第3話 制服が
彼女の制服は、聖雛女学院のものだった。
ブレザーの色。校章。スカートのチェック。
間違いない。進学実績が壁一面に貼られるタイプの高校だ。
つまり、住む世界が違う。
それ以外は、何もわからない。
名前も、連絡先も、家も、年齢も。
わかっているのは、彼女が僕をマークしていること。
幻魔め。
そう思いながら、夜道を歩いていた。
バイトの帰り道。コンビニの裏手。
歩道は狭く、街灯は心許ない。
——来る
根拠はない。
でも、こういうときは来る。
視界の端に、強い光。
違法の電気自転車だ。
速い。無音。ライトも改造している。
人類の悪意が全部詰まっている。
避けられないと理解した瞬間。
「——悠人さん!」
声がした。
次の瞬間、視界が反転する。
衝撃。地面。息ができない。
……あれ?
痛く、ない。
代わりに、腕の中に重みがあった。
「だ、大丈夫……ですから……」
ナゲットの幻魔だった。なぜ、ここに?
違法電気自転車は、減速もせずに去っていった。
「大丈夫じゃない!」
声が裏返った。キモい。
しかも、大きな声だった。
「ほんとに、大丈夫です……」
膝を擦りむいている。制服が汚れている。
名門お嬢様高校の制服が。
名門お嬢様高校の制服が。
名門お嬢様高校の制服が。
思考が止まる。
いや、止まっている場合じゃない。
「病院、行きましょう」
「行きません」
即答だった。
「総合病院、近くですから」
「絶対、行きません」
めちゃくちゃ嫌がる。
理由はわからない。
でも、このまま帰す選択肢はない。
僕は、彼女をおぶった。
「ちょ、ちょっと……!」
「軽いです」
事実だ。それが、逆に怖い。
やはり、幻魔だ。
総合病院は、夜でも明るかった。
近づくにつれ、彼女の抵抗が強くなる。
「ほんとに、やめてください……」
「診断書をとって、警察に行きましょう」
「あなたの制服を汚したこと、許せません」
「放っておいたら……他の誰かがまた怪我を負わされるんです」
「無免許、人身事故、轢き逃げ。役満です」
ロビーに入った瞬間。
空気が変わった。
「……お嬢様?」
受付の人が、声を潜めた。
看護師が、走ってくる。
「お嬢様!」
「院長に連絡を——」
「や、やめてください!」
僕の背中で、幻魔が叫んだ。
必死に顔を伏せる。遅いだろ。
ああ。そういうことか。
彼女は、この総合病院の院長の娘だった。
本当に、幻魔じゃないのか?
彼女は小さく言った。
「大丈夫ですから、もう、お帰りください」
「被害届は、きちんと出しておきますから」
僕は、頷いた。
「そなたの制服を汚した恨み、許すまじでござる」
すごく、後悔した。
言うべきことが、違うだろ。
「僕のこと、かばってくれて、ありがとうございました」
また連絡先は聞けなかった。
病院を出ると、夜の空気がやけに冷たかった。
歩きながら、背中の感触を思い出す。
軽かった。細くて、あたたかくて。
呼吸が、背中越しに伝わってきた。
ちゃんと、現実に生きている人間だった。
人間が、こんな僕をかばって、怪我をした。
——どうして、あんな声で僕の名前を呼んだんだ
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