牢屋
ジメジメとした地下牢の中で処刑待ちの囚人達が押し込められていた。王女暗殺に関わったロキ達闇夜の銀狼も執拗な取り調べは終わり、処刑を待つだけとなった。
ここでは凶悪で狂暴な犯罪者ですら意気消沈している。
牢屋に入れられて直ぐの頃はロキが皆に詫びて周りの団員が気遣うようなやり取りもあったが時間と伴に会話も少なくなり、静寂が支配するようになった。
「なぁ?ロキ、神様っていると思うか?」
デュークが真面目な顔で隣にいるロキに尋ねる。
「唐突にどうした?闇夜の銀狼の副団長デューク様も牢の中じゃ形無しだな」
ロキは元気付けようといつもの軽口で返す。
「やかましい」
デュークは少しだけ笑うが直ぐに笑顔を消す。
「神様ってのがいたら俺達のやってきた事を許すと思うか?」
ロキも薄笑いを止めてしばらく黙る。そして口を開いた。
「俺は神様ってのがいるとするなら足腰立たなくなるまで殴ってやる」
「おまえ・・」
まだ冗談を言うのかと呆れ返りそうになったがロキは更に続けた。
「俺達には汚く生きるしかなかった。真っ当に生きようとしてたら皆飢え死んでる。苦しい時に助けてもくれず、汚い事をしたと責め立てるなら俺がぶっ飛ばしてやる」
「くっくく・・お前となら地獄の悪魔とでも戦える気がするよ」
デュークは込み上げる笑いを堪えている。
「神だろうが悪魔だろうが闇夜の銀狼は飼い馴らせねーよ」
悪戯ぽっい子供の顔でデュークを見る。
「ちげーね」
二人は顔を見合わせて、笑い合う。
ふと、ロキが笑みを消して無表情になる。
「ガキの頃を思い出すな。よく三人で夢を語ったよな。ユミルは豪商、デュークは大地主に・・」
最後まで言わせずデュークが笑いながらツッコむ。
「ロキは王様になるって言ってたよな」
「馬鹿!真面目な話をしてんのに茶化すんじゃねーよ」
仕切り直してロキが語り出す。
「もし、ユミルがちゃんと教育を受けられれば、デュークに小さな資本でもあれば豪商や大地主も夢じゃなかったと思う。神様から見放された俺達には挑戦する機会すらなかった。それどころか生きる事すら困難だった」
ロキは悔しそうに宙を眺めている。
「神様は俺達を見放したがロキ、お前は俺達を見放さず、闇夜の銀狼を作った。俺に選択肢は少なかったかも知れないがロキと一緒にいるのは悪くなかったよ」
照れ隠しするようにロキは不機嫌そうに怒った。
「なに真顔でいってんだよ」
「オイオイ、茶化すなって言ったのはロキだろ?」
「うるさい」
ロキはそういってそっぽを向く。
「まっ、俺達は失敗したけどユミルは夢を叶えるさ。それを見届けられないのが残念だけどな」
デュークを含め捕まった皆はわかっている。王女誘拐なんて大それた事をすれば死刑以外にはないと・・
「・・・」
ロキはデュークの方を見ずに黙り込んだ。
ギィィー
廊下の扉が開く不気味な音が聞こえてカツンカツンと階段を下りてくる靴音が聞こえる。
食事の時間は少し前に終わった。
という事は・・
死刑執行という言葉が脳裏に浮かぶ。
いくら覚悟しているとは言え、みんなの顔が青ざめる。足音が近づく度に心臓が飛び上がりそうになる程に緊張が張り詰める。
そこに姿を現したのは数人の牢番とタケルだった。
「天の子みずから刑の執行とはな・・」
ロキは挑発に近い薄ら笑いを浮かべた。
「出ろ!」
武装した牢番が鍵を開けて強い口調で命令したが団員達は誰一人と動かない。誰が殺されるとわかっていて出るものか。
牢番が無理矢理外に出そうとロキの肩にに手をかけた。
「手負いの狼に気安く触ると怪我するぜ」
ロキは牢番の手首を軽くひねる。
「イテテテ・・」
「貴様!抵抗する気か!」
周囲の牢番達がロキを殴る蹴るの暴行をくわえて床に押さえ込む。
「てめぇら!それ以上やるなら黙っていないぞ」
それを見ていたデュークが立ち上がった。他の闇夜の銀狼の団員も今にも飛び出そうな殺伐とした雰囲気を放っている。
ロキ達闇夜の銀狼はみんな爛々と眼を光らせている。
