7 ルキナの世界
レウル、エニと別れたルキナは、自身に起きた過去を、映像を見ながら思い出していた。
忘れたくても忘れられない……自らの世界の事を。
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『ドリームリコレクターのルキナ』
それが目覚めた私に与えられた存在意義。私の全てだった。
高度に発展した世界は、同時に多くの存在に過大なストレスを与える。
仕事に失敗して落ち込む人、人間関係や自身の問題に悩む人。
前向きに生きる事が出来なくなった人に、楽しかった頃や初心を思い出してもらい、再び生きる気力を与える。
時には、うっかり忘れた事を思い出す手伝いをしながら。
それが世界政府によって造られた人造人間である、私たちの仕事だった。
世界に数ある国はあっても、政府は一つだった。
各国のトップが君臨する世界政府が全ての意志を決定する。
逆らえば……最悪処刑される。
戦争になる前に、不穏分子を排除する方が平和になる。
それが理由だった。
「ありがとう。お陰で明日からまた頑張れるよ」
夢から覚めた利用客が、笑顔で私に手を振りながらビルから出て行く。
「ありがとう。大事な事を思い出せたよ」
別の客がやはり笑顔で私に礼を言って帰って行く。
幸せだった……。
私以外にも多くのドリームリコレクターは居たが、みんな同じこと言う。
『笑顔でありがとうって言われると、嬉しいよね』
本当にそうだった。
自分が必要とされ、大切にされる。
でも、私たちは気付くべきだった。
私たちを必要とする世界は……とっくにどん詰まりなんだって。
「起きない?」
ある日、一人のドリームリコレクターと、その利用客の男性が夢から戻ってこない事案が起きた。
何があったのか調べるため、私は数人の同僚と精神を繋げて確認しに行く。
そこは、とても静かだった……。
対応をしていた同僚と男性は地面に座って寄り添い合い、男性の記憶を映像で見ている。
「どうかしたの?」
私が声をかけても、二人は動かず映像を見続けていた。
そして同僚の肩に触れようとした時、
「帰りたくないんだって……」
同僚の静かで悲し気な声が聞こえる。
「帰りたくない?」
「現実に疲れたって。何も良い事が無いから、このまま死にたいって」
「……」
私たちは何も言えなかった。
今まで帰る事を渋る人は居たけど、ハッキリと帰らないと言った人はいなかった。
死にたいと言った人も……。
「現実はね、貧富の差が埋まらない世界なの。成功は上司の物に、失敗の責任は部下に」
「でも、いつかは認められるんじゃない?」
同僚が首を横に振る。
「そんな事はないんだって。それが嫌で仕事を拒否すれば、家族が人質に取られる。だからこのまま夢の中で死にたいって」
男性は何も言わないが、同僚が話す度に、肯定するように小さく頷いていた。
「ずっと、この人の悩みや苦しみを聞いていた。私ね、彼が好きなの。だから願いを叶えてあげたい。最後まで一緒にいてあげたいの」
「……」
「そう職員の人に伝えてほしい。お願い……」
同僚の声から意志が固い事が分かり、私たちは小さく「分かった」と言って現実へと戻った。
そして話した事を職員に伝えると、慌ててどこかに電話を掛ける。
すぐに来たのは黒服を来た数名の政府の人間だった。
彼らは職員と私たちに話を聞くと、同僚の近く寄る。
「いいかね、良く見てなさい」
政府の人が私たちに言うと、おもむろに銃を取り出して同僚の心臓を撃った。
「……え?」
赤い飛沫が飛び周囲を染める……。
私たちは何が起きたのか分からなかった。
「彼女は壊れていた。君たちの仕事は、来た人間を再び働かせる事。それができないのなら、不良品として処分されるんだ。忘れないように」
「……」
それだけ言うと、政府の人たちは帰って行く、
暫くして目覚めた男性は、変わり果てた同僚を見て泣き叫んだ。
『私が殺してしまったんだ……私のせいだ」
何度もそう言いながら……。
それから数日後、あるニュースが目に入る。
それは、あの男性が自殺した事を告げるニュースだった。
この話は箝口令が引かれたが、どこからか情報が洩れた。
政府の人間が同僚を撃った監視カメラの映像と共に。
世間は大いに賑わった。悪い意味で。
ほとんどの人は私たちを擁護してくれたが、政府は違った。
『あれは悪意あるドリームリコレクターが男性を洗脳し、無理に引き留めたため、仕方なく行った処置になる』
それが政府の公式見解だった。
だが、それでも政府への批判は収まらず業を煮やした政府は、私たちの利用に制限をかけた。
さらに、批判的な意見は反逆罪として捕まり、死刑になる事も伝えられる。
誰でも気軽に利用でき、生きる希望を思い出させるドリームリコレクターは、いつしか政府の人間しか利用できない無価値な存在へと成り下がった。
私の……私たちの存在意義は、その多くが失われた。
しかし、政府の人間も結局は同じ人間。
ある政府関係者が帰りたくないと言い出した。
もちろん、私たちは無理やり帰す。
すでに帰らない人間も処刑される可能性があった。
人に寄り添うべき私たちは何もできず、そんな日が何日も過ぎ去った時、世界に変化が起きた。
自殺者の急激な増加……。
その時、私たちは多くの人の役に立っていたのだと知った。
しかし、政府はいまさらそれを認める事ができず、ある決定を下す。
『全ドリームリコレクターの廃棄処分を決定』
笑うしかない。
本当に……。
自殺者の増加は、私たちが夢の中で扇動したからだと発表された。
すぐに私たちは大きな会場に集められ、公開処刑をされる事になる。
