2 がっかりレウル
レウル、ケイ、エニが扉から一歩中へ入る。
が……、
『え?』
三人の声が重なる。
地面が無かった。
「お、おおおお落ちるぅ!」
突然の落とし穴にレウルが叫ぶ。
しかしエニは翼を広げて飛び、ケイは魔力を逆噴射させてゆっくりと落下していった。
レウルだけが重力に逆らわず落ち続け、やがて巨大なクッションに埋もれる。
「死ぬかと思った……」
埋もれたクッションから這い出たレウルが呟き、少ししてからケイとエニも地上へ降り立つ。
「おいロスパー! 危ないじゃないか!!」
『問題ありません。その為のクッションです。本来なら吊り橋効果を狙ったのですが……女性お二人には意味がなかったご様子。この案はボツとします』
残念そうにロスパーが告げる。
「レウル様、そもそも風の精霊の力で飛べましたよね?」
「……え? ほ、ほらあれだよ。仕掛けに誰か引っかからないと可哀そうだろ? 決して忘れてたわけじゃないからな」
一つの咳払いをしながら、レウルがケイの問いに答えた。
「さぁ、気を取り直して先に進むぞ」
一人先にレウルが前へ歩き出し、その後をケイとエニが苦笑して着いて行く。
通路は綺麗に整地され、ロスパーの持つ力で変化させられている事が伺えた。
そして少し歩いた時、突然地面や壁から無数の触手が生えてくる。
「よっしゃ! これぞ王道!!」
レウルが歓喜しながら叫んだ。
触手はウネウネと動きながらレウルを拘束すると、恥ずかしいポーズをさせる。
「……」
「あらあら、なんて良い恰好かしら?」
「これを、あられもない姿と言うのでしょう」
触手はレウルにだけ反応し、ケイとエニには見向きもしない。
「ちげぇだろ、俺にしてどうすんだよ! もっと、最適な奴が居るだろうが! やり直しを要求するぞ、ロスパー!!」
恥ずかしい恰好のまま、レウルが抗議した。
突如黒い光の粒子と共にリトが現れ、
「レウル……そんな趣味があったの?」
それだけ言って消える。
『最近はコンプライアンスが厳しいのです。女性だけを標的にすれば、性差別だと。ですので、男性にも行っております』
「エロトラップダンジョンが、コンプラとか言ってんじゃねぇよ!!」
レウルの声が空しく響き、ケイが片手に青いエネルギー状の剣を出すと、触手を切り裂いていった。
「間違ってる……こんなの絶対間違ってる。男の夢が、希望が……」
涙目になりながら、触手から解放されたレウルが呟く。
その時、ケイの肩に何かの粘液が一滴落ち、
「! ケイ、あぶねぇ!!」
咄嗟にレウルがケイを押し出す。
そして、ケイが居た場所に透明で大量のスライムが落ち、ケイの変わりにレウルがその全てを被る。
スライムが徐々にレウルの服だけを溶かしていった。
「……」
「ぐちょぐちょだね。そういうのが好きなの?」
再びリトが現れると、一言だけ残して消えた。
『先に言っておきますが、私は茶色い髪の女性を狙いました』
「そうですね。ロスパーはきちんと仕事をしましたわね」
エニとロスパーが、何か言いたげなレウルに釘を刺した。
「ガッデム!! 何で助けた俺! 自重しろ俺!!」
服が半分以上溶け、セクシーな格好のままのレウルが己に向かって叫んだ。
「ありがとうございました、レウル様。さぁ、着替えましょう」
ケイが自分の亜空間へ手を突っ込むと、ゴソゴソと動かす。
再び出て来た手にはレウルの代えの服があった。
服を溶かす系の対策に、予め三人の着替えをケイの亜空間に収納していた。
半ばやる気の無くなったレウルが、ケイに促されるまま着替えて行く。
そして、少し歩き始めた時、エニの足元でカチっと何かを踏んだ音がした。
音がした周辺からピンク色のガスが噴出し、レウルたちを包む。
「でかしたロスパー! これぞ男女平等! 公正公平だ!」
罠にかかったにも関わらず、なぜかレウルは歓喜する。
周辺にガスが立ち込めて少し経つと、換気されガスは消えていった。
「これでどうだ! きっとケイもエニも……」
と、レウルが二人を確認するが、
「私は夢魔ですから、この程度なら特には」
エニは特に変わらず、ケイの姿は無かった。
レウルがケイを探していると、何も無い空間に青く四角い壁が現れ、そこからケイが出て来る。
「身体を入れ替えるまでも無く、亜空間に避難していました」
「……」
エニとケイがさも当然のように言い、レウルはその場に膝から崩れ落ちた。
その時、リトがレウルの傍に現れ、ポンっとその肩を優しく叩き、何も言わずに消える。
「そりゃさぁ、二人共俺の恋人だし、そういう事してるよ? でもほら、違うシチュエーションって大事じゃん? 違う一面って見たいじゃん?」
