襲撃
物陰から一部始終を見ていたデュークが隣にいるロキに話し掛ける。
「今が絶好のチャンスだぜ」
「ああ、そうだな。俺は正面から行く。デュークは後ろから回り込め」
「あいよ」
デュークが仲間を半数にあたる五人を連れて走り出した。
「ドジるなよ。最後の仕事で全滅なんて笑えないからよ」
デュークは振り返って笑顔で親指を立てる。
「お前こそな」
ロキは頃合いを見計らって王女御一行の前に立ち塞がる。手には抜き身の剣を持っている。
「貴様ら!なんのつもりだ。この方を王女と知っての狼藉か?」
「わかってるよ。抵抗しなければ他の者は見逃してやる」
「ナメやがって!」
ニ人の護衛が前に出て腰の剣に手を伸ばして抜いた。
「依頼なんだよ。悪く思うなよ」
タケルが思わず口にした。
「依頼?」
「きゃあ」
突然、後ろからメルの悲鳴が聞こえる。振り返ると後ろもゴロツキが道を塞いでいる。
「逃げ道なし・・か」
タケルは後ろから現れた敵と対峙する。
「死にたくないなら王女を渡しな」
デュークはタケルに向かって警告する。
「断る」
「仕方ない。さっさとやってズラかるぞ」ゴロツキ共が一斉に襲い掛かって来た。
タケルは抜刀もせずに向かってくる男達を見ている。
「くたばれ」
振り下ろされる剣を身体を右に開きかわす。
太刀筋は粗く、日頃から剣を振り慣れてはいない。
タケルは一歩前に踏み込み男を殴りつけた。
「ぐはぁ」
男は吹っ飛び壁に叩きつけられて気絶した。
「この野郎」
ゴロツキは一瞬怯んだが直ぐに怒号を出しながら襲い掛かってくる。
タケルは軽快に足を使って相手の攻撃をかわして懐に飛び込む。そして素早く当て身を入れて男達を黙らした。
「ロキ!マズイぞ」
最後に残ったデュークが上擦った声で形勢不利を知らせる。
「後少しでこっちが片付く。もうちっと気張れ」
前方で戦っているロキが剣を振り下ろしながら答える。
前方はゴロツキの方が優勢に戦っているみたいで護衛の内の一人は既ににやられている。セラスが落ちている剣を拾い、ロキ達と対峙する。
「まずいな」
タケルは自分の目の前にいる敵をさっさと倒す事にした。
地面を蹴って前に勢いよく疾走した。それを見てデュークは慌てて剣を振り下ろす。タケルは腰に差してある日本刀を鞘ごと引き抜いてそれを防ぐ。そのまま身体を滑りこますように懐に入り、鞘で相手の腹部を突く。
デュークは苦しそうに腹部を両手で押さえて倒れ込んだ。
前方は護衛の兵士とセラスは滝のような汗を流しながら善戦していた。ロキはなかなかのつわもので打ち込む隙がない。
「同時に仕掛けるわよ」
セラスは前を向いたまま隣に剣を並べる兵士に小声で話し掛ける。兵士は無言で小さく頷く。
「でりゃあ」
「うおおぉ」
セラスと兵士が同時に襲い掛かった。
セラスの上段からの攻撃は軽く受け止めて押し返す。セラスは態勢を崩したが、間髪を入れず兵士が剣を突き立て突進する。
敵のリーダーは突進を軽やかな足さばきでかわすと目の前を通り過ぎていく兵士の足を払う。
勢いよく地面倒れ込んだ兵士に足を天高く伸ばしてかかと落としを振り落とす。
「ぐぎゃあ」
兵士は悲鳴を上げて動かなくなる。
ロキが笑みを浮かべてセラスに話しかけてくる。
「戦術的に悪くないな」
「くっ・」
セラスの頭に死がよぎるがそれを打ち消すように剣をグッと握りしめて構える。
「やれやれ、諦めの悪い王女様だ」
ロキの目つきが変わり、セラスはジリジリと後ろずさる。
「そう簡単にいくか」
知った声にセラスは安堵して振り返る。そこにはタケルが立っていた。
「向こうの連中は全員倒した。後ろから逃げろ」
ゴロツキ共はそれを聞いて焦りだす。ここまで追い詰めて王女に逃げられるわけにはいかない。
