5 レウルの家と魂
家に着くと、すでに辺りは夜になっていた。
レウルの家は大きい二階建ての洋風屋敷だった。
元はアパートに住んで居たが、ある日この屋敷が支部近くの空き地に転移し、調査をする。
本物の幽霊屋敷であった問題をレウルが解決したが、すっかり噂が広まり誰も住もうとせず、レウルが格安で買い叩いて手に入れた。
憧れのマイホームに最初こそテンション爆上がりのレウルだが……すぐ問題にぶちあたる。
それは広すぎた。
元貴族が使っていた立派な屋敷で、一階にはリビングやキッチンに談話室、二階には大きな部屋がいくつもある。
一人で管理など到底無理で、掃除しようと思っても家を見た途端やる気が失せるほどだった。
ゴミ屋敷にこそならなかったが、綺麗になる事もなかった。
しかし、そんな時にケイと一緒に住む事で事態は一変する。
「……ケイさん、凄いですわね。あんな芸当もできるなんて」
リビングで座っているエニが、レウルと一緒にコーヒーを飲みながら呟いた。
その視線の先にはケイが居る。
ケイは一人で買い物の荷物取り出し、片付け、食事の準備などを始めていた。
「あいつのアレが便利でな。ただ最初見た時は、お化けかと思ったが」
ケイの周りには無数の手があった。
それ自身もケイの手であり、器用に片付け、調理、食器の準備を意志があるかのように動いている。
一人で五人分くらいの仕事を同時にこなしていた。
さらに買った荷物などはケイ専用の亜空間に仕舞えば、わざわざ持ち運びする必要もなく、ケイが居ればいつでもどこでも取り出せた。
「あとは少し煮込めばできますので、お待ちください」
エプロン姿のケイが戻ってきてレウルの近くに座る。
無数にあった手は、いつの間にか消えていた。
「プロ級と言われるケイさんの手料理が食べられるなんて、楽しみですわ」
「お口にあえば嬉しいのですが」
「いや、実際すげぇ美味いぞ。たまに職員へクッキーとか差し入れすると争奪戦だからな」
「それは職員の方も大変ですね」
「今じゃ、自称ケイのファンクラブが勝手に盗む奴がいないか、監視してるくらいだよ」
「そんな料理を毎日家で食べられる貴方は、恨まれるてるでしょうね」
「ああ、お陰で主に女性職員からの視線が痛い」
言葉とは裏腹に、レウルはどこか嬉しそうだった。
「家事に仕事、一家に一人いれば何でもできそうですわね」
「ありがとうございます。ですが、私はかなり特別ですから」
「そう言ってましたね。正式名称とかあるんですか?」
「はい、私は『Kー40740523・コレクトニア社製・亜空間搭載特殊型』になります。ケイはKからレウル様が名付けて下さいました」
「本名もおありなのですか?」
「一応は。ただ、それは私であって私ではないので、基本的には名乗らないようにしています」
含みを持たせた言葉に、エニは何かを察するとそれ以上は聞かなった。
「特殊型と言うのは、その亜空間や手の事を?」
「そうですね。私は天才と言われた二人に作られたんです。ある死んだ方の代わりとして」
ケイが自分のコーヒーを一口飲み、話を続けた。
レウルは黙って話を聞いている。
「その天才二人は恋人同士でした。そして片方が死に、その後恋人がその死体を素体として、私を造りあげたんです」
「え? ケイさんはその……死体が動いている?」
「いえ、専用の亜空間に私の本体、稼働させる設備などが全てが収容されてあるんです。この身体は本体を培養して作った仮初のクローン体になります」
「では、あの無数の手は?」
「私の複数ある身体のスペアです。現実空間で仮に私の身体が消滅しても、亜空間にあるスペアと瞬時に入れ替わります。本体が破壊されない限り」
「あれ? でもケイさんは女性になれますよね?」
「あれは本体を元にしていますから、本体とかけ離れた姿には成れませんし、変身というよりは、女性ボティとの入れ替えになります」
エニが何度も相づちを打ちながら聞いている。
「なんというか、説明されても良く分からない技術ですね。申し訳ありませんが」
「いえいえ、実際私も良く分かっていません。ただそういう仕様だと理解しているだけでして。お化けの手もね」
