第5話 弱いのに
その日も、僕は落ち着かなかった。
ヒソヒソ声が、耳に残って離れない。
「なあ、南川ってさ、ブスと付き合ってるんだろ?」
「かなりの陰キャだったって聞いてる」
笑い声。悪意。
もう、いい。
いずれ、みんな飽きる。
——なのに
下校。
校門のところに、人だかりができていた。
「え、なにあの美女?」
「誰か待ってるっぽくない?」
「聖雛女学院の制服だよね?」
ざわめきの中心に、彼女はいた。
髪は艶やかに整えられ、眼鏡は外され、制服も着こなしている。
これまでの彼女より、ずっと幻魔のよう。
「……え?」
僕が立ち止まった瞬間。
彼女は顔をあげ、弱々しく笑った。
そして——
「悠人さん」
恥ずかしそうに、腕をからめてきた。
「ちょ、ちょっと!?」
「け、結婚前の女性が! ダメでござる!!」
変な声が出た。まただ。
けれど、誰も笑わない。笑えないのだ。
「一緒に、帰りましょう」
そうだ。バイト先に行かないと。
歩き出した。
背後で、急にざわめきが起こる。
「あの美人が、南川の彼女?」
「南川のどこがいいんだよ」
「南川なんて、ただの陰キャだろ?」
彼女は踵を返した。
それから。
小さいけれど、よく通る声で語り出した。
「悠人さんは——誰もいないバス停で濡れたベンチをハンカチで拭くような人。自販機の下に落ちていた小銭を交番まで届ける人。誰もやりたがらない清掃委員を引き受ける人。忘れ物が多いのに人の誕生日だけはちゃんと覚えてる人。自分のことを言われると黙るくせに友だちが責められると急に言葉が増える人。夜のコンビニでクレーマーにも帰り際に『寒いのでお気をつけて』って温かい声をかける人。誰かの失敗を見ても決して笑わないでチャレンジを褒める人。交差点で立ち往生してた私のおばあちゃんを助けた人。そして——」
ここまで一息。やっと息を入れて
「強くないのに、逃げない人です」
並んで歩きながら、僕はようやく聞いた。
「……なんで、知ってたの」
「なにをですか?」
「学校で……言われてたこと」
「わざと、目立つように待ってたでしょ?」
彼女は答えない。無言。
「この間の怪我、大丈夫でござるか?」
「ええ。かすり傷です。なんともありません」
バイト先に着いた。
「終わるまで、待っていてもいいですか?」
「え? 寒いし……」
「平気です。向かいのカフェで勉強してますから」
バイト終わり。
彼女は、コンビニの前にいた。
指先と鼻先、耳も赤い。
カフェに行ってない。
ずっと、コンビニの前で待っていたのだろう。
「……きみ」
迷ってから、聞いた。
「神源さん……って言うんだよね?」
総合病院のHPで見つけた、院長の苗字だ。
彼女は一瞬、目を細めた。
「……」
答えない。
「なんで……なにも、教えてくれないの?」
「やっぱり、罰ゲームだから……なんだよね」
彼女は困ったように笑った。
「罰ゲームではありません」
「いつか、必ず」
いつかが、いつなのか。
それが、とても遠く感じられて。
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