第1話、召還
城の大広間で数人が見守る中に頭のてっぺんからつま先まで金属に覆われた一人の騎士が立っている。
「姫様、私は反対ですぞ!もう一度お考え直しくださいませ」
初老ですらっとした男が騎士に話し掛ける。
「混沌としたアリシア王国を立て直すにはこれしかないわ」
兜の奥から高い声が聞こえる。どうやら完全武装しているのは女性のようだ。
兜の僅かな隙間から見える青色の瞳からは確固たる決意がみなぎっている。
「しかし・・」
この姫とは長い付き合いだ。一度決心すれば何を言っても無駄だという事を初老の男は嫌という程知っている。
諦めて大きなため息をつく。
「安心して、必ず天の子を連れ帰ってくるわ」
【天の子】
それが国民がなにより待ち望んでいる希望だった。
「私達は姫様が無事に帰ってくれればそれでいいです」
「私が居ない間、城の事をお願い」
初老の男が頷くとうっすらと光る聖なる石を差し出す。
「すまないな。いつも私の我が儘に付き合ってもらって・・では、行ってきます」
兜で表情はうかがえないが申し訳なさそうな声で話している。姫が石を受け取り、両手で握りしめて目を閉じる。すると石が強く輝き始めた。
「おお」
周りで見守っている者達から感嘆の声が聞こえる。
まばゆい光が辺りを包み込むとどこか安らぎと暖かさを感じる。姫は心地よい光に身をまかせながら呪文を唱えた。
パーン!
直視できない程の輝きを最後に石がばらばらに砕け散った。
その後には姫の姿はなく、砕けた石の欠片だけが弱々しく光っている。
初老の男は残されたバラバラに散った石の破片に目を向け
「どうかご無事に帰ってきてくだされ」
そう祈った。
★★★
男は満身創痍で戦っていた。具足のあちらこちらに傷がつき、肩の辺りには矢が刺さっている。
それでも日本刀を握り締めて獰猛な獣のような目つきで振り回している。
その男を5人の男達が取り逃がさないように慎重に取り囲んでいる。
「ここは合戦場?」
姫は少し離れた丘の上に立っていた。
「でぃああー」
囲んでいる男達が気合いと共に一斉に動き出した。
男は敵の攻撃を信じられないような足の速さでかわして日本刀で反撃をする。圧倒的に不利な状況でもまったく怯んでない。
だが、どんなに技量が優れていても数の差を覆い隠せない。相手を二人を切り伏せたところに脇腹に槍が刺さる。それでも闘志は衰えずに槍を突いてきた相手を切り伏せた。
男は日本刀を正眼に構えて残された二人を睨みつけている。
男の身体の至る所から血が滴り落ちている。息も切らし、立っているのがやっとだ。その上、数ではまだ2対1。だがそれでも男の瞳からは恐ろしいほどの殺気が噴き上がっている。
残る二人は男の放つ眼光にジリジリと後ずさるが、恐怖に耐え切れなくなり覚悟を決めた。
二人の男が互いに視線を合わせると小さく頷いた。
「どりゃぁぁ」
同時に切りかかったが、あっという間に返り討ちにあった。
男はその場に膝から崩れ落ち倒れ込む。そして気力を振り絞って仰向けになり、肩で息をしている。
その周りには5人の骸が横たわり地面を赤く染めあげている。
姫はこの出来事の一部始終を心を奪われたように魅入っていた。
天の子を連れ帰る為に異世界に送り出されたのだが、着いた場所が戦場だとは夢にも思わなかった。
しばらく呆然と眺めていたが、なにかに誘われるようにゆっくりと丘を下り仰向けに倒れている男に近寄った。
男はガチャガチャと金属の擦れる音に気付いて慌て、上半身を起して片膝を着いたまま刀を構える。血に濡れた日本刀が太陽に照らされて、不気味に輝く。その奥には荒々しい殺意に燃えている二つの真っ黒な瞳。
姫は本能的にこの男を刺激すれば命がないことを悟った。
「待って下さい。敵ではありません」
男は警戒したまま観察する。見たことのない鉄の鎧に全身を包まれていて、腰には刀らしきものを帯びている。この辺りのものではないが武具であるには違いない。変わった姿にも目を惹かれたがそれ以上に声に驚いた。
「お前、女か?何故そんな格好で戦場にいる」
女がこんな所にいることが信じられなかった。
「あの・・私は天の子を迎えにここにやってきました」
「天の子?何を言っている」
男は立ち上がろうとしたが傷の痛みでバランスを崩す。地面には血だまりができている。
「酷い怪我・・」
姫が近寄ろうとしたが、男は日本刀をこちらに向けてくる。
「くるな!」
姫はビクッと動きを止める。
「剣をおろして下さい、私は敵じゃないですから」
両手を広げて敵意のないことを示して、出来る限り優しい声をかけて男にゆっくりと近づいた。男は納得してなかったが日本刀をゆっくりと下ろした。
とりあえず敵ではないことは認めたようだった。
姫が傷の具合を確認しようと手を伸ばす。
「俺に触るな!」
姫は怖ず怖ずと出した手を引っ込めた。
「あの・・あなた様が天の子ですね?」
先程の戦いを見て確信していたことを口にする。
「俺は天の子などではない。ヤマモト、ヘイハチの息子ヤマモト、タケル、西軍の武将だ」
タケルと名乗る男は痛みを我慢して立ち上がった。
「ぐっ・・」
「動かないで下さい。傷口が広がります」
「お前の名は?」
「私の名はセラスです。じっとして下さい」
「変わった名前だな」
男は口元を少しあげて微笑んだ。
「セラス、頼みがある。西軍は敗れ、城も落ち、父上も討たれた。だがみすみす敵にこの首をやるわけにはいかん。ここで会ったのも何かの縁。セラスの手で介錯してくれ」
「それはなりません。あなた様は・・タケル様はきっと我が祖国をお救い下さる天の子に違いありません」
セラスは直感でタケルが天の子だと感じた。そのようやく巡り会えた救世主を目の前で失うわけにはいかない。絶対にそれだけは駄目だ。
「俺は天の子ではない。仮にそうだとしてもこの傷ではもう長くはもたない。敵の手にかかる前に潔く終わりを迎えたい」
タケルは血を失い過ぎて意識がぼーっとし始めたが最後の気力を振り絞り脇差しを抜いて刃を自分に向けた。
「お待ち下さい」
姫は必死に踏み止まるように懇願した。この方が死ねば祖国は滅びる。何故だかわからないがそう感じたのだった。
「私の国はあなた様のお力がどうしても必要なのです。どうかお力添えを・・」
頭を下げ真摯に訴えてくるセラスを見て命を絶とうとしたタケルの動きが止まる。
「全てを失った俺にそのような力があるというのか?」
「はい、どうか私の国をお救い下さい」
深い沈黙が辺りを包み、静かな草原に風が吹き抜ける。
「わかった。だがどうする?この傷では敵の追っ手から逃げる事すらままならん」
その言葉を聞いてセラスの顔がぱっと明るくなり、嬉しそうに顔を上げた。
「心配には及びません」
そう言って腰に吊してある袋から石を取り出して何やら呪文を唱え始めた。石が輝き始め、まばゆい光りが辺りを優しく包み込む。
「これは・・・夢か」
タケルはその光りに包まれてゆっくりと意識を失っていった。