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魔法禁止? 上等です。前世知識と物理法則で「イケメンアイドルグループ」をプロデュースしたら、堅物貴族をざまぁして国王陛下も大絶賛の件について~なお、舞台裏では溺愛が止まらないようです~

作者: 文月ナオ
掲載日:2026/01/24

 

 王都最大の円形闘技場コロシアムが、肌を叩くような音圧で悲鳴を上げていた。


 石造りの観客席が微振動し、数千人の呼気が混じり合って、むせ返るような湿度を生んでいる。


 汗と、香油と、興奮が入り混じった、獣の匂い。


「跳べェ!! 王都(ここ)はお前らの檻じゃねえ!!」


 センターに立つ男が、喉の血管を焼き切らんばかりに吠えた。


 猛獣のたてがみのごとく黒髪を振り乱し、ルーカスが大地を踏み抜く。


 その衝撃を合図に、ステージの四方から紅蓮の火柱が噴き上がった。


 ごうっ。


 鼓膜を内側から殴りつける爆発音。


 最前列の観客の髪が、遅れて届いた熱波でチリチリと煽られ、鼻腔の奥が魔力の焦げた匂いでヒリつく。


 肌を焦がす熱狂。


 あるいは恐怖に近い興奮。


 だが、悲鳴が歓声に変わるよりも早く、涼やかな鈴の音が脳髄を貫いた。


「……熱くなりすぎだよ。少し、冷やさないと壊れてしまう」


 月光を透かすような青髪のアトラスが、虚空に指先を滑らせる。


 見えない鍵盤を叩くように。


 その軌跡に沿って空気が瞬時に凍てつき、無数の氷晶がシャンデリアとなって宙に咲く。


 灼熱の赤と、絶対零度の蒼。


 相反する二つの魔力が衝突し、白煙が立ち込めるステージを、一陣の風が鋭利な刃となって切り裂いた。


「さあ、僕たちの風に乗って。重力なんて、忘れてしまえばいい」


 緑色の髪をなびかせたセリスが優雅に腕を振るう。


 会場全体を包み込む上昇気流。


 舞い散る火の粉と氷の粒が風に巻かれ、螺旋を描いて夜空へと昇る。


 それは人工の竜巻であり、天を衝く光の柱だった。


 その幻想的な光景を背に、三人の歌声が重なる。


 魔道具のマイクを通した声ではない。


 彼らの喉から放たれた生の音が、魔力という触媒を得て増幅され、数千人の心臓を物理的に鷲掴みにする。


「キャアアアアッ!!」


NOVALIS(ノヴァリス)!! ああ、神様……ッ!!」


 黄色い歓声ではない。


 それはもはや、魂の咆哮。


 生活の苦しみも、身分差の鬱屈も、すべてを吐き出す祈りにも似た絶叫。


 舞台袖で魔導インカムを強く耳に押し当てながら、私はその光景を見つめていた。


 スタッフたちの怒号、機材の駆動音、そして地響きのような歓声。


 この混沌こそが私の日常であり、私がこの退屈な世界で作り上げた最高傑作だ。


NOVALIS(ノヴァリス)』。


 歌とダンス、そして高度な魔法制御技術を融合させた、この世界初の「アイドル」。


 彼らは今夜も、王都の夜を完全に支配していた。




 ◇◆◇