ケイがレウルを見てニッコリと笑う。
「聞こえてたのかよ……。でもまぁ、お陰で俺は楽に綺麗な家に、美味しい手料理が食べられて満足だ」
「ケイさんは、元々家事などをするために造られたのですか?」
「元は人間の手伝い全般に護衛もです」
と、ケイが人差し指を出すと、その先端に青い光が現れた。
「これは亜空間から採取しているエネルギーの弾丸です。手から様々な銃弾から剣、爆発物まで作成可能です」
「だから実際こいつの戦闘力は極めて高い。あの手を見て分かるだろ?」
「もしかしてあれ全てが?」
「そうです。もっと出せますし、全てから攻撃する事が可能ですから」
「綺麗な家や美味い飯に活用! 平和利用してこそだ」
満足げにレウルが言うと、ケイはどこか嬉しそうに微笑んだ。
そして再びキッチンヘと向かい、出来立ての料理を多くの手と共に持ってくる。
ビーフシチューにパン、サラダ。手作りデザートにワイン。
短時間で作られたと思えない程、シチューの肉はトロトロに煮込まれ、レウルたちは食事を堪能する。
そして食べ終えたあと、ワインを飲みながら今後の事を話していた。
「結局、これからどうされるんですか?」
エニがワインを少し口に含みながら聞く。
すでにエニが一泊する事は決まっており、空いている客室を使う事になっていた。
「話した感じ、起きない事に関しては迷いがあるようだったからな。それに気持ちが分からないでもない」
「と、言いますと?」
「エニは原住民だっけか?」
「そうですね。遠い祖先は転移者ですが、私はこの世界の生まれです」
「これは転移者の気持ちの問題なんだが……」
レウルが手に持っていたワイングラスを見つめる。
「見捨てられたらどうしようって思うんだよ。ここは捨てられた奴や捨てた奴がくる最後の場所だ。そこでさえ自分の居場所が無いのならってな」
「それは……」
無い話ではなかった。
世界には転移者に対して、否定的な意見を持つ者も少数ではあるが居る。
「だが、俺はやっぱりここへ来て良かったとは思ってるよ」
「私もです。戸惑いはしましたが、ここで大切な人に出会いました」
「だから、あいつにもそうあって欲しい。ま、次の手を考えて指示は出してある。今はあいつがもっとこっちの世界の人間と関りを持ってくれればいいさ」
そして、レウルは残っているワインを一気に飲み干した。
「……さて、夜も更けて来たし、エニも疲れただろう。そろそろ寝ようか」
レウルの言葉でその日は解散となり、それぞれ自室へと戻って行く。
そして、夜も更けた深夜……。
「寝顔は可愛いですわね」
こっそりとレウルの部屋に侵入したエニが、ベッドで寝ているレウルを見下ろしていた。
レウルを起こさないように床に座ると、レウルの片手を握る。
「本当なら気付いて欲しかったのですが……13年も前ですし、成長して姿も変わってしまいましたからね。貴方は全く変わりませんが」
レウルはリトと特別な契約をした時から不老となっていた。
不死ではないが、それでも死ににくい事に変わりはない。
エニは握った手の親指を動かして、レウルの手を擦る。
「折角ですし、夢の中でなら少しくらい良いでしょう。今、会いに行きますね」
優しい口調でエニが言い、ベッドに身体を寄せてレウルの精神世界へと侵入した。
******
エニはレウルの精神の中を背中の翼を広げて飛び、レウルの気配がする場所へ向かっていた。
思っていたよりも暗くて深く、そして何かまとわりつくような感覚がエニを襲う。
「……何だか、変な感じがしますね」
今まで何度も精神世界を行き来したエニですら、初めて体験する場所だった。
それでもレウルの気配が感じる場所へ飛んでいく。
「!」
遠くの方で何かが蠢いているのが見え、エニが止まって凝視する。
「あれは、何?」
やがてその全貌が見えて来た。
それは家一軒くらいは簡単に飲み込めるほどの巨大な蛇だった。
銀色の身体に、青い目の複眼がエニを見つけると大きな口を開ける。
「嘘……でしょ。やばいやばいやばい!」
