やるべき事
次の朝、闇夜の銀狼の一同とタケル達は村の荒れ地に集合した。
「腕がなるぜ」
闇夜の銀狼は武装していつでも戦える準備は整っている。
そこに意表をつく一言がタケルよりもたらされた。
「武器は邪魔になるから外しておけ」
「はぁ~?」
闇夜の銀狼の一同は最初何を言われたのかよくわからなかった。
「大将、丸腰じゃあ山賊と戦えませんぜ?」
「山賊退治?何を言っている?それよりこれを持て」
タケルがデュークにクワ手渡す。
「は?」
デュークは受け取ったクワを見る。
どこからどう見てもただのクワだ。
意味がわからず不思議そうな顔をする。
「何をするんで?」
「それは耕すものだ」
タケルは平然とそう言った。
「それはわかりやすが・・あっ」
デュークは周りの荒れ地をぐるりと見回す。
「まさか・・」
一同がようやく理解をした。タケルはこの荒れ地を開拓しようとしているのだ。カインはタケルに言われたように皆にクワを配って回る。
「ちょっと待て」
ロキはカインから手渡されるクワを受け取らずに立ちすくんでいる。
カインが戸惑っていると突然、ロキがタケルの前に出て来て異議を唱える。
「オイ!山賊退治はどうなった?放置できないんだろ?」
「山賊退治は出来ない」
「なんだと!俺達じゃ無理って言うのか!随分とナメてくれるねぇ」
ロキは怒りをあらわにして怒鳴りつけた。
「私もロキと同じ考えだね。田舎の山賊程度に闇夜の銀狼が遅れは取るはずないよ」
ユミルも口を尖らせてる。
「落ち着け、確かに今の戦力でも山賊退治は可能だろう。でもそれじゃあ意味がない」
「どういうこった?」
ロキは怒りを抑えてタケルの話に耳を傾ける。
「山賊ってのは真っ当な仕事がないから山賊になるんだ。退治しても仕事がなければまた山賊に身を落とす者が現れる」
「山賊が現れば何度でもぶっ潰してやればいいさ」
ロキの意見に血気盛んな闇夜の銀狼達は頷いた。タケルが更に言葉を続ける。
「退治に行けばその都度、帰ってこれない者も出る」
これを聞いてロキに賛同していた闇夜の銀狼のメンバーも口を閉ざす。
闇夜の銀狼は結束力は非常に強い。だからこそ王都ローラスで生き抜いて来れた。その闇夜の銀狼が仲間を無駄に失う事に賛同出来るはずない。
「つまり、倒してもキリがないいたちごっこを終わらせる為に開拓しろって事か。わかった」
「ロキ、ありがとう」
タケルは素直に頭を下げた。
一同はその行動に驚いた。タケルは就任したばかりとは言え、領主という立場だ。そういう立場の者はおごり、領民を見下している。
だからタケルが頭を下げた事に戸惑いを隠せない。
「俺達の領主がそんな風に頭なんぞ下げるモンじゃねぇよ」
「いや、お前達には過酷な開拓をさせる事になる。それなのに殆ど報いる事も出来ない」
「気にするな。俺はタケルについて行くって決めたんだ。なんでもやってやる。あんたはビシっと命令してりゃいいんだよ」
ロキはニッと笑う。
「もともと処刑されるトコだったんだ。それに比べると大したこたぁねぇよ」
デュークもそう言った。
「そうと決まればさっさと仕事に取りかかるぞ」
「おおー」
もう、闇夜の銀狼の中で反対する者は一人も居なくなっていた。
デュークが力一杯クワを荒れ地に突き立てながら隣にいるロキに話し掛ける。
「セイッ・・あいつ面白いヤツだな」
ロキも荒れ地を耕しながら答える。
「今頃気付いたんかよ。俺の目に狂いはないさ」
「それにしても・・」
デュークはチラリとタケルの方を見る。
「クワを持って汗を流す領主なんて世界のどこに行ったって見れないな」
「ちげぇねぇ」
二人は笑いながら汗を流した。
日が西に傾き、影が長くなってきた。
荒れ地一体をどうにか耕す事が出来た。
「よ~し、今日はここまでにするか」
「ふぅ~、疲れた」
タケルが声を掛けると皆、泥だらけになった身体を地面に放り出し、倒れ込む。
そこにメルがやって来て一人一人に銅貨を数枚手渡す。
デュークがタケルの方を振り向く。
「これは?」
「些少だが頑張ってくれた報酬だ」
「いいんですかい?」
闇夜の銀狼は強制労働としてカスライ領に連れて来られた。当然、労働賃金なんて支払われるはずはない。
「金の流れる場所に人が集まる。人が集まれば金が動く。金を使うのも仕事の内だ」
「なら遠慮なく貰っておこう」
デュークは汗水ながして手に入れた銅貨を握り締め、ほんの少し顔をほころばしている。