 ライブ終了後の楽屋は、戦場跡の匂いがする。


 焦げ付いた魔力残滓、整髪料、皮脂の酸化した匂い、そして男たちの濃厚な体臭と熱気。


「……くそ、死ぬかと思った」


 ルーカスが呻きながら、長椅子に泥のように沈み込んだ。


 衣装の胸元を乱暴に引き裂くように緩め、肩で荒い息を吐いている。


 まだ魔力回路パスが閉じきっていないのか、その金色の瞳は獣のようにギラギラと発光し、指先からは不完全燃焼の煙が上がっていた。


「水。……あと、お前のとこの甘いあれ。今すぐだ、リグリット」


 命令口調だが、その声は掠れ、限界を超えた身体が悲鳴を上げているのが分かる。


 私は無言で、氷水に蜂蜜漬けのレモンを浮かべたグラスを差し出した。


 彼はそれをひったくるように受け取ると、氷ごと喉を鳴らして飲み干す。


「……ッあ、生き返った」


「お疲れ様。今日のボルテージ、過去最高だったわよ。魔力測定器の針が二本折れたわ」


 私がタオルで彼の濡れた髪を拭いてやると、彼は不意に動きを止め、照れ隠しのように顔を背けた。


「……ふん。当たり前だろ。誰が歌ってると思ってんだ。針なんぞ何本でも折ってやる」


 その強がりが愛おしいと思う暇もなく、背後から濡れた重い質量がのしかかってきた。


「……リグリット」


 ひやりとした感触。


 アトラスだ。


 彼は何も言わず、私の首筋に額を押し付け、その全体重を預けてくる。


 氷魔法の過剰行使による反動バックラッシュで体温が極限まで下がっているのだ。


 肌は陶器のように冷たく、脈拍も弱々しい。


「アトラス、重いってば。衣装が汗で張り付いちゃうわよ」


「……構わない。充電中。動くな」


 クーデレ、氷の貴公子。


 世間が彼に貼ったレッテルは、この部屋では何の意味も持たない。


 彼はただ、冷え切って停止寸前の機能を、私という熱源で強制的に再起動させようとする大きな子供だ。


「やれやれ、二人ともリグリットを独占しすぎじゃないかな? 彼女は共有財産だろう?」


 ふわりと、空気が動いた。


 セリスが優雅なステップで私の正面に回り込み、空いた右手首を掴むと、その掌に恭しくキスを落とした。


「今日の風の制御、完璧だったろ? 君の指示通り、三階席の窒息しそうなエリアにだけ、濃い酸素を含んだ涼風を届けておいたよ」


「ええ、完璧だったわセリス。おかげで酸欠で倒れる客が出なかった。救護班が暇すぎてトランプをしてたくらいよ」


「ふふ。じゃあ、ご褒美が必要だね。……後で、たっぷりと搾り取らせてもらうよ」


 三者三様の視線が、私に突き刺さる。




 ――彼らは王都の女性たちを虜にする「アイドル」だ。


 だが、この世界にアイドルという概念は、本来存在しない。


 あるのは、詩を吟じるだけの吟遊詩人か、あるいは生体兵器としての魔導士だけ。


 前世の記憶を持つ私が、戦災孤児や没落貴族だった彼らを見つけ出し、泥の中から拾い上げ、血反吐を吐くようなレッスンの末に「推し」という概念をこの世界に植え付けたのだ。