咄嗟に逃げようとするが、エニの身体はいつの間にか周囲から生えて来た黒い手に掴まれ、身動きが取れなくなっていた。
魔力を放って拘束を解こうとするがびくともせず、やがて眼前に大蛇の口が迫る。
「最悪だわ……」
呟いて目を閉じ、エニは大蛇に飲み込まれた……。
銀色の大蛇に飲み込まれたエニが気が付くと、地面に仰向けで倒れていた。
目の前には青く澄んだ綺麗な空と白い雲、小鳥の囀りが聞こえ、何か球の様な物がふわふわと飛んでいる。
「……とりあえず、生きてるみたいね」
自分に言い聞かせるようにエニは呟くと、上半身を起こす。
「……」
そして目を見開いて絶句した。
空は美しく澄んでいるが、地表は荒れ果て数えきれないほどの骸骨や亡者たちが闊歩している。
天国と地獄……。
そう呼ぶにふさわしい場所だった。
エニはなんとか立ち上がり、気を取り直して歩こうとした時、両足首を何かに掴まれる。
「っ!」
視線を動かすと、地面から生えた二本の手が、エニの足首を掴んでいた。
そしてゆっくりと何かが地面から現れ、エニが息を飲む。
「サプラーイズ」
目の前に現れたのは笑顔のリトだった。
「なっ……え?」
リトとは対照的にエニが戸惑っていると、
「その辺にしてやれよ。困ってるだろ」
すぐ横で声が聞こえる。そこにはレウルが居た。
状況が分からず、エニはレウルとリトを何度も見る。
「エニが居るって事は、俺の精神に入ったな? ここへ連れて来たのはリトか」
「ごめんね。ちょっと驚かせたくて」
レルウとリトが並んで立ち、楽しそうなリトとは対照的にレウルは困った表情をしていた。
「ま、来ちまったもんは仕方ない。その辺にでも座って話そうぜ」
「用意するね」
リトが言うと、何もない地面から白い椅子が三つ現れる。
エニが二人に促されるがまま椅子に座ると、レウルが口を開いた。
「で、感想は?」
聞かれてエニが周囲を改めて観察する。
上を見れば、澄んだ空に白い雲、小鳥に……武器を持った人や色のついた球が飛んでいる。
そして地表を見れば、荒れ果てた大地に亡者、亡霊……死者たちが蠢いていた。
ただ、それらは争うような事はない。
「混沌、かしら」
「そうなるわな。これが俺の、俺たちの魂だ」
「……」
「俺が召喚士なのは知ってるな? 俺は生者以外には精霊や英霊、死んだ戦士などの力を借りる」
「そして、私は恨みを持つ者たちの受け皿。怨念、亡者とかね」
「なぜ……なぜ、こんな精神で普通にいられるのですか?」
常人ならとっくに狂って死んでいる。
それがエニの答えだった。
「だから俺たちは魂を分け合った。簡単に言うと、お互いを認識し、狂わないようにしているんだ。俺はリトを知っている」
「私はレウルを知っている」
『見失う事は無い。お互いの魂を。お互いの心を。お互いの全ての存在を』
二人の声が一つになる……。
その光景は異常ではあるが、エニにはとても羨ましくも思えた。
存在の在り方に。
それはとても気持ち良さそうだと……肉体関係など凌駕する繋がりに。
「さて、俺たちの事はこの辺でいいだろ。エニはどうしてここに?」
「……ゆっくりと話をしたかったのです」
「外じゃ駄目だったのか?」
「込み入った話ですので。レウル、貴方は私の事を覚えていますか? ちなみに、リトさんは私を覚えていましたよ」
「マジかよ」
レウルが首を捻りながら唸る。
「悪い、降参だ」
「こればっかりは仕方がないですね。13年前の話ですし、当時の私は15歳の子供でしたから。姿もすっかり変わりました」
「それ、分かれって言う方が無理ないか?」
「これだからレウルは駄目だね。私はすぐにあの時の子だって分かったよ」
リトがヤレヤレといった感じで首を横に振った。
「むしろ分かる方がおかしいって。しかし13年前か……」
「13年前のグラークの襲撃。覚えていませんか? 小型ばかりでしたが、数だけは多かったあの襲撃を。その時、誰かを一人で助けに行きませんでしたか?」
「……あ! もしかして、あん時の夢魔か!?」
驚くレウルにエニは満足した笑みを浮かべる。
そして懐かしむように、当時の事を話し始めた。




