騎士団
朝食を済ませ、屋敷の外に出た時の事だった。
兵舎の裏側で何やら騒々しさを感じた。
「なんだ?」
兵舎の裏側は馬小屋になっている。
少し気になり様子を覗きに馬小屋へ向かった。
4人の騎士が馬小屋何かしているのが見え、タケルは物影にそっと隠れ様子を窺う。
「お前みたいな鈍臭いのがなんで騎士団に入れたんだよ!」
「そうだ!そうだ!」
3人の騎士が1人の騎士を激しく罵っている声が聞こえた。
「・・・」
罵られている騎士は反抗もせずに黙って俯いている。
「お前、妾の子供らしいな」
黙っている騎士を軽く突き飛ばすと騎士は肥溜めに倒れ込んだ。
「ぎゃははは、汚ねぇの」
「お似合いの格好だな」
騎士3人は大笑いしている。
「クッ・・」
馬糞まみれの騎士が起き上がろうとすると蹴りを入れられる。
「誰が起き上がっていいと言ったんだ?ペッ」
唾を吐きかけられ更には頭を踏みつけられて顔の半分が馬糞で汚れる。
「馬糞から産まれたお前にはお似合いだぜ」
そこから3人が寄ってたかって暴行を加え始めた。
タケルは見るに見かねて物影から出た。
「お前ら、一体何をやっている!」
怒気を含んだ声に3人が動きを止めて振り返る。
「こ、これは領主様、このような場所にご用ですか?」
姿勢を正して愛想を取り繕うが態度がぎこちない。
「何をやっているんだと聞いている」
言い募る騎士に有無を言わせない気迫で問い詰める。
騎士達は気圧されてたじろいでいたがその内の1人が反論する。
「あ、あのこれはですね、そう、騎士団の教育の一環なのですよ」
「ええ、その通りです」
騎士は白々しく言い逃れを始める。
「本当にそうか?」
タケルはジロリと睨む。
「い、いかに領主様と言えども騎士団の事に口出しするのはやめて頂きたい」
領主と騎士を比べると領主の方が身分は高い。
だがこの騎士達はアリシア王国直轄の騎士団だ。タケルには騎士団の事については口出しする権限がない。
「・・・わかった」
騎士達はほっと胸をなで下ろすとそそくさと立ち去った。
忌々しげに騎士達の背中を見送ると肥溜めの騎士に近寄る。
「大丈夫か?」
タケルは倒れている騎士に手を伸ばす。
「お召し物が汚れます」
倒れている騎士は首を横に振り、自力で立ち上がった。
「たかが服が汚れる程度、構う事はなかったのに」
タケルは宙をさまよう事になった手を戻す。
「助けてくださりありがとうございました」
騎士は深々と頭を下げた。
「お前、名はなんという?」
「ラウルです」
タケルはドルネに用意してもらった名簿で聞き覚えがあった。
「さっきのような事は頻繁にあるのか?」
「・・・」
「答えたくないか、とりあえずそのままの格好ではまずいな、川で汚れを落としながら聞かせてもらおう」
★★★
ジャブジャブ
ラウルは裸になって川の中で身体や服を洗っている。
タケルはその様子を川のほとりから眺めている。
「その背中や腕についているアザはさっきの怪我じゃないな?」
赤く腫れ上がっている怪我だけではなく、時間が経ち薄黒くなってる部分もある。
「はい」
ラウルは身体を洗い終わると服を木にかけて乾かす。
「悔しくないのか?」
ギリッ
ラウルは俯き、黙って歯ぎしりをする。
「どうしてやり返さないんだ」
「だってあいつの方が強いし、やり返したらもっと酷い事されちゃうよ」
「そんな弱気でどうする。騎士なら決闘を挑んででも戦うべきじゃないか」
「そんな・・同じ騎士団の仲間で決闘だなんて・・・」
「ラウルは優しくていい子だな。人を傷つける意味をよく知っている。だが、あいつらは同じ騎士団の仲間のラウルに何をした?」
「それは・・」
「ラウル、少し俺の部屋に来て話さないか?大事な話がある」
ラウルは自分なんかに領主様がなんの話があるのだろうと不安にかられる。
「あの・・なんの話しですか?」
「そんなに怯えなくてもいい。少し話をするだけだ。ついて来い」
「は、はい」
ラウルを屋敷の客室に案内する。
椅子に腰をかけるとメルが紅茶を入れて持って来てくれる。
乾ききってない服を着ているせいもあって紅茶の暖かさが身に染みる。
「実は話というのは騎士団をやめてカスライ領で働かないか?」
「・・・」
ラウルの顔が険しくなる。
「兄の仕業ですか?」
ハルキの手元には騎士団の名簿が開けられている。
ラウルの経歴は複雑である。ラウルは有名な貴族の父親と平民の妾との間に出来た子供だ。当然、ラウルの父親には本妻がいて子供もいる。そして妾の子のラウルは本妻や腹違いの兄とは仲が悪く酷い嫌がらせを受けているのは安易に想像できる。
貴族の子として騎士団には入団する事は出来たが、カスライ領のような山賊が出没する危険地帯に配属になったのは本妻からの圧力があった為だ。
その上、昇進する事もなく、見習い騎士のままなのである。
「複雑な経歴を持っているようだが、それは関係ない。俺が欲しいと思ったからだよ」
「どうして僕なんかを?」
ラウルはまだタケルに疑いを持っている。
「惜しいからだよ。このまま騎士団に残っていても昇進する事もなく、皆に蔑まれて生きる事になるだろう」
「・・・」
ラウルも先の事はわかっていた。だが、それを受け入れるつもりはなく、ずっとチャンスをうかがっていた。そのチャンスが今なのかもしれないと考える。
「ただ、カスライ領には大した給与は払うだけのお金はない。それでもいいなら力を貸して欲しい」
頭を下げてくるタケルの真摯な態度に心を打たれた。
「頭を上げて下さい。これより我が身は領主様に捧げます」
「ありがとう。でも俺じゃなくて領民に尽くしてくれ」
「わかりました」