 すべては順調だった。


 そう、今朝、一人の不愉快な来訪者が現れるまでは。




 ◇◆◇




「――ということだ。分かったかね? ドブネズミの飼い主くん」


 翌日の事務所。


 古びた革張りのソファに深々と腰掛けた肥満体の男が、侮蔑の笑みを浮かべていた。


 王宮儀典局長、ドルク伯爵。


 王都の芸術を「高尚な退屈」に留めておきたい、保守派筆頭の古狸だ。


 彼がテーブルに放り投げた羊皮紙には、慇懃無礼な文字でこう記されていた。


『建国記念祭メインステージにおける、魔法使用の全面禁止』


「へえ。……魔法禁止、ですか」


 私は努めて冷静に、しかし腹の底で煮えくり返るマグマを抑え込みながら問い返す。


「伝統ある式典ですよ? 花火代わりの爆裂魔法くらい、宮廷魔導士だって使うでしょう」


「彼らは『公務』だ。君たちのような、下賤な媚売り芸人とは違う」


 ドルク伯爵は扇子で鼻を覆い、露骨に私たちの「平民の匂い」を嫌がってみせた。


「視覚的な魔力放出、ならびに現象としての攻撃魔法の応用を一切禁ずる。……これが守れなければ即刻中止。不敬罪で、君たちは全員鉱山送りだ」


「なっ……ふざけんな!」


 ルーカスが掴みかかろうとするのを、セリスが笑顔で、しかし強烈な力で抑え込む。


「おや、野蛮だねえ。これだから育ちの悪い連中は困る」


 伯爵は下卑た笑い声を上げ、護衛騎士を引き連れて部屋を出て行った。


 バタン、と扉が閉まる音が、死刑宣告のように響く。


「……あの豚野郎ッ!!」


 ルーカスが椅子を蹴り飛ばした。


 木片が飛び散る。


「魔法なしで、あの広い屋外会場を沸かせろってのか? 照明もねえ、音響も古い。客は年寄りと、俺たちが失敗するのを見に来る貴族ばかりだぞ」


 セリスも、笑顔を消して低い声で呟く。


「嫌がらせだね。僕たちが人気なのが気に入らないんだ。新しい文化が怖くて仕方がない老人の嫉妬さ」


「……僕たちの歌には、飾りがないと価値がないのか」


 アトラスが、ぽつりと漏らした。


 その言葉に、全員が押し黙る。


 違う。


 そんなことはない。


 彼らの歌は、技術も魂も本物だ。


 だが、エンターテインメントとは「期待に応え、それを超えること」だ。


 観客は、あの派手な魔法演出を期待してくる。


 それがないと分かった瞬間、失望の空気が会場を支配するだろう。


 そして、あの伯爵はそれを指差して笑うのだ。


『見ろ、所詮は魔法頼みの見世物だ』と。


 そんな屈辱、許せるわけがない。


(考えるのよ、リグリット)


 私はこめかみを指で強く叩いた。


 転生前の記憶を総動員する。


 アイドルの本質とは何か?


 派手なセットか?


 特効か?


 違う。


 私が前世で見た、あの光景。


 ドームの天井席から見た、あの揺れる光の海。


 あれは魔法だったか?


 いいや、あれはプラスチックと電池と、そして「想い」だったはずだ。


「……セリス」


 私は顔を上げた。


 声が震えそうになるのを、怒りでねじ伏せる。


「例の倉庫にある『失敗作』の山。まだ処分してないわよね?」


 私の問いに、セリスが一瞬だけ目を見開き、すぐに共犯者の、底冷えするような笑みを浮かべた。


「ああ、あの『クズ魔石』のことかい? いつか何かに使えると思って、裏ルートから買い叩いたまま放置してあるよ。……まさか、あれを使う気?」


「ええ。全部使うわ」


 私は立ち上がり、ホワイトボードに書き殴った。


 物理法則。


 この世界の人々が、魔法という便利な力に頼りすぎて忘れている科学の理屈。


「いい? ドルク伯爵は言ったわ。『視覚的な魔力放出』を禁ずる、と。つまり、魔力が見えなきゃいいのよ」


「一緒だろ。手から炎が出せなきゃ意味ねえ」


「いいえ。炎は『光』の副産物に過ぎないわ」


 私は三人の顔を見渡した。


「宮廷の魔力測定器は、『攻撃魔法特有の術式配列』と『瞬間的な魔力スパイク』に反応する。だから、魔力そのものじゃなく、物理法則プロセスを変えるの。広範囲に、薄く、魔力をただの『熱エネルギー』として大気に馴染ませる。そうすれば測定器は、これをただの自然現象のゆらぎとしか認識できない」


「……君のその悪い顔、最高にゾクゾクするね」


 セリスが口元を歪めた。


「具体的には?」


「ルーカスは熱を。アトラスは冷却を。セリスは空気を。……絶対に目に見える炎や氷は出さないで。ただ、大気の状態を極限まで操作するの」


 それは、通常の魔法を使うよりも遥かに繊細で、苦しい作業になるはずだ。


 全速力で走りながら、呼吸を止めて針の穴に糸を通すようなものだ。


「そしてセリス。裏ルートでスラムの子供たちを動員して。建国祭の会場に入る客全員に、これを配るの」


 私は図面を叩いた。


「建国記念の『祈りの石』という名目でね。微量な魔力すら持たない『完全な廃棄石』だから、魔導ゲートの検査には引っかからない。衛兵たちも、ただの石ころを数千個もチェックするほど暇じゃないわ」


