道中
二台の荷馬車に別れて乗り込み城を出発した。
先頭の荷台は異様な空気に包まれていた。
「説明して貰おう」
口を開いたのは闇夜の銀狼の団長であるロキだった。その隣には副団長を始め、団員が座っている。
「お前達の処刑はない。だが、辺境カスライ領にて強制労働する事になっている」
タケルは静かに答えた。
「なんだと!」
闇夜の銀狼の団員達が武器に手をかけようとする。タケルの側にちょこんと座るメルがビクリと身体を震わす。カインは平静を装っているが額に汗をかいている。
「待て」
それをロキが止めると団員達はそれに従い大人しくなる。
「力を貸せとは言われたが強制労働は聞いていないな」
「国王陛下が決めた事だ」
そんなもの受け入れる気はサラサラない。
「もうトンズラしてしまおう」
デュークがロキに提案する。
「もう少し城下街から離れてからの方がいいぞ?夕方には人気のない場所につく」
荷馬車の中から外の様子は見えないが、行き行く街人の賑やかな声が聞こえてくる。確かに今逃げ出せばまた捕まる者が出るかもしれない。
だが、得にもならない事を教えるタケルを訝しく思い、好感を持てない。
デューク達が困惑してロキに意見を求めるように視線を向ける。
「逃げる気になればいつでも逃げれる。もう少し付き合ってみるか」
ロキは何が待ち受けているのか楽しみにしているような口ぶりだ。
ゴン、ゴン
荷馬車が石を踏み付けて揺れる。道が整備されてない野道を通っているのがわかる。辺りに人気はなく、陽がすっかり傾いている。
「ここらでいいか」
タケルは御者に止まるように指示すると闇夜の銀狼は警戒を強めた。もしかすれば外は武装した兵士が待ち構えているのではないかと思っているのだ。
その気配を感じとったのかロキは仲間に声をかける。
「ビクビクすんな。ドーンと構えてろ」
「だけどな、ロキ」
デュークが不安そうに言うのを余所にタケルは野宿をする準備をカインとメルに指示している。
悪巧みをしているようには感じられない。
「よし、お前ら、薪を集めに出るぞ」
ロキはそう言って荷馬車から降りて、その後をデューク達が追う。
外は欝そうとした森の中だった。後ろの荷馬車の仲間と合流するとテキパキと役割分担を伝えて野宿の準備を始めた。
陽が沈みきる頃には焚火を囲み食事をとっていた。
今晩の夕食は野菜を煮込んだ鍋だ。国王は気をきかせて食料なども用意してくれていた。その他にもロキ達が薪を探すついでに見つけた山菜なども入っている。
「ふぅ~、旨かった」
ロキは満足そうに腹を叩いて横に転がる。そして視線をチラリとタケルにむける。
タケルはというと少し離れた場所でメルやカインと焚火にあたっている。
「ロキ、逃げるなら今夜だぜ。明日にはカスライ領についてしまう」
デュークがそう言う。
「ああ、そうだな」
ロキは面倒臭そうに腰を上げた。
「どうした?」
「ちょっと確かめてくる」
ロキはそう言って歩き出した。
タケルが自分の前に来たロキに気付くと少し横に寄って座り直した。
隣に座れって事だろう。
「悪いな」
ロキは遠慮なくどっかりと腰を降ろして単刀直入に質問する。
「あんた、俺達をどうする気だ?」
タケルは木の枝を焚火の中に放り込む。
「狼を手なずける事は人にはできん」
「自由にするという事か?」
「ああ、そうだ」
「ほう~、ならここであんたを襲っても文句はないんだな?」
半分脅すようにタケルを見る。
「それはない」
「何故だ?」
「狼が人を襲うのは腹が減っている時か、自分の身が危険な時かだ。今はどちらでもない」
ロキは少し驚いたように目を大きく見開いた。だが、気を取り直して疑問を投げかける。
「それならあんたはどうしてカスライ領へ行くんだ?」
囚人護送が目的じゃないならついて来る必要はないだろう。
「国王陛下よりカスライ領の統治を任された。前にも言ったが闇夜の銀狼に協力して欲しい」
「驚いた。あんたが領主様か?」
「タケルだ。タケルと呼んでくれ」
そう言って気さくに握手を求めてきた。ロキはこの男の行く末を見てみたい衝動にかられる。
「闇夜の銀狼のロキだ。勘違いするなよ。俺はあんたの家来になる気はないからな」
ロキはタケルの手を握り返した。
ヒュン、ヒュン
風を切り裂く音が聞こえてタケルは咄嗟にロキを押し倒して身を低くした。
「うおっ」
森から出た何かが高速でタケルのいた場所を通り過ぎる。通り過ぎた方向を見ると木に矢が刺さっている。
「敵襲!敵襲!」
ロキは事態を把握して仲間に危険を知らせる。
「カイン、焚火を消せ。このままじゃいい的だ」
タケルは矢の飛んで来た方向に目を凝らしながらカインに指示する。
カインが水桶を焚火にぶちまけると他の団員達も火を消した。辺りは暗闇が支配する。
「敵は誰だ?」
ロキが剣を構えながらタケルに尋ねた。
「わからん。開戦派の連中かもしれん」
「ったく、面倒事に巻き込んでくれる」
その時、デュークが血相を変えてやって来た。
「俺達を嵌めやがったな!畜生!」
デュークがタケルに剣を向ける。
「止めろ!こいつじゃない」
ロキがタケルとデュークの間に飛び込む。
「しかしよ」
「黙れ!!敵を迎え撃ってからだ」
本能的にタケルが仕組んだとは思えなかったし、今は目の前にいる敵を倒す事が優先された。
「わかったよ」
タケル達は円陣を組んで敵襲に備える。
「妙な真似しやがったら背中からブッスリといくぜ」
デュークがタケルに物騒な言葉を投げかける。タケルは無視して注意深く前を見ている。
辺りは微かに虫の鳴く声と木々が風で揺られる音だけが聞こえる。
徐々に暗闇に目が慣れてきた時、暗闇から複数の人影が一斉に飛び出してきた。
あちらこちらで交戦状態になる。カインは怯えて震えているところを敵に襲われた。隣にいたロキが一歩前出て代わりに剣を受け止める。
「何者だ!」
切り掛かった相手と目が合って驚愕する。
「ユミル!?」
ユミルの方も驚きを隠せない。
「お前、何をしてる!」
「何を・・ってロキを助けに来たんじゃない。あんたこそ、何やってるのよ」
ロキの手を掴むとグイグイと引っ張る。
「ちょっと待て!」
ロキはユミルの手を振り払う。
「話は後にして!早く逃げるわよ!」
「だから、待てって!お前誤解してるぞ!」
「何言ってるのよ!」
「あ~、ったく」
呆れたように呟くとすーっと深く息を吸い込む。
「お前ら戦闘を中止しろ!!」
団長の大声が森の中にこだまするとピタリと静まった。