ここの囚人はどれも諦めの眼か、恐怖に怯えた眼をする。だが、目の前にいる囚人は死に逝く者がする眼ではない。
牢番の一人がゴクリと唾を飲み、一歩下がる。
「闇夜の銀狼の名は伊達じゃないな」
タケルがそう言うと全員の目がタケルに集中した。
「放してやれ」
牢番がロキを放すとロキは埃を手で払いながらゆっくりと立ち上がり、タケルの方を見る。
「ちょっと話さないか?」
タケルは敵意を感じさせない態度で唐突にそう切り出した。
ロキはいぶかし気な態度でタケルの顔を見る。表情から何かを読み取ろうとした。
「嫌か?」
結局、何を考えているかわからない。どのみち他に選択肢の余地も残されていない。ロキは覚悟を決めてその誘いを受けた。
「ああ、いいだろう。俺の行きつけの店から好きな女の子タイプまでなんでも話してやるよ」
タケルは周りの牢番達に向かって話し掛ける。
「聞いての通りだ。しばらくこいつと外で話してくる。他の奴は牢に閉じ込めておけ」
ロキが連れ出されたのは城の中庭だった。侍女や貴族など非武装の人間が数人行き来している。その気になれば人質として取る事も出来るだろう。だが、タケルの不用心さが返って不気味さを感じさせる。
「なんの話だ?」
「俺に力を貸す気はないか?」
「断ったら?」
「別に何もせんよ」
嘘だ!そんな都合の良い話なんてあるわけがない。ロキは心の中でそう思ったが口にはださず、無表情を装う。
「仲間の命の保障が条件だ」
「いいだろう。じゃあ行くぞ」
すんなり受け入れられてロキは戸惑う。
ロキは何かの冗談かと思ったが段々と苛立ちが頭の中を駆け巡る。
「わかってんのかよ。俺達は王女暗殺を企てた犯罪者だぜ!」
「ああ、わかっている」
タケルは振り返ってロキを見て少し笑う。その余裕のある微笑みがいけ好かない程腹立たしいが怒りを抑えてタケルについていった。
その後、ロキの指示もあり、闇夜の銀狼は抵抗なく大人しく牢から解放された。そして驚く事に捕まった時に没収された物は全て返品された。当然、その中には武器もあった。
「おい、ロキ。一体どんな話をしたんだよ?」
デュークが小さな声で不思議そうに尋ねる。
「俺達に協力しろってさ」
ぶっきらぼうに説明するロキの声には怒りが込められていた。
「何を?」
「知らねーよ。だが、いざとなったら逃げるぞ」
「・・だな」
城の広場で二人が密談しているとホロ付きの荷馬車が二台やってきた。
「これに乗れって?」
「ああ、そうだ」
タケルがそう言うと団員達の視線がロキに向けられる。ロキが頷くと団員達は荷馬車に乗り込んだ。ロキは荷馬車には乗らずタケルに歩み寄った。タケルの側には襲撃時にいた侍女のメルが旅衣装で立っている。
「一体どこに連れていくつもりだ?」
「カスライ領だ」
「カスライ領?あんな山奥で何をするつもりだ」
「説明は後だ。先に乗ってろ」
ここで逆らうのは得策じゃない。ロキは舌打ちをして素直に荷馬車に乗り込んだ。
出発の準備が出来た頃にセラスが約束通り見送りに現れた。
「遅くなって申し訳ありません」
「いえ、丁度準備が整ったとこですよ。荷馬車まで用意してくれて感謝してます」
「それは構わないんですけど・・」
言葉を遮って不安そうに闇夜の銀狼が乗っている荷馬車に目をやる。
「本当に護衛は必要ないのですか?」
「ええ、あいつらなら大丈夫ですよ」
自信があるように大丈夫と言うがセラスは不安が拭い切れない顔をしている。
「そうですか・・」
「じゃあ、出発します」
「あ・・」
出発しようとしたタケルに淋しさの漂う瞳で見つめてくる。
「ん?どうした?」
「あの・・また帰って来ますよね?」
すがるような眼でタケルを見上げている。
「あ・ああ」
弱々しいセラスの表情にタケルは耐え切れずに顔を背ける。
「向こうで落ち着いたらこっちに帰ってくるよ。だからそんな顔するな」
タケルは自分が言った言葉が恥ずかしいのか人差し指で頬をかきながら約束をかわした。
「道中、お気をつけ下さい」
別れる時にはセラスが笑顔で見送ってくれた。