後日談・ルキナ
私が目覚めて一ヶ月ほど経った。
お店は順調で、まだ個人店舗を持つのは先になりそうだけど、自分のやりたい事を好きなだけできる事は、本当に楽しく、生きている実感が湧く。
このダストワールドは私が思っていたよりも、過酷だった。
私のような転移者や転移物の対応に、何よりグラークという存在。
この世界の敵で、小規模で何度か襲撃にあった。
あんな存在、私の世界にいただろうか?
たまに正体不明の敵対勢力を撃破したとニュースで流れる事はあったけど、本当に少なく、この世界ほど襲われる事は無かった。
それだけとっても、ダストワールドが特殊な世界に感じる。
戦闘能力の無い私は守られるばかりだけど、みんながみんなを守っていた。
シェルターでは大人が子供を、子供はより小さな子供を守る。
自分ができる事を精一杯する世界。
どうして、私の世界はこうならなかったのかな……。
そんな世界にも慣れて来た私は今、ある個室の病室にいた。
「……」
目の前には一人の年老いた人間族の女性がいる。
病院服を着ており、ベッドの上で静かに眠っていた。
カエデさんという人間族の方だ。
そして、その周りには彼女の家族と友人たちが居た。
「今日は妻のために来ていただいて、ありがとうございます」
年老いた和服を着た男性と、周囲にいた人たちが私に頭を下げる。
彼らは温泉旅館を営んでいる家族と従業員だった。
「いえ、私にどこまでできるか分かりませんが」
ある日、いつもと違う依頼が私の元に届いた。
病気で眠り続け、もう目覚める事ができない妻の最後に、昔の楽しかった記憶を見せてあげたいと。
正直悩んだ……。
誰かの死に関わる事が怖かった。
私が伝える事は死刑宣告をしているように思えたから。
でも……。
「一度私の精神にお呼びして、その後、お話を伺って元に還します」
「……大変酷なお願いをしている事は重々承知しております。ですが、妻には最後くらい笑ってほしいのです」
「いえ、心中お察し致します。最大限、務めさせていただきます」
きっとこれは私にしかできない事……。
できる事からはもう、逃げたくはなかった。
ましてや、私を必要としくれる方が居るのなら特に。
「……」
近くに用意されていたベッドへ私は横たわると、カエデさんを招き入れた。
カエデさんの精神はすぐに私に招かれ、会社のロビーのような場所へ来る。
戸惑っている彼女に私はできるだけ優しく声を掛けた。
「初めましてカエデさん。私はドリームリコレクターのルキナと申します」
私が頭を深く下げて挨拶をすると、カエデさんも同じように深く頭を下げる。
その上品な振る舞いには、温泉旅館を仕切っていた女将の貫禄があった。
服も病院服ではなく、仕事着なのか和服の着物になっている。
それが彼女にとって、大切な思い出なのだとすぐに分かった。
「貴女、少し前に来た転移者さんだったかしら?」
「はい、一ヶ月ほど前にこちら」
「そう、ここでの生活は慣れた?」
「少しずつですが。みんな良い人ばかりで、本当に良くしてくれています」
「それは良かった……ぜひ、一度私たちの旅館にも来て下さいね。最大限のおもてなしをさせて頂きます」
「はい……」
そう答えるのが精一杯だった。
だって、私が行ったとしても、その時彼女はもう……。
そんな私の思いを察してか、カエデさんが微笑みながら声を掛けてきた。
「どうして私はここに居るのかしら?」
「ご家族からの依頼です。説明します……」
私はこれまでの事を話した。
もう目覚める事が絶望的である事。
家族や従業員から、最後に思い出を見せてあげたいと依頼を受けた事。
気が重くて心が痛い……。
でも、私よりもカエデさんの方がもっと辛いはず。
私は目を伏せ、少し経ってから彼女を見た。
彼女は……カエデさんは微笑んでいた。
「そう……あの人たちも心配性ね。思い出さなくても、十分私は幸せだったというのに」
「強制はしません。もし嫌でしたらこのまま何もせず、心をお返しします」
「いえ、折角だし甘える事にするわ」
カエデさんは、思い出したい事や見たい過去の出来事を私に話していく。
本来私は勝手に記憶を探るのではなく、プライバシーを考え、話を聞いてから記憶を探るのが本来の手順だった。
「分かりました。では……」
私はカエデさんの記憶を読み取り、再現する場所を用意して一つの扉を出した。
「その扉は貴女の自身の精神に繋がっています。今言われた思い出を振り返る事ができるでしょう」
「便利ね。元気な時に貴女に会いたかったわ」
「私も、貴女が居る旅館に行きたかったです」
「それで、私は何かすればいいのかしら?」
「いえ、後は想うだけで何度でも再現されます。ただ……」
私は言葉に詰まる。
でもそれは絶対に伝えないといけない事だった。
「徐々に眠くなると思います。そして眠ってしまえば……」
「死ぬのね?」
「はい……」
「……ありがとう。こんな辛い事をさせて、ごめんなさいね」
「いえ、私は……私は自分のできることをしたいと思っただけです」
私の言葉にカエデさんは微笑んだ。
なんて強い人だろう。本当なら泣いても良いはずなのに。
やがてカエデさんは小さく頷くと扉の前へ行き、立ち止まった。
「ダストワールド」
「え?」
