第8話 名前もスマホもない夜
夜の公園は、昼間よりも空気が濃く感じられた。
コンビニバイトを終えたあと。僕は彼女とふたりでいる。
彼女は、視線を落としたまま言った。
「……話します」
その声は、昨日と似ているのに違っていた。
「まず、連絡できなかった理由から」
「親が、離婚するんです」
彼女は肩をすくめた。
「父が契約主だった私のスマホ、ネットも先月、突然、解約されました。離婚で、名義も支払いも全部消えて……急な場合の連絡手段、本当になかったんです」
僕は言葉を失った。
もはや、妄想する隙がない。
知っていた。幻魔などどうでもいいと。
彼女が幻魔であっても、構わない。
「……私、アメリカに行くんです」
彼女は空を見上げた。
「母は日系アメリカ人です。離婚後、私は母に引き取られます。その母は、離婚によって在留資格を失います」
よく知らない。けれど、外国人として日本に在留するのは難しい。
そういう話を、テレビ等で聞いたことは何度もあった。
でも、僕は何もしなかった。その罰がいま、目の前にある。
「だから私……来月には、母とアメリカに行きます」
来月。
「……私、幼稚園の頃から悠人さんのこと、ずっと見てました」
知らなかった。全然、気づかなかった。
「見てるだけで、よかったんです。でも、アメリカに行くって決まってから、止まらなくなって……あの音を聞いた瞬間、全部が崩れたんです」
ナゲットが連れてきた感情は、理屈を越えていた。
「将来、一緒になれるはずもない。だから、名前も連絡先も伝えないまま、終わらせようと思ってました」
彼女は下を向き、息を吸う。
「私に関わらせないこと。それが、あなたを愛することだって……」
もう、無理だ。
「でも……もう、どうすればいいかわからない」
夜の公園で。
名前もスマホもないまま。
でも、彼女は確かにここにいる。
「名前だけでも、教えてもらえないだろうか」
「教えたら、アメリカまで迎えに来てくれますか?」
まだ17歳の僕には、残酷すぎる問いだ。
僕は、こういうことを、軽く考えられない人間だ。
自分の、そんな性格を、生まれてはじめて恨んだ。
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