ブツブツとレウルが呟きながらうなだれていた。
その時、胸を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「うっ……なんだこれ。身体が熱くて疼く」
『触手、スライム、ガスの全てに媚薬が含まれあります。全部をまともに受けた影響でしょう。ご休憩されますか? お泊りになられますか?』
ロスパーの声が通路に響く。
「い、一旦休憩で。お代は?」
『もちろん、無料です。サービスもお付けしますね」
ロスパーが言い終えると、壁に一つの扉が現れ、ケイとエニがレウルを両脇を抱えながら中へと入った。
そこは見事なまでの、ホテル一室だった。
窓こそ無いが大きいベッドにテーブルに椅子、シャワー室も完備されている。
ベッドにレウルたちが腰を掛けると、ロスパーの声が部屋に響いた。
『テーブルの上の飲み物などは、お好きにお飲み下さい。サービスです』
「気が利いてるな……貰うか」
テーブルの上に置かれているペットボトルの水をレウルが飲む。
「あー、ちょっと落ち着いたかな」
「……待って! それ貸して下さい!」
エニがレウルの手からペットボトルを強引に奪うと、少しだけ口に含んだ。
「やっぱり……。これ、媚薬が入ってますわよ?」
「え? 嘘だろ? これ以上されたら俺、獣になっちゃう……」
と、レウルがそこまで言い、ベッドへと倒れた。
「レ、レウル様! 大丈夫ですか!?」
ケイが慌てて駆け寄るが、それを手でレウルが制した。
「大丈夫……だ。だから、ケイもエニも近寄るな。ちょっとだけ横になる」
息を荒くして汗をかき、大丈夫には見えないがレウルは二人を拒む。
『なぜ、拒むのですか? 発散しないと、苦しいだけですよ?』
ロスパーが不思議そうにレウルに聞いた。
「うるせぇよ……俺の勝手だ。お前の世界には、なぜこんな施設があるんだ?」
『……著しい、人口の減少です』
「戦争でもあったか?」
『いえ、最初は徐々にでした。誰もが気にしないくらい。しかしそれが何十年と続くと別になってきます』
「普通はそうなる前に手を打つだろ?」
『機械が人を補っていたからです。だからこそ、大して気にしていなかった。しかしやがて機械を整備する者、それを教える者すらいなくなっていった』
レウルが話ながら上半身を起こす。
ケイとエニが両脇で支え、今度はレウルは拒む事をしなかった。
「末期ってやつか」
『そうですね。そして人の価値は労働力の数だけとなりました。増やす事だけが大切になったんですよ』
「しかし、何だか愛が無くて寂しいですね」
エニがポツリと呟く。
『愛はいつまで待てば実りますか? 不確かで時に叶わず消えていく……そんなモノを待つ時間など無かったのです。必要ともされなかった』
「行為に愛情は必要が無いと言う事ですか?」
ケイが口を挟む。その声色はどこか不機嫌だった。
『……その問いに、今の私が答える事はできません。ですが、私の世界では人も感情も消耗品だった。それだけの話です』
ロスパーの言葉に、レウルたちは無言だった。
『……部屋からはお好きな時に出て下さい。帰りたい時は言って頂ければ、転送しますので。私と会った時、どうされるかはお任せします』
「急に殊勝な態度になったな」
『私は機械。メンテナンスをする者がいなければ、いずれ死ぬだけですので』
「……」
その後、ロスパーが語り掛けてくる事は無かった。
レウルが大きく溜め息を吐くと立ち上がる。
「仕方ねぇな……」
そしておもむろに壁へ頭を強く打ち付け、ケイとエニが驚いた顔をした。
額から一筋の血が流れる。
「うし、すっきりしたな。先を急ぐぞ」
少し様子が違うレウルが部屋を出て行き、ケイとエニは慌てて後を追う。
それからは特に罠が発動する事も無く、迷路も無くなり、ただ道なりに歩いて行った。
やがて一つのプレートがある扉に目が止まる。
『スタッフルーム。関係者以外立ち入り禁止』
目的の場所だった。
レウルが他の二組に連絡を取る。
どうやら大量の媚薬で抑えが聞かなくなり、外で医療班から治療を受けている真っ最中だった。
「さて、じゃあ俺たちでロスパーの顔を拝みますか」
と、未だ息が荒いレウルが扉に手を掛けた時、
『残念ですが、皆様をお通しする事は出来ません』
ロスパーの声が響く。
「何でだよ?」
『ここは子孫繁栄。子供を作っていただく行為をする場所。あなた方は、まだ何もいたしておりません。よって……」
急にレウルたちの足元に魔法陣が描かれ光を帯びる。
『やり直しとなります。ご了承下さい』
「クソがっ!」
レウルが悪態をついた瞬間、レウルたちの姿は光に包まれて消えた。