私に背を向けたまま、不意にカエデさんが呟く。
「夜空を見上げて星は見え、宇宙はあっても、この世界の存在は世界から出る事ができない。衛星とかは普通に打ち上げられるのに、不思議よね」
「……そうですね。私も驚きました」
「私のような原住民は、この世界の事を学校で習うの。ここは他の管理者からすればゴミ捨て場。価値のない者が住む、終着点」
「……」
「でもね、私の周りには宝物しかなかったわ。ここには決してゴミなんて存在しない。どうか、貴女もここで貴女だけの宝物を見つけて下さいね」
そう言うと、カエデさんは最後に私の方に振り返り、優しい笑みを浮かべてお辞儀をする。
そして、迷う事無く扉の中へと入って行った。
「……」
消えた扉を私は無言で見つめる。
もう、私にできる事はない……。
宝物……その言葉が私の中で何度も反響していた。
現実に戻った私は、何があったのか全員に説明する。
私の言葉を聞いて、誰もが泣いていた。
ここからは、大切な人たちの時間。
私は必要無い……。
「それでは、私は失礼致します」
本当は、もっと何か気の利いた言葉をいろいろ言いたかった。
でも言葉が見つからず、そんな事しか言えなかった。
そして部屋を出ようとした時、不意に引き留められる。
「あの、妻の顔を見てくれませんか?」
言われて、私はカエデさんの顔を見る。
最初に会った時はどこか無表情に見えたが、今は少し笑っているように見えた。
「ありがとう……本当にありがとうございます。このお礼は必ず」
「いえ……お礼を言いたいのは私の方です。少しでもお役に立てたのなら、本当に良かった」
私は最後に深くお辞儀をすると病室を後にする。
無駄じゃなかった……。
そう思えると、自分が少し前に進めた気がした。
******
「お疲れ様でした」
病院を出た所で声を掛けられる。
そこにはエニさんが居た。
「少し、お話をしませんか。お疲れでしょう」
「はい」
私はエニさんが運転する車に乗ると、近くの喫茶店へ入った。
「今回の仕事の件を聞きました」
「あの……勝手に受けて、すみません」
今回の仕事を受ける時、エニさんには報告をしなかった。
私自身の迷いもあり、なぜか言う事ができないままでいた。
彼女は私の身元引受人。
もし私が失敗などすれば、それはエニさんにも迷惑がかかる。
「それは良いんですよ。ルキナさんも考えての事。独り立ちするには、自分で考えて動く事が必要ですから」
エニさんは責める事もせず、私に笑顔で言う。
本当に彼女にはお世話になってばかり。
ただ一つだけ不満……というか、困った事がある。
レウルさんとののろけ話を聞かされる事。
正式に付き合う事になり、すでに家の鍵も貰っているらしい。
実際、彼の家の二階にはエニさんの部屋があるとか。
レウルさんはリトさん、ケイさん、エニさんと付き合っている? 状態で、そんな事が許されるのかと持っていた。
遥か昔のダストワールドでは人口が極端に少なく、その時に重婚なども認められるようになったと聞く。
しかし今は違う。
もっとも重要視されるのは、数ではなく「幸せなのか」それだけだった。
リトさんとケイさんにはあまり会わないけど、確かにエニさんを含めて、レウルさんといる時は幸せそう。
「それでこれからの事ですが、どうしますか?」
そんな事を考えていると、エニさんが私に聞いてくる。
「えっと、どうとは?」
「きっと、今回の件は広まるでしょう。そうなると、同じような依頼が来る事になります。断ってもいいのですよ?」
「それは……」
「死に関わるのは簡単ではありません。時に理不尽な事を言われるかもしれない」
「……」
「どうするかは、貴女自身で決めて下さい」
「このまま続けます」
自分でも驚くほど、あっさりと言葉が出た。
きっとカエデさんの最後の表情を見た時、心はすでに決まっていたんだと思う。
「……そうですか。分かりました。宣伝なども考えないといけませんね」
「はい。またご迷惑をおかけすると思いますが、よろくしお願いします」
「何を言っているの? 将来的には業務提携するのですから、お互い様ですわ」
エニさんは、そう明るく笑っている。
暫くしてから、真面目な顔つきで私を見た。
「本当に辛くなった時は言って下さい。いつでも私や周りを頼って下さいね」
「はい、ありがとうございます」
「さて……じゃあ、これからどこか買い物にで行きません? 気晴らしに」
「そうですね。新しい服とか見たいです」
「丁度良いですわ。私もあの人が好きそうな服を買おうと思っていたのです」
あの人……言うまでも無くレウルさんの事だ。
あ、まずい。この流れは非常に……。
「彼ったら、何だがいざって時は奥手でしてね。普段スケベなのに。でもまたそこが良いって言うか、ギャップって萌えると思いません?」
「そ、そうですね」
これは暫くのろけ話を聞く事になりそう。
でもエニさんの表情は、とても嬉しそうだ。
きっとそれこそ宝物なんだろう……。
私にはまだ恋愛は良く分からないけど、羨ましく思う。
うん、私もカエデさんに言われたように宝物をいっぱい作ろう。
ダストワールド。
名前とは逆に誰かの宝物で一杯な、私が住むこの新しい世界で……。
~ 後日談・ルキナ 完 ~