「ははッ! 詐欺師の手口だな」


 ルーカスが獰猛に笑った。


「面白い。やってやるよ。その代わり、失敗したらお前が責任取って、一生俺の世話係な」


「成功したら?」


 アトラスが静かに問う。


「成功したら……好きなもの、なんでもあげるわ」


 その瞬間、三人の目の色が明らかに変わったのを、私は見逃さなかった。




 ◇◆◇




 特訓は、もはや拷問に近かった。


 特にルーカスにとって、炎を出さずに熱量だけを上げる訓練は、自身の血管を内側から焼くような苦痛を伴うらしい。


「ぐっ……! ォオオッ……!!」


 練習場の隅で、彼は歯を食いしばり、全身から湯気を上げていた。


 掌から炎が噴き出しそうになるのを、精神力だけでねじ伏せる。


 皮膚が赤熱し、血管がミミズのように怒張する。


 焦げる匂いがする。


「ルーカス、休んで! 皮膚が爛れてるわ!」


 駆け寄ろうとする私を、彼の手が制した。


「来るな! 今触れたら、お前まで灰になるぞ……!」


 拒絶ではない。


 彼なりの、不器用な守り方だと痛いほど分かった。


 アトラスもまた、死の淵を歩いていた。


 彼は大気中の水分を凍らせずに、過冷却の状態に留める訓練を繰り返していた。


 気を抜けば一瞬で氷塊になってしまう。


 それを、「自然現象」と()()()()()ギリギリのラインで維持しなければならない。


 自身の血液すら凍りつきそうな寒気の中で、彼の唇は紫色に変色していた。


「……リグリット。僕がもし暴走して、この部屋ごと凍りつかせそうになったら」


 深夜の休憩中、彼は私の膝に頭を乗せて、消え入りそうな声で言った。


「その時は、お前が僕を溶かしてくれ」


「溶かすって、どうやって?」


「……抱きしめてくれれば、それでいい」


 真顔で言うから、冗談なのか本気なのか分からない。


 けれど、震える彼の手を握りしめたとき、その冷たさが骨まで染みて、私は涙が出そうになった。


 そしてセリス。


 彼は飄々としているようで、裏で一番泥水をすすっていた。


 私の指示書に従い、数万個の「廃棄魔石」に微細な傷をつける加工を、スラムの地下組織に手配していたのだ。


 傷だらけの手で、彼は試作品の細長い筒を回してみせた。


 中には、傷ついた魔石の粉末が詰められている。


「ねえリグリット。この『ペンライト』って道具、君の世界にあったの?」


「ええ。光を束ねて、想いを届ける杖よ」


「ロマンチックだね。……でも、これを使うタイミングが勝負だ。僕の風で合図を送るから、君は信じて待っていて」


 彼は私の髪を弄びながら、共犯者の目で笑った。


 徹夜続きで隈のできた目元が、ひどく色っぽかった。


 私たちは、全員が限界だった。


 けれど、誰も諦めようとはしなかった。


 あの古狸を見返してやる。


 その執念だけが、私たちを突き動かしていた。




 ◇◆◇




