第1話 遭遇
ナゲットは、二度揚げされていた。
新しい油。
適切な温度。
外は完璧に、サクサクだ。
「サクッ」
……思ったより、大きい音がでた。
斜め前に座っていた女子が、びくっと肩を揺らす。
見ない。
見ちゃだめだ。
視線を向けたら、人生が終わる。
——か、かわいい。
「サクッ」
しまった、また音を出してしまった。
女子は、もう一度、こちらの音に反応した。
まずい。
これはまずい。
こういうときに目が合ったら、キモいやつ認定される。
そう覚悟した、そのとき。
「サクッ!」
……返ってきた。
女子が、ナゲットの音を、返してきた。
戦士たちが、帰ってきた。
諸君。
これは事件である。
まさか——
この音をフーリエ変換すれば、モールス信号的な何かが浮かび上がるのでは?
「ス・キ・デ・ス」とか?
な、なんてことだ。
春なのか?
ついに、春が来たのか?
いけない。
いけない、いけない。
男という生き物は、
女が自分に好意を持っていると、
簡単に誤解してしまう生き物なのだ——
「サクッ!」
……まただ。
もう、これは偶然じゃない。
彼女は、意図して音を出している。
何かのメッセージだ。
次は録音だ。
帰ったら解析しよう。
——いや、待て。落ち着け。
そのとき。
「あ、あの……」
「ひっ! な、なんでござるか!」
終わった。
自分でも引くほど、キモい返事だった。
ここまでのキモさは、もはや才能だと思う。
僕は、選ばれし闇のサイキック。
幻魔と戦う運命にある存在。
こんなところで、色恋にうつつを抜かしている暇など——
「うっ」
「だ、大丈夫ですか?」
「……情けなくて」
「え?」
「人生最大のチャンスに、最悪の対応しかできない自分が……」
「チャンス?」
「い、いえ! 勘違いです! 勘違いでござる!」
あえてキモくなる。そうすれば、この場は終わる。
逃げたい。後悔すると分かっていても。
「あの……」
「ああ、どうせチャックが開いてるとか、顔にケチャップがついてるとかですよね。わかります」
「……違います」
「え?」
「あなたのこと、ずっと見てました」
彼女は、少し息を吸ってから言った。
「災害ボランティアをしてて、地域のゴミ拾いをしてて、休みの日は横断歩道のストップさんもしてて、コンビニでバイトしてて、勉強は苦手なのに赤点の友だちをフォローしてて、スポーツも苦手だけど将棋は強くて、朝は弱いけど夜更かしでゲームしてて、女の子が苦手で、でも優しくて、叔母さまの介護もしてて、いじめられてる同級生の唯一の味方で、歳の離れた妹さんを大切にしてて、図書館で借りた本は期限内に読んで返してて、交差点で立ち往生してた私のおばあちゃんを助けた——」
僕は、何も言えなかった。
「……幻魔と戦う運命にある人」
「な、なぜそれを……?」
彼女は、少しだけ笑った。
「ここのナゲット、美味しいですよね」
そして、
「それと」
一拍、置いて。
「あなたのことが、好きです」
はじめまして。
八海クエと申します。
お読みいただき、ありがとうございます。
本当に、ありがとうございます。




