第2話、カスライ領
ゴトゴトと悪路を進む荷馬車の周りには馬に乗った護衛らしき者が付き添っている。
だが、その風体は護衛の騎士というよりは山賊そのものだ。
「ようやく村についたみたいだな」
タケルが背伸びをする。
「揺られっ放しであちこちいてぇ」
ロキが腕をぐるぐると回す。
タケルは荷馬車から降り立つとぐるりと村の周りを見る。
なんとも覇気のないひっそりとした村だった。
「こんな村でやっていけるのかよ」
後ろからロキが愚痴っている声が届く。
闇夜の銀狼のメンバーも思い思いの感想をもらしている。
するとタケル達の到来に1人の初老の男が近付いてくる。
「天の子ご一行ですか?」
ガラの悪い闇夜の銀狼達を見て不安そうに訪ねてきた。
「そうだが?」
タケルが前に出て来た。
「おお、あなたがそうですか?遠路はるばるようこそおいでくださいました。申し遅れました。わたくしカスライ領の行政官を務めていますドルネと申します」
ドルネは深々と頭を下げた。
「この度はカスライ領の領主に任命されたタケルです。行政官ですか?」
「今までカスライ領の行政を担当してました。王家直轄領から天の子の領地となり、天の子をサポートするように仰せつかっています」
国王陛下が気遣ってくれたのだろう。タケルにはありがたい話だった。一から領地の状況を調べる必要がないからだ。
「それは心強い。この領地については右も左もわからないのでよろしく頼む」
「長旅でお疲れでしょう。早速、屋敷にご案内します」
ドルネの案内されるままタケル達は村の中へ進んでいく。
「ずいぶんと寂れた村だな」
ドルネはほんの少し顔をしかめてた。
「まだここマリネ村はマシな方です。他の村は廃村になった村もあります」
少しタケルの眉が動く。タケルが思ってた以上にカスライ領は苦しい状況に置かれているらしい。
「そんなに酷い状況なのか?」
「ええ、詳しくはあちらでお話します」
ドルネが指差す方向に一番奥にひときわ大きな豪邸が見える。
「大きな屋敷だな」
「昔は王家の別荘として使われていた屋敷です。あそこがタケル様の屋敷となります」
屋敷の周りには石造りの壁が張り巡らせ、正面の門には兵士が武装した格好で立ちっている。
ドルネに気付くと鉄格子になっている扉を開ける。
「ご苦労様です。どうぞ」
兵士は闇夜の銀狼の面々を訝しそうに見ている。
「囚人達はいかがします?牢屋に閉じ込めて・・」
言い終わる前にデュークとユミルが剣を抜いた。
それを見て兵士も剣を抜き構える。
一瞬にして緊張が辺りを包む。
「デューク、ユミル、剣を収めろ」
「この者達は牢に閉じ込める必要はない。まずは屋敷に案内してやってくれ」
「さ、左様で御座いますか」
ドルネは気圧され、冷や汗を拭いながら兵士に剣を下ろすように指示した。
兵士が剣を下ろすとデューク、ユミルも剣を鞘に収める。
ドルネは小さく安堵の溜め息をついて案内を続ける。
「で、では、こちらへ」
門をくぐると広場になってるいる。
「右側に見えるのが兵舎、左側が食料庫になっています。そして正面がカスライ領での住まいとなっています」
兵舎の前では兵士たちがひそひそと遠目でこちらを見ながら話しをしている。
「さっきのといい、感じ悪いね」
ユミルが口をとがらせて言う。
「ああ、そうだな」
ロキも歓迎されてない空気を感じとっている。
「俺達を見下してやがるんだろ?あいつらはいつもそうさ」
デュークが言葉を吐き捨てる。
「それだけではありませんよ」
「どういう意味だ?」
ドルネの言葉にタケルが首をかしげる。
「それは中に入ってご説明します」
ドルネが屋敷のドアを開けて中に入る。
「へぇ~」
赤い絨毯がひかれた玄関ホールが広がっていた。
「何人くらい住める?」
タケル、カイン、メル、闇夜の銀狼で結構な人数になる。全員が泊まれるか少し気になった。
「王家の別荘に使われていましたから、警護や使用人が使っていた相部屋もあるので50人くらいは大丈夫です」