私たちを造った研究員は、最後まで私たちを庇ってくれたが、それも洗脳によるものだとされ、危険分子として処刑された。
『これまでの多くの災難は、全てこのドリームリコレクターせいであった。皆はこの処刑を見て、世界政府にこそ正義があると改めて知るだろう』
そんな妄言が会場中に響く。
多くの聴衆が居るが、その背後には重武装の特殊部隊が配備されていた。
異議を唱える者を、反逆罪で処刑するために……。
『しかし、世界政府は慈悲深い。死ぬに前に、何か言いたい事があれば、発言は許可しよう』
意味のないパフォーマンスだった。
誰もが絶望したように何も言わず、頭を撃ち抜かれて殺されていく。
そして私の番が来た……。
『何か言いたい事はあるか?』
腐るほどあった。
あり過ぎて言葉で喉が詰まるほどに。
そして最初に出た言葉は……笑い声だった。
「ふ、ふふふ。あははは……」
『?』
「ようやくこの世界が分かった。この世界は……ゴミよ。政府も今見ているだけの人も、誰も何も変えようとしない。嘆くだけ」
死ぬ間際になって、初めて私は自分がどんな世界に生きているのか理解できた。
「誰も幸せになれない。なろうともしない」
私たちを見ている全ての人が騒ぎ始めた。
きっと何も言わないと思ったんだろう。
「この世界のどこに幸せがあるの? 貧しい者はいつまでも貧しく、富める者は失うのが怖くて、ただしがみ付いて怯えて過ごす」
そう、この世界はみんなが止まっている。
「誰かのせいにして、自分の弱さを認めない……。いつか誰かが何かをやってくれると思うだけの人たち」
前に進もうとしないで、今を維持する事しか考えていない世界。
「みんな最後まで怯えて惨めに死ねばいい! こんな世界……こんな世界こっちから願い下げよっ!!」
初めて、大声を出した気がする。
こんなにスカっとして気持ち良いなんて知らなかった。
後は……死ぬだけ。
私は目を瞑ってその時を待った。
「……」
どれくらい経ったのかな?
全然その時が来ない。それどころか妙に静か。
まるで世界には私しかいないみたい……。
「……?」
その時、何かが私の頬を突く。
なんだろう……新手の嫌がらせだろうか?
それとも馬鹿にしてる?
「……っ」
それはしつこく、私は腹が立って目を開ける。
「え……?」
目の前に広がったのは、さっきまで居た会場ではなく、いつも仕事をしているビルの一室だった。
「おぉ、ようやく目を開けたね。ずっとそのままかと思っちゃった」
「……」
私の目の前に見知らぬ女性が居た。
金髪のポニーテールに金色の瞳。水色のワンピースを着ていた。
なんだかとても軽そうな人が、笑顔で私を見ている。
「初めまして、私は管理者のニフス」
「管理者? ニフス?」
頭が混乱しながらも、なんとか立ち上がる。
奇妙な事に部屋には天井が無く、見上げれば星が、宇宙が広がっていた。
「そうそう、どんな人かなぁって会いに来たの」
「……」
「ようこそ、ダストワールドへ。世界は貴女を歓迎するよ」
はち切れんばかりの笑顔で、ニフスと名乗る女性が言った。
「ダスト……ワルード? ゴミ?」
「んー、そうだね。本当にそうかは、貴女自身で判断すればいいよ。きっと気に入ると思うけどね」
「そう……私はゴミなのね」
「違うよ」
「え?」
呟いた言葉を即否定された。
「本当のゴミは、貴方が居た世界。ま、細かい事は世界に着いたら、いろんな人に聞くといいかな」
「……」
「頑張ってね。そして、幸せに……」
最後にそう言った彼女の表情は、若い見た目とは裏腹に、とても大人びていた。
そして私は光に包まれ……気付くと自分の精神に他の人を招いていた。
悪い事だと思いつつも、記憶を読み取り、話をして本当に別世界だと知る。
ダストワールド……ゴミ箱と呼ばれる世界。
みんながそう言うけど、話しをした人はみんな幸せそうだった。
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この世界に来た時を思い出し、私は心の中で笑った。
思い返せば、今の私は自分が捨てた世界の人と同じだ。
自分の精神世界に引き篭もり、外へ出ようと……今を変えようとしない。
「……お願い、誰か助けて」
本音が自然と零れる。
どうしてレウルさんとエニさんが来た時、そう言わなかったのかな。
現実に戻るチャンスだったのに……。
「大丈夫、また来るよ」
「え?」
不意に声が聞こえ、顔を上げると管理者と名乗ったニフスさんが居た。
ニフスさんは私を笑顔で見下ろしている。
「この世界は、貴女を見捨てない。自分で起きる事も進む事もできなくても、一つだけして欲しい事があるの」
「それは……何ですか?」
「手を取って」
「手を?」
「そう、もし貴女に手を伸ばす者が居たら、その手を取ってほしい。きっとそれが現実へ……貴女を未来へ進めてくれるからね」
「……」
「あ、でも、ちょーっとだけ、面白くさせてもらうね?」
そこでニスフさんは笑顔で私に一通の手紙を渡した。
「?」
「これ、もし起きる時になったら開けて中を読んで。大事な事が書いてるから」
「は、はい。分かりました」
「じゃあ次は現実で会おうね、ルキナ。待ってるよ」
そう言うとニフスさんは光の粒子になって消えた。
私は渡された手紙を見て、興味が沸いたので先に読もうと開けようとするが、
「あれ? 開かない? その時がこないとダメって事でしょうか」
開かない手紙を見つめる。
なぜかさっきまでとは違い、心が落ち着いて安心していた。
『大丈夫、また来るよ』
ニフスさんの言葉が頭の中で反芻する。
情けない事に、自分で変わる事も前へ進む事もできない。
でも、きっとあの人たちはまた来てくれる……なぜか私はそう確信が持てた。




