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8 おはよう、眠り姫

 レウルとエニがルキナと会って数日が経ったある日の昼。

 ルキナは個室の病室から大きな会場へと移されていた。

 会場では寝ているルキナに加えレウル、ケイ、エニ、ジン以外に大勢の人と夢魔、複数のベッドが置かれている。


「これから、みんなで眠り姫を叩き起こしに行くぞ」


 ルキナの近くにあるベッドの前で、レウルが来ている人たちに言った。

 その場には大人から子供までおり、全員が一度はルキナに会っている。


「何をするか、もう一度説明する。やる事は至って簡単、みんなでルキナの所へ行って……礼を言うだけだ」


 レウルの言葉にその場に居る人たちが頷いた。


「行き方だが、まず俺とエニがルキナが居る場所まで行く。そして夢魔の力を借りてエニの場所を特定。それを道しるべに全員を俺の召喚で一気に喚ぶ」


 周囲が少し騒めく。


「夢魔が一人一人連れて行くには時間が掛かるからな。さて、俺の召喚契約だが、心や魂で行うから、お互いが心から納得していないとできない」


 レウルが集まっている人たちを見つめる。


「不安もあるだろうし、無理強いはしない。契約できなくても仕方のない事だ。もし今不安を感じて辞めるなら、後ろに下がってくれ」


 誰も下がる者はいなかった。


「……感謝する。痛みなどはないから、気を落ち着かせてくれ。始めるぞ」


 と、レウルが手を前にかざした時、隣にリトが黒い光と共に現れ、同じように手をかざした。


「なんだ、手伝ってくれるのか?」

「レウルだけじゃ不安だから。私は召喚士じゃないからサポートだけど」

「これでも失敗はした事はねぇんだがな」


 レウルは小さく笑うと、改めて来ている人たちと向きあう。

 そして全身から魔力が吹き荒れると、詠唱を始めた。


『共にゆく者よ「レウル・※◇*#」と「リト・%+&$」の魂において契約を結ぶ」


 レウルとリトの声が重なるが、それよりもその名前に問題があった。

 本人も含め、誰も二人の名前の一部が聞こえない。

 雑音が入ったように、一部がどうしても認識できなかった。


 魂をリトと分け合った際、通常状態ではあらゆる世界から正しく認識されなくなった結果だった。

 その弊害でレウルは不老になり、普通の人間とは言えなくなる。

 書いても録音でも認識不可能。ただし、記憶には残す事ができる。

 今では二人の本名を知る者は、ダストワールドでも限られていた。


「ケイさんやジンさんは、本名を知っているんですか?」


 エニが二人に聞き、ジンが答えた。


「いや、俺たちも知らない。ただあの『融合状態』の時なら普通に言えるらしいがな。今度その時なったら名乗れと言ってみるか」


 ケイとジンはすでに召喚契約をしており、エニも少し前に済ませていた。

 契約時も今の様に名前は雑音に邪魔されて聞こえていない。


「その時は大変な状況なんですけどね。できればお二人にはアレにはなって欲しくないかと。負担が大きいですから」

「アレですか……人によってはおぞましい何か。でも私としましては、とても素敵なのですが」


 ケイとエニがその時の事を思い出していた。


 やがてレウルの手から光の帯が、リトの手からは黒い光の帯が放たれる。

 それは絡み合い一つになると、集まっている人たちの身体へと入って行った。


「……終わりだ」


 驚いた者はいても、拒否をした者はいない。

 それがレウルへの信頼の証でもあった。


『ありがとう』


 重なった声で礼を言うレウルとリトが、頭を下げる。

 そしてリトがレウルの身体へと戻った。


「よし、始めるぞ。最初は寝る事からだな。夢魔のみんなは睡眠魔法を頼む。ケイとジンは何かあったら俺らを叩き起こせ」

「ああ、お前だけは刀でぶっ叩いて起こすさ」

「ケイもそうだが、何でいつも俺だけ乱暴なんだよ。優しくそっと頼むぜ。俺、壊れちゃう」

「キモイ。それに多少壊れた方が真人間になるんじゃないか? ま、その時は任せておけ。あんたは必ずルキナを連れて来いよ」

「おう、任せろ」

「気を付けて行ってらっしゃいませ」


 レウルはケイとジンに親指を立てるとベッドへ入り、エニも続いて入った。

 周囲の人たちも夢魔たちとベッドへ入る。


「じゃあ、エニ。ルキナの所まで頼む」

「はい、お任せ下さい」


 そしてエニはレウルを思い切り抱きしめると眠らせ、一緒にルキナの精神世界へと侵入した。


******


 特に妨害なども無く、レウルとルキナの居場所へと着く。

 ただその風景は前とは変わっていた。

 会社のロビーの様な風景でなく、黒い殺風景な空間にいくつもの映像が浮かんでいる。


「これは、あんたの世界の景色か?」


 レウルが映像を見ながらルキナに聞いた。

 そしてルキナが振り返って答える。


「そうです。どうしようもないくらい、行き詰った世界。誰もが今を維持する事に執着して、前に進むことを辞めた世界……そう、今の私自身」


 泣きそうな顔がそこにはあった。


「私を起こしに来たのですか? でも私はやはり起きる事はできません」

「どうしですか? 貴女もこのままではいけないと分かっているはず」


 エニが心配そうに問う。


「……怖いからです。もしここにも私の居場所がなかったら? もう、私に行くべき所は無い。夢の中で、ただ死ぬのを待つ方が良い」

「あんたの気持ちは分かる。俺も転移者だからな。だが……」


 と、レウルの周囲に魔力の渦が吹き荒れる。


