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3 ケイとエニ

 会議を終えた翌日の昼。

 支部長室では、妙にそわそわしているレウルが服や髪を小まめに整えながらエニを待っていた。

 その様子をケイは見つめながら、レウルの服についているゴミなどを丁寧に取っていく。


「今までレウル様は、エニ様にお会いした事がないんですか?」

「んー、なんだかんだで直にはな。遠目とかではあったが」

「テレビなどで拝見した時は、確かにお綺麗な方でしたね」

「それだけじゃない。18の頃に友人たちと起業して、10年ほどで巨大企業にした敏腕だ。今じゃ、世界中に手を伸ばしているからな」

「凄い方ですね。私も会うのが楽しみになってきました」


 感心しながらケイが言った時、デスクの電話が鳴りレウルが取る。

 エニの到着を知らせる連絡だった。

 電話を切った数分後、部屋のドアがノックされ、ケイが招き入れる。


 20代前半に見える女性が入って来た。

 紫色の長髪はハーフアップされており、紫色のガジュアルドレスの上から黒のカーディガンを羽織っている。

 ただ夢魔は若い頃で容姿がある程度止まり、実年齢は外見だけでは分からない。


「総合風俗企業モニアクロノ代表取締役社長のエニと申します。我が社への協力要請、誠にありがとうございます。誠心誠意、ご協力させていただきますわ」


 エニが、部屋に入るなりレウルとケイに丁寧にお辞儀をした。

 指輪やネックレスを付けているが、派手な物ではなく上品な輝きを放っている。

 胸の部分が開いてるドレスから見える大きな胸に、レウルの視線が釘付けになるが、すぐになんとか目を話すと咳払いをした。


 「良く来てくれました。俺が……私が支部長のレウルです。お噂はかねがね」


 普段とは違い丁寧な言葉遣いでレウルが挨拶し、それにケイも続く。

 エニの頭と背中には、折りたたまれた蝙蝠の様な翼があり、少しだけ動いた。


「ご丁寧に、ありがとうございます」


 モニアクロノは、様々な種族性別の従業員を雇っているが、他の風俗企業とは違う大きな部分がある。

 身体が不自由な人など、普通に行為が出来ない人たちの夢の中に入り、そこで仕事をする。

 夢という精神世界なら普通に行為ができた。

 そして実体験を伴った性教育も請け負っていた。

 行為や命の大切さを説き、実際にあった不幸な話もする。

 福祉などで社会貢献が大きく、世界で認められている企業だった。


「レウルさん、普段の言葉遣いで大丈夫ですよ。慣れない言い方は大変でしょう? それに普段の方がこちらも気楽になれますので」


 微笑みながら言うエニに、レウルは苦笑する。


「あー……やっぱり似合わないかな? じゃあ、すまないがそうさせてもらうよ」


 各国支部長は有名であり、テレビなどに露出する事もあるので、下手に取り繕ってもすぐにばれる。

 そしてエニはケイをじっと見つめると口を開いた。


「貴方がケイさんですね? 噂通りとてもお綺麗な方。確か女性姿にもなれるとか?」

「はい、私は性別の変更も可能です。本体は一応男性ですが、製作者がどちらでも生きていけるようにし下さいました」

「よろしければ拝見しても?」


 エニの要望にケイがレウルを見た。

 そしてレウルが頷くと、一瞬ケイ身体が光に包まれ、その姿が女性に変わる。

 身長は変わらないが、女性らしい顔立ちに胸が膨らみ、髪は腰辺りまである長髪になった。


「これでよろしいでしょうか」


 女性声になっているケイが、エニに笑顔を見せる。


「美して素晴らしい……これが、ケイさんの世界の技術なんですね?」


 転移者であるケイは首を横に振って答える。


「私の世界は確かに高度な科学技術を誇っていました。人をサポートするアンドロイドが普通に居たくらいには。ですが私はワンオフ機体で、他には存在しません」

「特別という事なんですね」

「そうです。私には私専用の亜空間が存在しています。そこから無尽蔵のエネルギーを得ており、本体があります。そしてそこへお連れしたのは……」


 と、ケイが背後からレイルに近づくと抱き締め、優しく微笑んだ。


「この世界では、私が愛したレウル様だけです」

「……なるほど。あの噂はあくまで、女性でのケイさんでしたか」

「噂ってなんだ?」


 レウルが顔をしかめて聞いた。


「レウルさんとケイさんが恋人同士であり、肉体関係もあると。てっきり私は男同士だと思っていたので」


 ダストワールドにおいて、同性恋愛や同性婚は当たり前であり、偏見は無い。

 また複数と付き合う事や、重婚も問題なかった。

 ただし「幸せにする」という、絶対条件がある。


「レウル様はそちらの趣味はなかったので。それに私はあくまでケイとして、レウル様を愛しています。性別に拘りはないのですよ」

「普段も女性姿でいいのでは?」

「それは俺が好きにしろと言ってる。ケイにも言ったが、ケイはケイでいい。他の誰かである必要はないからな」

「私はその言葉に救われました……。一生お仕えするのに十分なほど」


 その言葉にケイはさらにレウルを抱き締める力を強めた。

 そんな姿をエニはどこか嬉しそうに見つめ、


「貴方はずっと誰かを助けていますね……」


 二人には聞こえない声で呟く。

 そしてエニは頭を下げると口を開いた。


「ありがとうございます。それを聞けただけでも、来た甲斐がありましたわ。余計なお話をして申し訳ありませんでした。お仕事の話を致しましょう」


 仕切り直すようにエニが言うと、ケイは男性に戻る。