 建国記念祭当日。


 王城の前庭に設営された特設ステージは、異様な重苦しさに包まれていた。


 最前列のVIP席。


 そこには、肉厚な身体を揺らしてワインをあおるドルク伯爵の姿があった。


「ククク……見ものだな。翼をもがれた鳥が、どうやって空を飛ぶのか」


 周囲の貴族たちも、嘲笑を隠そうともしない。


 彼らの目は「どうせ若者の遊びだろう」「所詮は平民の芸事」という冷ややかな侮蔑を含んでいる。


 後方の一般席も静まり返っていた。


「魔法禁止」の噂は広まっている。


 期待外れのショーを見せられるくらいなら、帰りたい。


 そんな淀んだ空気が、会場全体を重く覆っていた。


「……行くぞ」


 ルーカスの低い声が、舞台袖の空気を震わせた。


 円陣を組む。


 彼らの手は、驚くほど熱かった。


「NOVALIS、ショウ・タイムだ」


 三人がステージに飛び出す。


 照明はない。


 夕暮れの薄暗さが、彼らの輪郭を曖昧にしていた。


 観客席から、まばらな拍手が起きる。


 やはり、派手な登場演出がないことに、落胆の声が漏れた。


「なんだ、ただ出てきただけか」


 ドルク伯爵が大あくびをした、その時だ。


「……今っ!」


 私の合図と同時に、世界が歪んだ。


 ルーカスが咆哮する。


 炎はない。


 だが、ステージ上の空気が爆発的に膨張し、凄まじい「陽炎」が発生した。


 空間がぐにゃりと曲がる。


 景色が溶解する。


 観客が「おっ?」と身を乗り出す。


 熱い。


 物理的な熱波が、客席の前列を襲った。


 そこに、アトラスの冷徹な計算が介入する。


 上空の水分を一気に結晶化させる。


 それは魔法による氷塊ではない。


 急激な温度変化が生み出した、極めて微細な自然現象――ダイヤモンドダスト。


 陽炎の上昇気流に乗って、数億の氷の粒が舞い上がる。


「風よ! 僕たちの色を運べ!」


 セリスが両手を広げた。


 彼の風は、ただの風ではない。


 計算され尽くした密度の異なる空気の層、すなわち巨大なレンズだ。


 陽炎と氷の粒、そして沈みゆく夕日の残光。


 それらが複雑に屈折し、ステージ上に自然発生した「虹」のカーテンを出現させた。


 魔法による発光現象ではない。


 まるで極光(オーロラ)のように空を揺らめく、物理現象による光の奇跡。


「な、なんだこれは……!? おい、魔力反応はどうなっている!?」


 ドルク伯爵がワイングラスを取り落とし、宮廷魔導士に怒鳴りつけた。


「は、反応ありません! 針はピクリとも動いていない……こ、これは、ただの異常気象です!」


「馬鹿な! こんな都合の良い気象があるか!」


 伯爵が顔を真っ赤にして立ち上がる。


 ざまあみろ。


 私は袖で小さくガッツポーズをした。


 だが、私の仕掛けはここからだ。


(……合図の風……今よ!)


