視察
訓練場から出てからセラスはあからさまに不機嫌そうな態度をとっている。
「このような事は以後お控え下さい」
余程タケルが心配だったのか耳にタコが出来る程何度も口を酸っぱくして説教を繰り返す。
心配をかけた事は悪いと思っていたがさすがに嫌気がさし、別の話題でも探そうした。
ふと目をやるとメルは何か考えるように沈黙している。
「どうかしたか?」
「あ、いえ、先程の怪我の件なんですが・・」
頬をかすめた傷が血も乾かない内に完治していた事だ。
「ああ、俺も不思議だ。それにこの世界に来てから力が溢れるというか妙に身体が軽い」
「天の子の能力ではないのですか?」
「さぁ?わからん。でも数十人の敵に囲まれても負ける気はしないな」
そこまでいうとセラスの表情が険しくなる。
「だからと言ってあんな無茶は・・」
セラスの説教が始まりそうになったので慌て別の話題を振る。
「ところで魔法というものは俺にも使えるのか?」
セラスはため息を一つついて強張った表情を崩して説明をする。
「魔法は素質があれば使えます。ですが、素質があっても訓練しなければ使う事が出来ません」
「具体的には?」
「瞑想です。精神統一して精霊と対話するのです」
「精霊?」
タケルが僅かに目を見開く。
「はい、簡単に説明致しますと精霊に魔力を与えて魔法として具現化して貰うのです」
「なるほど」
魔法の説明を受けながら城門へ歩く。
城門に着くと当然のように門番が立っていた。近くには兵士の詰め所らしきもある。
門番と目が合うと背筋を伸ばし敬礼してきた。
「街に出たいのだが・・国王の許可はもらっている」
「天の子タケル様ですか?話は承っています。護衛を用意致しています」
元気よくそう言ったのだがセラスの顔を見て顔色が変わる。
「王女様もご一緒なさるのですか?」
「ええ」
守衛が目を丸くして尋ねるとニッコリとセラスが笑う。
「王女様が同伴されるとは聞いていませんが・・」
「私はタケル様は婚約者です。婚約者に付き添うのがそんなに変?」
「いえ、そのような事は」
兵士は冷や汗を流しながら答えた。
詰め所から2人の兵士が出てきて警護につく。
そしてタケルとセラスとメルと護衛2人は城下街ローラスへ歩いて行った。
城に近い場所は立派な建物が並んでいる。歩いている者は裕福な者が多い。不必要なぐらい宝石を身につけて着飾っている。
タケルが最初に漏らした感想は――
「聞いていたより、治安がいいな」
「ローラスの中心部分はマシな方です。言いかえればこの辺りしか治安を守れていないのが現状です」
セラスの顔は気まずそうだ。王家の責任を感じているのだろう。
「まぁ・・なんだ。先に行こうか」
そう言って先に進む。
城から離れるにしたがって治安がドンドン悪くなるのがわかる。警護の兵士も周囲に細心の注意を払っている。
街人の服装はみすぼらしくなり建物も貧相なものに変わる。あちらこちらにゴロツキがたむろしていて時折、鋭い眼光で見てくる。家のない者は路上で物乞いしている。その中には小さな子供もいる。
「酷いありまさまだな」
「ここ最近の食料事情はどこも悪化の一途を辿っています。今日の御飯にありつけるかわからない者が大半です」
辺りを見回していると一人の少年がこっちに走って来た。
ドン
警護の兵士にぶつかる。
「おい、気をつけろ」
「兵隊さん、ごめんよ」
そう言って走り去る。
護衛はポケットに手を当てハッとなる。
「スリだ!待て小僧」
財布を盗まれて怒った護衛が走り出した。
少年は最初の交差点を曲がり路地裏に入った。続けて護衛が後を追う。
「様子を見てくる」
タケルは後を駆け足で追い掛ける。
「お待ち下さい」
セラスとメル、残された護衛がタケルの後を追う。
路地裏をしばらく走ると護衛が少年を取り押さえているのが見えた。
「この野郎」
少年が必死で逃れようともがいている。
「大人しくしろ!」
護衛が何度も強く殴りつけている。
「おい、そこまでする必要はないだろう」
「いえ、子供といえど盗みは犯罪です」
後からやってきたセラス達がタケルに追い付いた。
「財布を返して貰ったんだからもういいだろ?」
「わかりました。フン」
護衛は少年を一瞥して胸ぐらを掴んでいた手を押し離した。
タケルは尻餅をついている少年の下に歩み寄り、かがみ込む。
「いいか?もう二度とこんな事するんじゃないぞ?」
少年はタケルを睨み据える。
「何を偉そうに!盗みをしなきゃ、生きていけないんだよ!」
少年は立ち上がって走り出した。
「あのガキ~」
護衛が追い掛けようとした。
「よせ!」
タケルが手で制して止める。
「さぁ戻るぞ」
来た道を戻ろうとすると数人の怪しい連中が道を塞いでいる。