訓練
タケルは出掛ける準備を始めていた。部屋の隅にはここに来た時に身につけていた武具が置かれている。
「さすがに具足で行くわけにもいかないな」
タケルは日本刀と脇差しを取る。この世界に来てから地味目の布で作られた服を着ている。ゆったりとして動き易くはあるが気を引き締める感じがなくてしっくりとこない。
ズボンを止めている紐に日本刀を差し込む。鏡で自分の姿を見ると違和感を覚えない事もないが我が儘は言っていられない。しばらく待っているとセラス、メルが揃ってやってきた。メルは朝食を運びに一度部屋に来ていたのだが、朝食を済ませた後に服を着替えるのを手伝いたいと言ってきたので、一人で出来るからと言って丁重に部屋から追い出していた。
「おはようございます」
セラスが頭を下げて挨拶をしてきた。
「セラス、俺は敬語を使うのをやめる」
タケルの中で一つの心境の変化があった。
「タケル様は世界を救う天の子であらせられます。誰より尊い存在です」
セラスは突然の変化に戸惑ったもののようやくタケルが自分の立場を理解したのだと思い、喜んだ。しかしタケルから返ってきた言葉は予想外だった。
「そうではない。セラスは王女として犠牲になろうとしている。だけど俺はそれを認めない。だから、俺はセラスを王女としてはなく、一人の女性として接する」
そう接したからといって何が変わる訳でもないのはわかっているが、少しでも抵抗すると決めた。
「一人の女性・・」
セラスは思わずタケルの言葉を口にした。望んだ答えではなかったがタケルの優しさにほろ苦さを感じた。
三人はそれぞれの思いを胸にして城外へと歩き出した。
城の外に出ると眩しい陽射しが差し込んでくる。
タケルは少し目を細めて空を見上げる。
「太陽はどこでも変わらないものだな」
目の前には石畳の道が真っ直ぐ城門まで続いている。周りは庭園になっており、庭師が汗を流しながら手入れをしている。それを眺めながら城門に向かっていると右の方から掛け声のようなものが聞こえる。
タケルは何があるのかとメルとセラスに目で尋ねる。
「ああ、あれは兵士が訓練をしているんです。向こうに見える石垣の中が訓練場になっています」
セラスが丁重に説明してくれた。それを聞いてタケルの中の武士の血が騒ぐ。
「ほう、それは是非見てみたい」
「ご見学なさいますか?」
「ああ、この世界の武術には興味がある。行ってみよう」
セラスとメルに案内してもらう事にする。
「どうして石垣で囲っているのだ?」
ふと疑問に思った。剣の稽古をするにしては仰々しい。
「それは魔法の訓練も行われるからでしょう」
メルの説明を受けて目をまるくして驚く。
「なに?すまんがもう一度言ってくれ」
「魔法の訓練でございます」
「魔法?それは一体どのようなものだ」
「簡単なものでしたら私にも使えます」
メルはそう言って人差し指を立てるとその先に小さな火が灯る。
タケルは信じられないといった様子でその様子をまじまじと見ている。
「種も仕掛けもないのか?」
好奇心いっぱいの眼で指に灯る火をそっと触ろうとした。
「危のうございます!」
慌てて火を消して両手を後ろに隠す。
「本当に熱いのか試して見たかったのだが・・」
タケルは残念そうに顎に手を当てた。
「実際に中の訓練をご覧になればよろしいかと・・お待ち下さい」
セラスはそう言って訓練場の入口にいた守衛に話しを通す。
「タケル様、どうぞ中へ」
そう言われてセラスの後に続く。入口を通ろうとすると守衛は深く頭を下げる。
中はただっ広い広場になっており、大勢の兵士が木刀を使って打ち合いをしている。タケルがキョロキョロと視線を走らせるが魔法を使っている者はいない。
「魔法は危険ですから訓練時でも限られた時しか使われません」
タケルの様子をみてセラスが説明する。
何人かの兵士がセラスの顔を見ると剣を止めて膝をついて頭を下げる。
タケルはひざまづく兵士に話しかけた。
「一つ手合わせをして貰いたい」
兵士は訝しげに隣の兵士と顔を見合わせる。
「タケル様!」
セラスとメルが同時に声を上げる。
「この世界の者の強さがいかほどか試してみたい」
タケルは兵士に聞こえないような小声でいう。
「まだ病み上がりの身体ですよ!」
心配そうにセラスが声をかけてくる。
「大丈夫だ。木刀なら打ち所が悪くない限り命まで取られはせん」
そう言うと兵士に向かって歩き出した。
「それでどうだ?受けてくれるか?」
兵士達が戸惑っているとタケルは鼻で笑った。
「なんだ?怖いのか?ならいい。勝手にそこらで剣術ごっこでもしてろ」
タケルは明かな挑発している。
「なんだと!」
あまりの言い草に怒気をあらわにして立ち上がった。
兵士は今にも掴みかかりそうな剣幕だ。メルは両手で顔を隠し、セラスは慌てて止めようとした。だが、タケルは心配するなと目で制す。
「やるのか?」
笑いを含んだ目で更に挑発する。
「ここまで侮辱されては黙っていられん。受けてやろう」
タケルは近くにある木刀を手に取り、重さを確かめるように軽く振ってみる。
「たとえ姫様の知り合いであったとしても容赦はせん」