 そして全員が席に着くと、エニに資料を渡して説明を始めた。

 予め簡単な概要を聞いていたのか、話はスムーズに進んだ。


「それでして欲しい事なんだが、俺を確実にルキナの精神世界に連れて行ってほしい。直に会って話をしたくてね。できれば起きてもらう」

「直接調べないと確実な事は言えませんが、恐らく夢魔に近い特性の能力だと思われます。衰弱しないのも相手から微弱に生命力を採っているのでしょう」

「じゃあ、早速で悪いが病室へ移動する。付いて来てくれ」


 と、レウルたちが立ち上がった時、レウルの胸からリトの首が出てきてエニを見つめた。


「うぉっ! 急に出て来るな。エニがどうかしたか?」


 胸から女性の首が生えている奇妙な状況だが、レウルとケイは慣れており、エニだけが戸惑っている。


「……」


 無言でエニを見つめるリトは首を捻ると、やがて何かに気付いて納得したように頷いた。

 そして、レウルの身体から出て来ると、エニに何か耳打ちをする。


「……!」


 驚いた表情にエニがなり、それを見たリトは満足そうに笑うとレウルの身体に戻っていった。


「な、何だったんだ? 何かリトに言われたみたいだが?」

「え? そうですわね……乙女の秘密という事で」


 ニッコリとエニは微笑み、それ以上は何も言わなかった。

 しつこくの詮索もできす、レウルたちはルキナのいる病室へと向かう。


******


 病室の外も中も24時間体制で監視が続けられていた。

 夢の中で意思疎通はできるが、何かあった場合のために監視がしかれている。

 病室についたエニは眠り姫に手をかざし、魔力を放って調べた。


「やはり夢魔に似ていますが、能力自体は違いますね。夢魔は相手の精神に侵入しますが、彼女は相手を自分の精神に呼び寄せる」

「確かに似てるが違うな」

「それに、夢魔は相手の夢を加工します。場所を草原や遊園地に作り替えたりと。相手の記憶を探ったり、それを再現する事は流石にできませんわ」


 眠り姫から手を離すと、エニがレウルを真剣な眼差しで見る。


「あと、注意事項があります。恐らく、彼女は呼んだ相手の記憶を読み取る事が出来るのだと思います。それもかなり強力な力で」

「知られたくない事を知られると?」

「はい。その覚悟は必要かと」

「まぁ、いいさ。どうせ会いに行かないと始まらないしな。エニさんこそ良いのか?」

「……エニで結構です」


 不意にエニがレウルに言う。


「ん? 呼び捨てでいいのか? じゃあ俺の事もレウルでいい。それでお相子だ」

「え? 私もですか?」

「ああ、そっちが嫌じゃなければ」

「いえ、まさかこの国の支部長に、そんな事を言われると思っていなかったものですから」

「そんなこと言うなら、そっちも大企業のトップだ。ま、お互い気楽にいこうぜ。しかし、エニは未婚なんだな。姓が無い」


 夢魔の一部には生まれつき姓がない種族がいる。

 性に対して開放的ではあるが、真剣な恋愛に関しては一途な面があり、姓や相手の身体の一部、髪の毛などを貰う事に至上の喜びを感じる種族。

 それがエニの種族だった。


「プロボーズは受けるのですが、どうもそういう気にはならなくて」

「政治家、金持ち、有名人。いろんな奴から告白されてるって聞くが?」

「私が欲しいのは財力や権力などではありませんので。あくまで愛した方からの愛だけです」

「本当に一途だな。あんたに愛される奴はきっと幸せだろう。毎日、エニみたいな美人に愛を囁かれたら、天国極楽って奴だ」

「……そうですね。そう思っていただけるなら、私も幸せでしょう」


 エニはなぜかレウルを見つめて言う。


「おっと、悪い。プライベートな話だったな。最近はこういうのセクハラだの何だのうるさくてねぇ。もうちょっと寛大になってほしいわ」

「私の事ならお気遣いなく」

「サンキューな。さて、仕事をしないとケイとジンから小言を言われちまう。そっちからの要望はベッドだけで良かったのか?」


 病室にはエニに要望で、一つのベッドが追加で置かれていた。


「はい、問題ありません。私がレウルさんを魔法で眠らせ、一緒に彼女の精神世界に侵入します。しなくても、向こうから呼ばれるかもしませんが」

「分かった。細かい事は任せる。しかし、何でベッドが一つなんだ?」

「それはもちろん、一緒に寝るからですわ。近い方が楽で良いので」


 エニが笑顔で言いながらベッドに座ると、レウルを手招きして誘う。

 レウルの鼻が地面に着くぐらい伸びていた。


「ところで、もし何かあった場合はどうすれば良いのでしょう?」


 ケイが緊急時の対処をエニに尋ねる。


「古典的ですが、叩くなどして強制的に起こして下さい。それで意識が戻るはずです」

「分かりました。エニ様は優しく、レウル様はぶん殴りますね」

「いや、俺も優しく頼むよ……」


 ケイの戦闘力は極めて高く、下手すればレウルの頭は吹き飛ぶ。

 一連のやり取りを見ていたケイは、レウルに何も答えず笑顔だけで答えた。

 一抹の不安を覚えつつも、レウルはエニと一緒のベッドで横になる。

 すると、エニはレウルを抱き締め、レウルの顔が胸に埋まる形になった。


「魔法で眠らせます。心を落ち着かせて下さいね」

「分かった」


 そしてエニが魔法をレウルに掛けた時、


「13年ぶりです。ようやく貴方を抱き締める事ができました」

「……え?」


 エニの呟きの答えを聞く間もなく、レウルの意識はまどろみに沈んでいった。


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