突入
タケルがロキに問い掛けた。
「お前、名前は?」
リーダーは抵抗するつもりもなく、素直に答える。
「ロキだ」
「それではロキ、依頼とか言ってたな。誰に頼まれた?」
「それを答える前に一つ約束してくれ。他の仲間達は解放してくれ。あいつらは関係ない。罰なら俺が受ける」
タケルはセラスに目を向けると話を聞いていたセラスは横に首を振る。
「王家の暗殺に加担した者は例外なく全員死罪となっています」
「剣を誰かに向けるという事は逆に自分が殺されても文句は言えない」
ロキはニ人の意見に顔を悔しそうに歪める。
「誰かは知らない。だが、成功したら落ち合う予定だ」
すかさず質問を詰問する。
「どこへ?」
「街外れの廃屋」
ロキはボッソリと投げやり気味に答える。
詳しい場所を聞いたのだがタケルはこのローラスの街は初めて歩くのにで場所がわからない。セラスとメルも街外れまで出掛ける事があまりないので詳しくわからないらしい。
「俺、わかるよ。ついて来て」
スリ少年が元気よく手を挙げて案内役をかって出た。
「後の事は任せた」
少年が走った後をタケルが追い掛ける。
「待って」
セラスが止めるのもきかずにタケルは走り去った。
城の兵士達が集まってからの方が安全なのはわかる。だが、その分相手に時間を与えてしまうかもしれない。ここは迅速な行動が必要だ。
少年に案内されて縫うように狭い道を抜けて最短距離で目的の場所を目指す。
少年は筋力は自慢ではないがすばしっこさだけは大人にも負ける気がしなかった。だから最初は後ろを気遣いながらゆっくりと走ったのだがタケルは涼しげな顔でついてきている。
「もう少しペースを上げるか」
少年は足に力を入れて速さを上げる。
「これなら・・」
だが、足音が遠ざかる事はなく自分の直ぐ後ろから聞こえる。
少年は驚きながらもどんどんと速度を上げて街の中を駆け抜けた。
民家が減り、のどかな草原に風景が変わる。一軒の古びた建物が見えてきた場所まで走ると足を止めた。
少年は汗だくになって肩で息をしている。
一方、タケルはというと――
「あれか・・」
額には汗を滲ませているが呼吸はそれほど乱れていない。
木造二階建ての古びた建物で庭も草木が生い茂り、誰も住んでいないのがよくわかる。とりあえず、ここからでは人影は見えない。
「お前はここで待っていろ」
「お願い。俺も連れて行って」
「駄目だ。中は危険だ」
取引場所はわかった。ここからは自分一人で十分だ。いたずらに少年を危険に巻き込むことはしたくない。
「あなたは天の子でしょ?僕はあなたの下で仕えたい」
タケルが少し眉を寄せる。
「どうしてだ?」
「俺達はお金がないから明日の食事にありつけるかもわからない。そんな世界を変えたい」
タケルは少年の真っ直ぐ見上げる瞳に心を動かされた。
「・・・わかった。名前は?」
「名前はカインです」
「それではカインに命じる。お前はここで見張っていろ」
カインはビシッと背筋を伸ばす。
「わかりました」
タケルは身を低くしながら建物の中に入った。
耳を澄まして人の気配を探るが辺りはしんと静まり返っている。足音をたてないように注意深く進もうとしたが廊下の床がかなり朽ちていてギィィと嫌な音をたてる。
「敵がいるとしたら気づかれたな」
腰にある日本刀に手にかけて慎重に探索する。
一階部分をざっと歩き回るとニ階へ続く階段を発見した。
ニ階へ潜んでいるとは考えにくい。敵に踏み込まれると逃げ場がなくなるからだ。自分は表に出る事なく、ゴロツキを雇うくらい慎重だ。失敗して踏み込まれることも当然考えているだろう。
「だが、何か手掛かりが残っているかもしれないな」
タケルはニ階の階段をのぼる。
ニ階の探索を始めた時だった。
ガシャーン
何かを割るような音が聞こえた。
「しまった!一階に居たのか」
全力疾走で階段に向かった。階段の上から1階を見下ろすとそこには割れたツボの破片と液体が広がっている。
「まさか油か!」
タケルが気付いた時には遅かった。フードを深く被り、顔を隠した不審者が松明を投げ入れた。階段はあっという間に炎に包まれた。そして不審者は直ぐに立ち去った。
「待て・・くっ」
炎の勢いが強く、熱気がタケルに襲い掛かる。
追い掛けるどころではない。それどころか唯一の逃げ場が炎で塞がれているのだ。
窓から飛び降りようかと考えた時、不思議な違和感を感じた。
炎がまるで生きているように思えたのだった。★★★
カインはタケルが入った建物の様子を離れた場所から眺めていた。
すると一つの人影が建物から出て来るのが見えた。
最初はタケルかとも思ったが複数の人影が後に続く。皆、顔を隠すように逃げていく。明らかに不審者だ。
とっさに追い掛けようと判断した時だった。真っ黒な煙が建物から出ているのに気付いた。
「中には天の子が・・」
カインは迷った。直ぐに救助に向かうか、不審者を追うか。
迷った揚げ句に救助する事に決めた。
カインは足は速いが何一つ武器を携帯していないただの少年だ。不審者と戦いになれば間違いなく負ける。
カインは近くにある井戸から水を汲み上げた。
★★★
「・・精霊との対話」
ふとセラスが言っていた事を思い出した。
「・・・」
タケルは燃え盛る炎に心で語りかけた。すると炎の気持ちが頭の中に流れ込んできた。
荒々しく全てを飲み込もうとしている。
「これが・・精霊?」
だが、対話が出来たとしても魔力がなければ交渉は出来ない。
タケルは精神を集中して炎に語りかける。
「少しだけ道をあけてくれ」
念じるとタケルの願いに応えるように炎のトンネルが目の前に出来上がった。
その中にゆっくりと足を踏み入れる。
集中力が途切れると一瞬にして炎に包まれて黒焦げになるだろう。走らずにゆっくりと出口へ進む。
安全な場所まで出ると精神的な疲れからバタリと仰向けに横たわった。
家屋が激しく燃え上がり崩れ落ち始めた。
「ありがとうな」
タケルは火の精霊にお礼を言う。
火の粉が空に舞い上がる。
タケルは精霊達が楽しそうに舞い踊っているように見えた。
「大丈夫ですか!」
カインが両手に水の入った桶を持ったままタケルに駆け寄ってきた。
チャプン、チャプンと桶の中の水が揺れ動いている。
「不審者は?」
「・・逃げられました」
カインは小さくなっている。逃がした事を咎められると思っているのだろう。
「そうか、仕方ない」
タケルは起き上がってカインの頭をぐしゃぐしゃと力強く撫でる。
カインは驚いて顔を上げた。
「さぁ城に戻ろう」