 私は舞台袖で、手元の「石」を折って頭上にかざした。


 闇に浮かんだその光を合図に、客席に潜むスラムの子供たちや、ファンクラブの会員たちが一斉に動く。


 パキッ、パキッ、パキッ。


 硬質な音が連鎖する。


 それは、入場時に「記念品」として配った、粗悪な魔石の杖を折る音。


 本来なら捨てられるはずのクズ魔石が、衝撃で核を砕かれ、最期の瞬間に放つ儚い燐光。


 一つ一つは、蛍の光のように弱い。


 けれど、それは「私がここにいる」という、一人一人の確かな証明だった。


 隣の誰かが、祈るように光を掲げる。

 つられるように、また一人。


 そして。


「うわぁ……!」


 誰かが声を上げた。


 一階席、二階席、そして広場全体。


 赤、青、緑。


 無数の光が灯り、揺れ始めた。


 それは地上の星空だった。


 数千の光が、ステージ上のダイヤモンドダストと陽炎のレンズに反射し、増幅される。


 会場全体が、オーロラのような光の回廊に包まれた。


 魔法使いが一方的に見せる演出ではない。


 観客一人一人が持ち寄った光が、アイドルを照らし出す。


「ひ、光るな! やめさせろ! その石を捨てさせろ!」


 ドルク伯爵が錯乱して叫ぶ。


 だがその時、貴賓席の最上段――国王陛下が座るバルコニーから、ゆったりとした拍手の音が響いた。


「美しいではないか。続けさせよ」


 その一言で、ドルク伯爵の顔から完全に血の気が引いた。


 周囲の貴族たちも、掌を返したように「素晴らしい」「新しい芸術だ」と賛美を口にし始め、伯爵を汚いものでも見るような目で遠巻きにし始める。


 自分の居場所が、この王都にもうどこにもないことを悟ったのだろう。


 伯爵はガタガタと震え、誰にも見向きもされないまま、その場に崩れ落ちた。


 数千人の観客の熱狂が、そんな些末な没落などどうでもいいとばかりに全てをかき消していく。


 全員が、ステージ上の三人に釘付けだった。


 その圧倒的な光景の中心で、三人が歌い出した。


 マイクなどいらない。


 彼らの声は、大気の振動そのものを支配していた。


 ルーカスの情熱的なシャウトが、空気を震わせる。


 アトラスの透明なハイトーンが、鼓膜を突き抜ける。


 セリスの甘美なハーモニーが、空間を満たす。


 光の粒子に乗って、観客の鼓膜を、心臓を、魂を直接揺さぶる。


「すごい……」


 最前列の老貴族が、涙を流して立ち上がっていた。


「これが、新しい時代の……」


 偏見も、身分も関係ない。


 ただ美しいものに打たれた、純粋な感動だけがそこにあった。


 伯爵だけが、腰を抜かしてへたり込んでいる。


 その顔は青ざめ、自身の敗北と時代の変化を悟った絶望に歪んでいた。


 歌が終わっても、拍手は鳴り止まなかった。


 光の海は消えない。


 NOVALISの名前を叫ぶ声が、王都の夜空を焦がすまで続いた。




 ◇◆◇




「……死ぬかと思った」


 帰りの馬車の中。


 ルーカスが死人のような顔で呟いた。


「魔力枯渇の一歩手前だ。あんな繊細な制御、二度とやりたくねえ」


「でも、綺麗だった」


 アトラスが、窓の外の夜空を見上げながら言う。


「あの光……お前が見せたかったのは、あれだったんだな」


「ええ。ファンのみんなの力が合わされば、魔法使いよりすごい奇跡が起きるのよ」


 私が胸を張ると、不意にセリスが私の肩を抱き寄せた。


「さて、感動的なフィナーレも終わったことだし」


 彼の声色が、ねっとりと甘いものに変わる。


 馬車の中、密室。


 逃げ場はない。


 男たちの、戦いを終えたばかりの昂った匂いが充満している。


「約束、覚えてるよね? 『なんでもあげる』って」


 セリスの言葉に、死にかけていたはずのルーカスがガバッと起き上がり、アトラスが音もなく私の手をロックした。


 三人の瞳が、獲物を狙う肉食獣のように妖しく光る。


「お、覚えてるけど……まずは事務所に戻って、反省会と明日のスケジュールの確認を……」


「却下だ」


 ルーカスが私の頬を強引に自分の方へ向かせる。


 その親指が、私の唇をなぞり、強引にこじ開けるように押し込まれた。


「俺たちがどれだけ我慢してたか、分かってねえだろ」


「んっ……」


「……リグリット。僕の熱、まだ下がらないんだ。責任取って」


 アトラスが首筋に顔を埋めてくる。


 その冷たい吐息が、今は火傷しそうなほどの熱を帯びていた。


 吐息が首筋にかかり、背筋がゾクリと震える。


「三人分の情熱、受け止めきれる?」


 セリスが耳元で囁き、耳朶を甘噛みした。


 敏腕マネージャーとしての思考は、そこでプツリと途絶えた。


 唇を塞がれ、熱と冷気と風に翻弄される。


 頭が溶けるような快楽の中で、私は悟った。


 ステージ上の彼らを制御することはできても、ステージを降りた彼らの情熱を制御する魔法は、この世界には存在しないのだと。


 ――もう、スケジュールなんてどうでもいい。


 今夜だけは、私が彼らの熱に焼かれる番なのだから。

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