「あんたの世話になった奴らは、そう思ってないみたいだぜ。さぁ、来い」


 そして、一瞬でレウルの周りに会場に居た人たちが現れた。

 その光景にルキナが驚いた表情になる。


「みんな、あんたに話があるってさ。まぁ、聞いてやってくれ」


 一人一人がルキナに対して笑顔で言葉を投げかけた。


『この前は、無くした物が見つかって助かったよ。あれ、親父の形見だったんだ。ありがとう』

『うっかり忘れたパスワードを思い出させてくれて、ありがとう。お陰で上司から大目玉食らわなくてすんだわ」

『いやぁ、彼女の指の大きさを見せてくれて、マジ助かった。無事に婚約指輪を買えて、プロポーズも上手くいったよ。本当にありがとな』


 それは、ルキナへの感謝の言葉だった。

 やがて小さな女の子がルキナの近くへ行く。


『あのね。死んだおばあちゃんに会えてうれしかったよ。また寂しくなったら会いたいな。でも、お姉ちゃんとも一緒に遊びたい。お外でいっぱいお話しよ?』


 そして小さな女の子が、笑顔でルキナの手を取った。


「あ……あぁあ……」


 ルキナの瞳から大粒の涙が零れて行く。


「これがお前のやって来た事の結果だ。だから……」


 レウルがルキナに近づくと手を差し出した。


「そろそろ起きようぜ。みんながあんたを待っている」

「……はい」


 小さくだがハッキリとルキナが答える。

 レウルの手を取り、そして一歩前に進んだ。

 周囲からは喜びの声が上がる。


「じゃ、俺たちは先に帰るわ。起きたら盛大に歓迎パーティーでもしようぜ」


 と、レウルたちが帰り支度を始めた時、ルキナが声を上げた。


「あ、あの待ってください。管理者の方からこれを預かっているんです」

「? ニフスから?」

「はい。何でも帰る事になったらこれを開けて中を見るようにと」


 ルキナが開かなった手紙に手を掛ける。

 すると自然と封が開き、一枚の紙がルキナの手に収まった。

 そしてそれを読んでいき、その表情が驚きに変わる。


「……え!? う、嘘でしょ」

「何て書いてあるんだ?」


 ルキスが顔を真っ赤にしながらレウルに手紙を渡した。


「あー、なになに」


『眠り姫は王子様のキスで起きます。以上。byニフス』


「……は? はぁあぁあ! 何やってくれてんだアイツは!? ルキナ、本当に起きれないのか?」


 レウルに言われて慌ててルキナは起きようとするが……。


「駄目です。何か強力な力で弾かれます……」


 その状況にレウルとエニが頭を抱える。


「レウル、これは一旦帰ってどうにかしましょう」

「そうだな。あいつはホント余計な事しやがって……。ルキナ悪いが少し待っていてくれ。その……現実で相手を決めてくる」

「す、すみません。私とでは嫌だとは思うのですが、よろしくお願いします」


 申し訳なさそうにルキナが何度も頭を下げ、そしてレウルたちは慌てて現実世界へと戻って行った。


******


 そしてレウルが目を開けると……。


「やぁやぁ、楽しんでるかい? やっぱり眠り姫と言ったら、王子様のキスだよね!」


 すぐ目の前にニフスの笑顔があった。


「あー! この元凶が! 何てことしてくれてんだよ!!」


 飛び起きたレウルが抗議する。


「あれ? 役得じゃない? だってあんな美人と誰かがキスできるんだよ?」

「それは確かにそうだが……じゃねぇよ! 今すぐどうにかしてくれ」

「やだ」

「ガキか!」

「ガキだよー。さぁさぁ誰がするか、話し合って決めてねっ」


 ウィンクするとニフスがレウルから離れる。

 レウルが状況をみんなに話すと、辺りは騒然となった。

 そう、主に男性陣が「俺が俺が」と言い出したからだ。


「女性では駄目なんですか?」


 ケイが聞く。


「駄目だろうな。王子様って書いてあったから男性限定だろう」


 レウルが言いながらニフスを見ると、頷いていた。


「女性でも良いなら、私が超絶テクニックを披露しても良かったんですが……」

「そんなテクをこんな場所で見せるな」


 エニが残念そうに言い、レウルがたしなめた。


「もう、業務という事でレウル支部長がやれば良いんじゃないか?」

「え?」


 ジンの言葉にレウルが固まる。


「それが一番角が立たないだろう。向こうもずっと待ってるだろうし、ここは覚悟を決めろ」

「それなら副支部長のお前でも良いんじゃないか?」

「総責任者はあんただ。四の五の言わずさっさとやれ。逃げるなよ」


 周囲から一気にレウルに視線が集まり、引けない状況になったレウルは寝ているルキナへと近づく。


「キース、キース、キース」

「……」


 その近くでニフスが煽ってきた。


「なぁ、後で一発ぶん殴ってもいいか?」

「いいよ。私に当てる事ができたらねっ」


 余裕の表情でニフスが言い、レウルは諦めると、ゆっくりとほんの少しだけ唇に触れるキスをした。

 レウルはすぐに離れて反応を待つ。


「ん……」


 やがてルキナが小さな声を上げると、その上半身を起こした。

 ルキナが瞳を開けて周囲を見つめる。

 そこには彼女を待っていた大勢の人がいた。

 そしてレウルは改めてルキナに手を差し出して口を開く。


「ようこそ、ダストワールドへ。ルキナ」

「あ……はい。これからよろしくお願いします」


 涙目のルキナが笑顔でレウルの手を取る。

 周囲からは盛大な拍手と歓声が飛んだ。

 こうして、眠り姫は王子様のキスで無事に目覚め、新たな日々が幕を開けた。


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