「皆、好きな部屋で休んでくれ。ロキはドルネとの話に付き合ってくれ」
真っ当な者ならカスライ領のこれからを決めようとする場にゴロツキの頭を同席するなどは絶対にしない。タケルの柔軟な考えとロキへの信頼が現れている。
「ああ、わかった」
ロキは面倒くさそうに返事をするが内心自分を分け隔てなく接してくれるタケルには好感を持っているし、信頼を裏切るのも気が引ける。
「では、こちらへ」
ドルネが歩き出し、その後をタケルとロキがついていく。
応接室に案内されるとタケルとロキがソファーに座り、正面にはテーブルをはさみドルネが座った。
「それではご説明しましょう。カスライ領の事はどれくらいご存知ですか?」
タケルは首を振る。全くと言っていいほど知らないからである。
「ユトニアとアッシュに面する領土だという事くらいなら知っているが」
ロキはこの国に住んでいるだけあって一般常識程度なら知っている。
「その通りです。カスライ領は北に大国ユトニア王国、西にアッシュ王国の国境に隣接する領地です。山地なので街道などはありませんが他国からの侵略を警戒している地域です」
「戦争になれば前線となる訳か」
「ええ、そうですが、カスライ山は大軍での行動は不向きなのでそれほど重要性はありません」
「ま、それはそうだな、こんなチンケな領土を奪っても得にはならないな」
ロキは相手を気遣ったりせず、ズケズケとモノを言う。性格もあるが、きっとさっきの兵士達の対応で気分を損ねてるのだろう。
ドルネは少し顔をしかめるが話を続けた。
「カスライ領は山の貧しい領地です。その上国境警備などをしなければなりません。得にもならないので領主が存在せず、王家直轄領となっていました」
「厳しい領地だな」
タケルは深刻そうな顔で話を聞いている。
「近年は更に酷く、食料不足で暮らしが出来ない者が増えた上、度重なる山賊の被害に悩まされています」
「討伐はやってないのか?」
「恥ずかしながら討伐出来るほどの戦力がありません。村の周辺を巡回するのがやっとです。兵士にもかなりの死傷者が出ていて・・」
ドルネは一度話を止めて、ロキの顔をうかがう。
「???どうした?」
「えっと、その山賊のようなならず者には敵意を抱いています」
「ああ、なるほど、そういう事か」
ロキは頷いて兵士たちの態度に納得した。
「しかし、王都から兵隊を連れてくればいいだけの話じゃないか?」
被害が多発するなら増兵すればいい。もともとカスライ領は王家直属の領土なのだからすぐにでも討伐できるはず。
「支援要請はしましたが国境付近という事もあって軍事行動には慎重になっているようです。山賊はそれを知って追い詰められると他国に逃げ込むので手を出せないのです」
タケルはしばらく考え込んだ。
「だが、山賊を野放しにする訳にはいかんだろう。山賊に襲われた領民は生活が苦しくなり、カスライ領から離れてしまう」
「山賊退治か、闇夜の銀狼で退治してやろうか」
ロキは暇つぶしが出来るといった様子で笑いながら言う。
そのやり取りを見てドルネは苦い顔をした。
今まで手を焼かされた山賊を簡単に退治出来るとは思えなかったからだ。
★★★
次の日、朝早くからタケルの姿を見た者はいなかった。
ロキは闇夜の銀狼に昨日の話を伝え、いつの間にか山賊退治の話で盛り上がっていた。カインとメルはそういう話は苦手らしく、オドオドとタケルが帰ってくるのを待っていた。
夕暮れ過ぎになってようやくタケルが帰ってきた。
「どこに行っていたんですか?」
カインがタケルの顔を見て安堵している。
「少し村と村の外を見てきた。おかげで方針が決まった」
どうやら一日中歩き回った甲斐があって満足そうな口調だ。
「山賊のアジトでも見つかったか?」
ロキが嬉しそうに会話に入ってきた。
「そうではないが、とりあえず明日から仕事に取りかかる」
「おう、任せておけ」
ロキは腕を軽く回して、どこからでもかかって来いと言わんばかり返事をした。