのように歩き回る。
エレナが襲われた場所がそいつらの縄張りだろう。
その辺りをウロウロとすれば村を襲った山賊が現れるはず。
ヒュン
矢が風を切る音が聞こえる。
ベルは身体をのけぞらせて、かわして矢を掴みとる。
「来たか・クソ野郎共が」
ゾロゾロと2、30人もの山賊がベルを取り囲むように姿を現した。
「チッ、外したか・・まぁいい、すぐにブチ殺してやる」
どんな肝が据わった人間でも絶望を感じる状況だったが、ベルは静かに笑っていた。
「テメーらは絶対許さない、死ね」
ベルが弾かれたように山賊に飛び出して有無を言わず、山賊を切り伏せる。
その様子を離れた場所で観察している5つの影がいた。
「カイン、どう思う?」
「無謀な戦いです。とても勝てるとは」
カインがタケルの問いに素直な意見を述べる。
「かもな、だけど面白い奴だ」
「面白い?」
今度はデュークが聞き返す。
「死にいく目じゃない。命をすり減らす戦いを楽しんでいるように見える、まるで自分の命を試しているみたいだ」
「それはそうと助けるなら早い方がいいんじゃね?」
「そうだな、手筈通り一網打尽にするか」
「あいよ」
タケル、カイン、ロキ、デューク、ユミルの5人が動き出した。
「ゼイゼイ・・」
ベルは山賊の返り血や自分の血なんかで泥だらけになりながら剣を構える。
「ええい、たった一人に何をしている!4、5人でまとめてかかれ」
山賊達がベルを取り囲み攻撃する機会を窺う。
「うぎゃっ」
山賊達が予想外の方向から悲鳴が聞こえた。
「何だ!貴様!」
タイミングよく、タケル達が飛び込み、参戦する。
「助太刀するぜ」
「あんたは・・」
意外な援軍に驚きを見せる。
「一気にたたみかけるぞ!」
タケル、カイン、ロキ、デューク、ユミルの5人が山賊に襲い掛かる。
「クッ、たかが5人だ、怯むな!」
たかが5人だが、このメンバーはカスライ領においてトップクラスの実力がある猛者達だ。
あっという間に形勢が逆転する。
「あんた、俺を囮に使ったな?やってくれるぜ」
ベルが隣で剣を並べるタケルに言う。
「止めても言う事を利きそうになかったんでな」
「チッ、いけ好かないヤツだ」
ベルが本格的に壊走し始めた山賊を追い掛けようとする。
「待て」
タケルがベルを呼び止める。
「俺はあいつらを1人として見逃す気はない」
「俺もだ」
「なら・・」
「ギャー」
ベルが言い終わる前に山賊が逃げて行った方角から悲鳴が聞こえた。
「追わなくても逃げられやしないよ」
「・・伏兵か」