兵士は鼻息を荒くして意気込んでいる。
異様な空気に気付いてタケルの周りにはいつの間にか人だかりが出来ていた。こうなった経緯も広まり、タケルに向けられる視線は冷たい。完全に敵地での戦いだ。
その中で試合が開始された。
「はじめ!」
兵士が始まりの合図とともに仕掛けてきた。
対戦相手の腕は決して悪くはなかった。基本に忠実な攻撃を仕掛けてくる。だが、それを軽くかわすように剣を振るう。突き崩そうとあらゆる方向から打ち込むがタケルの身体に一切触れる事が出来ない。
周りからは兵士を応援する声が聞こえるがいくら攻撃しても当たらないのを見て苛立ちの声も聞こえる。
兵士は息を切らしている。このままでは埒があかないと思い、体力のある内に勝負に出た。
「うりゃあ」
間合いを一瞬の内に詰めて力を込めて上段から真っ直ぐに剣を振り下ろす。
タケルはそれすらヒラリとかわして相手の喉元に剣を突き付けた。
兵士は首に木刀を突き付けられて青くなる。
勝負は完全に決まり、周りからはため息が漏れる。
「こ、降参だ」
タケルは相手に剣を突き付けたまま疑問に思った事を尋ねる。
「どうして魔法を使わない?」
「俺には魔法が使えん」
どうやら全ての者が魔法を使えるわけではなさそうだ。タケルはひょいと剣を引く。
「なんだ・・」
タケルは少しガッカリした。
「魔法使いと勝負がしたい」
タケルは周囲に向かってそういうとどよめき始める。
セラスが青い顔をして駆け寄り、止めようとする。
「タケル様、魔法使いとの手合わせは危険です。剣での試合ならば木刀を使う事で手加減出来ますが魔法の場合はそうはいきません」
タケルは呆れたように言い返す。
「ここまで来たなら勝負するのが男だ」
またセラスの説得はまたしても聞き入れて貰えない。
「ここは腰抜けしかおらんのか?」
タケルは嘲笑うかのように挑発を繰り返す。
そうすると一人の男が前に進み出た。
「私が相手になろう」
「隊長!」
周囲がざわつく。
「ほほう、面白い。相手にとって不足なし」
タケルは初めて対戦する魔法使いにワクワクしながら木刀を正眼に構える。
「いくぞ」
手をかざすと手から炎が吹き出した。
「うおっ」
迫りくる炎を木刀で受けきれるわけがない。タケルに残された選択肢は避けるだけである。
咄嗟に横に飛びのいた。
自分がいた場所を見ると土が黒く焦げて煙りがくすぶっている。
「まともに喰らえば大火傷だな。だが・・」
タケルは一気に間合いを詰める。
「させるか!」
隊長は懐に入れないように手から尖った氷がいくつも飛び出す。
「次は氷か!」
次々と向かってくる氷を身体をねじってかわす。
ヒュン
顔の横を氷の刃が通り過ぎて、頬を浅く切り裂く。こう多くてはかわし切れない。どうしても避けれないものだけ木刀で叩き落しながら距離を詰める。そして自分の間合いに入ると木刀を隊長に向かって叩き込む。
「ちぃぃっ」
隊長は咄嗟に木刀で受け止める。
激しい攻防戦に周囲はしんと静まり返った。
「魔法と言っても万能という訳ではないみたいだな」
タケルは相手に張り付いたまま、距離を離さない。剣対剣の戦いになるとタケルに有利に傾いた。隊長もかなりの剣の腕前だが、タケルの前では子供同然にあしらわれている。
「甘い」
隊長の木刀を一瞬の内に叩き落とす。そしてタケルの木刀が睨みをきかせるように突き付けられる。隊長は後ずさり、尻餅をつく。
周囲の兵士は目の前の情景が信じられないといった様子だ。
「ふぅ」
タケルは額の汗を腕で拭って軽く息をつく。
タケルがセラスとメルのもとに歩き出そうするとようやく兵士達が動揺から立ち直り殺気立って呼び止める。
「待て、このまま帰したのでは騎士団の名折れ。少し痛い思いをしてもらう」
ザッ
数十人の男がぐるりとタケルを囲った。
「いいだろう」
タケルは面白そうに剣を構えて口元をつりあげる。
兵士達はびくっと背筋を凍らしたがそれでもこれだけの数がいると強気な態度を崩さない。
一触即発の張り詰めた空気が流れる。だがそれは長くは続かなかった。
「お止めなさい!」
セラスの凛とした声が響く。
兵士は一瞬たじろいだが、それでも引こうとはしない。
「お言葉ですが、ここまで侮辱されては面目がたちません」
「この方は私の婚約者の天の子です。それでも剣を向けるというのですか?」
「は?」
一瞬、兵士達は何を言われたかわからなかったらしい。あんぐりとタケルの顔を見つめる。
「俺は一向に構わないぞ」
平然とした顔でそういう。
それがセラスを怒りを買う。
「タケル様!お戯れが過ぎますよ!」
「お・・お許し下さい」
兵士達一同がその場に平伏した。
「いや、俺の方も悪かった。手加減抜きの試合がしたかった為に愚弄した。あれは本意ではない。すまなかった」
兵士達は冷や汗を流しながらひたすら頭を下げている。
やれやれ天の子とは面倒なものだな。内心そう呟く。
「タケル様、お顔に傷が・・」
メルが血を拭ったがその後に傷痕がない。
メルは驚いた顔をするがタケルはまたか、といった感じで頬を触る。
「そろそろ街の視察に出るか」
そういって歩き出した。