「逃がすか!」
ニ人のゴロツキが王女目掛けて飛び出す。
タケルは落ち着き払った様子でセラスの前に歩み出る。
「邪魔だぁ」
立ち塞がるタケルを押し退けんばかりの勢いで襲ってきたがタケルが目にもとまらぬ速さでニ人の剣を弾き飛ばす。
ニ人共、何が起きたのかわからないといった感じで驚く。そしてその次の瞬間には地面に転がって気絶していた。
あっという間の出来事にゴロツキ共がざわつく。ロキは僅かに顔をしかめる。
「落ち着け!」
ロキが一喝するとゴロツキ共は冷静さを取り戻す。そしてリーダーの指示に従って展開する。
「私は逃げません。天の子を置いて逃げるなんて出来ません」
セラスは覚悟を決めて強く断言した。
「天の子?へぇ~、あんたが噂の天の子か」
ロキは少し眉を潜める。だが直ぐに剣を強く握りしめてタケルに剣を向ける。
タケルはここで初めて日本刀を鞘から引き抜く。日本刀が不気味に輝く。
ゴクリ、ゴロツキの一人が唾を飲む音が聞こえる。
張り詰め緊張を破るかのようにロキが飛び込んで来た。剣を水平に薙ぎ払う。タケルは上半身を後ろにのけ反らせてギリギリのところでかわす。続けて鋭い突きを心臓目掛けて繰り出す。タケルは突きを剣で弾くと剣を振り落ろす。ロキは身体を捻って紙一重でかわす。ロキとタケルは一進一退の打ち合いを繰り返す。
タケルはセラスの為に、ロキは仲間の為に。
退けぬ意地と意地がぶつかる命の削り合いが幕を下ろした。
二人は舞を踊っているかのように剣をかわし、剣を交えては美しい火花を散らす。
辺りはしばらくの間、人を魅了するような剣技に見とれていた。
「い、いけねぇ。大将を加勢するぞ」
我に返ったゴロツキ共が夢から醒めたように動き出した。
セラスはゴロツキ共の行動を阻止しようと立ち塞がた。
だが、人数の差、ゴロツキ共の大将を守ろうという気迫は覆せないものを感じた。ひゅん、ひゅん
その時、物陰から何かが飛んできた。
完全に不意を突かれてゴロツキの顔に当たる。
「いてぇ」
足元に小石が転がっている。
「誰だ!」
足を止め、小石が飛んできた方向を探し回る。その隙にセラスは大胆に相手の懐に飛び込んで剣を振るう。不意を突かれてゴロツキ共は混乱した。
カン!
金属のぶつかる高い音が響く。ロキの手から剣が宙に舞い、手にはジンジンと鈍い痛みが残っている。
カラン
地面に落ちた自分の剣を恨めしそうに眺めるがそれを遮るかのように胸に日本刀が突きつけられている。
「仲間に武器を捨てるように言え」
ロキが反抗するようにフンと笑い口を開く。
「お前ら、俺に構わず逃げろ!」
ロキは串刺しになるのも恐れず、素手でタケルに飛び掛かった。
「死ぬ気か!」
タケルは慌てて日本刀を引く。そのせいでロキがタケルを押さえ込むようにしがみつく。
だが、ロキの命令に反してゴロツキ達はカランと剣を捨てて投降する。
「大将見捨てて逃げれる訳無いじゃないですか」
「馬鹿野郎共が・・」
こうして襲撃は失敗に終わった。
物陰からさっきのスリ少年が現れた。
「石を投げたのはお前か?」
「うん、そうだよ。庇ってくれたお礼」
「そうか、助かった」
表情を崩して少年に礼を述べた。
「さてどうするか」
周りはゴロツキ共数人に混じって護衛の兵士も倒れている。とりあえず、死者はいないようだ。
セラスはまだ緊張感が抜けてはいないのか、剣を握りしめたままだが怪我はなさそうだ。メルは唖然とした表情で立ちすくんでいる。
「メル、怪我人の手当てを頼む」
「えっ、は、はい!」
慌てて走ろうとしてつまずきそうになる。
戦闘に無縁の侍女が襲撃に遭ったのだ。当然の反応だろう。
メルに起こされた護衛兵は自分の不甲斐なさを恥じていたが直ぐに事後処理の為に城へ増援を呼びに出た。