「しかし、何に使う?」
ロキがデュークに訪ねた。
このマリネ村は見ての通り寂れた村だ。何が買えるのかもわからない。
「それなら一杯どうだ?」
タケルは口元で杯をクイっと傾ける仕草をする。
「おっ?いいねぇ。皆で飲もうぜ」
こうして皆で飲みに行く事になった。
★★★
「しかし、この村にも酒場があるとは意外だったな」
ロキが歩きながらタケルに話し掛ける。
「酒場はないが宿屋があるんだ。そこは酒も置いてあるんだ」
タケルに案内されるとこじんまりとした宿屋にたどり着いた。
扉を開けるとギィーと嫌な音を立てる。
中は薄暗くボロボロの机や椅子が置かれているのがうっすらと見える。
「・・・まるでお化け屋敷だな」
ロキがつぶやく。
「お化け屋敷がなんだって!」
奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
ロキはビクッとして声がした奥を見ると機嫌悪そうに中年の女性が立っている。
「あっいや・・」
ロキが言葉に詰まっている。
「それで何の用だい?見たところかなりの人数だけど」
「女将さん、酒はあるか?」
タケルがロキの代わりに答えた。
「あんたら、飲みに来たのかい?」
宿屋の女将が訝しげにタケル達を見る。
「ああ」
「だったらボサッとしてないで適当に座りな。酒はぶどう酒しかないがそれでいいね?」
「ああ、それで頼む」
タケル達が全員椅子に座ると次々とお酒が机に運ばれる。
宴があっちこっちで始まり、ガヤガヤと賑やかになってくる。
タケル、ロキ、ユミル、デュークは同じ机に座ってた。
「今日はよく頑張った。明日からはどうするんだ?」
ロキがぶどう酒を煽りながらタケルに聞いた。
「これからしばらくは農地の拡大をしようと考えてる」
「明日も同じ事かよ」
ロキはつまらなさそうにぼやく。
「ま、いいじゃねぇか」
デュークが機嫌よく酒を飲みながら口を挟む。
「なんかいい事でもあったか?」
不思議に思って聞いてみる。
「自分で稼いだ金で酒を飲むってのは美味いモンだな」
「ま、そうだが、ユミルはどうだ?」
「私?不満はないけど何か物足りないわね」
「だろ?」
ロキは自分と同じように感じている仲間がいて嬉しそうだ。
「農地拡大は重要な仕事だ。今はどこも食料不足だからな。当面の目標は領民が飢えない程度の収穫を目指す。山賊退治も領民の生活基盤を整えてからじゃないと意味がない」
タケルはロキの言いたい事がわかっているらしい。
「へいへい、領主様の仰る通りでございます」
水を差されたロキは酒を一気に煽る。
ロキのコップの中身が空っぽになった。
「女将さん、お代わり」
「もう酒はないよ」
「なんだって!」
「最近は山賊のせいで旅人が減って備蓄してないのよ。次の仕入れは一週間先だよ」
「一週間も酒が飲めねぇだと」
ロキの一言で酒場がどよめく。
「静かにしろ」
タケルがざわめく闇夜の銀狼をなだめて女将さんに話し掛ける。
「それで、一体どういう事か詳しく話してもらえないだろうか?」
女将さんは重い口を開いて説明を始めた。
「この村は主だった物は余所から買っているんだよ。だけど山賊が現れるようになってからは被害が増えて護衛が必要になってきたのさ、当然、どこも護衛を雇い入れるお金なんてある訳ない。そこで皆で少しずつ集めたお金でまとめて仕入れに行くって事になったのさ」
「それが一週間後なんだな」
「そうさ、だからそれまで我慢してもらうしか・・」
タケルは女将さんの話しを遮る。
「明日、仕入れてくれないか?」
突拍子もない事を言われて女将さんが目を丸くする。
「ユミル、明日はメンバーを4~5人連れて仕入れの護衛をしてくれ」
「俺に行かせてくれよ~」
農作業にうんざりしているロキがぼやく。
「ロキは農作業が一区切りつくまでは現場の指揮を頼む。ユミル、やれるか?」
「私は別に構わないわよ」
「よし、決まりだ。女将さん、そういう事でどうだい?」
「そりゃウチは護衛してくれるのは有り難いけど・・お金は出せないよ?」
「もちろんお金は入らないよ。明日もここでお酒が飲めればいい」
「それならお願いしようかしら」
「ユミル、失敗するんじゃねぇぞ!皆の晩酌が掛かってるんだからな」
ロキはおどけたようにユミルに言う。
「見くびらないで!山賊程度に負けたりしないわよ」
そう言ってユミルは酒を一気に煽った。