【第5話】路地裏の目利き
スラムの中心部にある「ブラックマーケット」。
そこは、混沌の坩堝だった。
盗品、違法薬物、そしてダンジョンから違法に持ち出された廃棄物。
正規のルートでは売れない「汚れ物」が、地べたに広げた布の上に所狭しと並べられている。
鼻をつく異臭と、怒号。
俺はガスマスク越しに顔をしかめながら、騒ぎの中心へと近づいた。
「おい、そこのガキ! またゴミ拾ってきたのか!」
市場の片隅で、人だかりができていた。
その中心で、一人の小柄な少女が、薄汚れたフードを目深に被り、地面に座り込んでいる。
彼女の前には、泥まみれのガラクタが並べられていた。
「ゴミじゃない! これは……『お宝』だもん!」
少女が言い返す。声は震えているが、商品は決して離さない。
相手は、脂ぎった顔の悪徳商人だ。
「あぁ? ふざけんな! このポーション、色が濁ってやがるじゃねえか!
こんな腐ったもん売りつけようとしやがって! これだから亜人は信用できねえんだよ!」
商人が少女の商品を蹴り飛ばす。
転がる小瓶。中身はドす黒い液体だ。
周囲の野次馬たちも、嘲笑の声を上げる。
「おいおい、また『野良犬』か?」
「ダンジョンから湧いた害獣が、人間の真似事してんじゃねえよ」
差別と偏見。
このスラムでは、ダンジョンから流れてきた、あるいは先祖返りで生まれた亜人は、人間以下の「汚染物質」として扱われている。
少女は唇を噛み締め、蹴られた商品を必死にかき集めていた。
そのフードの下から覗く、金色の瞳。
絶望に染まっているかと思いきや――そこには、燃えるような「反骨心」が宿っていた。
(……ほう)
俺は興味を持ち、**『構造解析眼』**を発動させる。
彼女が必死に抱えている「腐ったポーション」。
その成分情報が、視界に表示される。
【品名:熟成ハイ・ポーション(Sランク)】
【状態:ダンジョン酵母による発酵済み。通常の3倍の治癒効果と、強力な魔力回復効果を併せ持つ】
……マジかよ。
それは腐っているんじゃない。「熟成」されているんだ。
ダンジョンの特殊な環境下でしか生成されない、奇跡の逸品。
見た目は最悪だが、効果はエリクサーに迫る。市場価格なら、一本50万ガメルは下らない代物だ。
他にも、彼女の前に並ぶガラクタを解析する。
泥だらけの石ころに見えるものが「高純度のミスリル原石」だったり、枯れた雑草が「万能薬の原料」だったりする。
(この子……『見えて』いるのか?)
ただのゴミ山の中から、価値あるものだけを選別する能力。
俺のようなスキルか、あるいは種族特有の嗅覚か。
どちらにせよ、掘り出し物だ。
商品も。――そして、この少女自身も。
「おい野良犬! 目障りなんだよ! 商売ごっこがしたいなら、その薄汚い耳を切り落としてからきな!」
商人が手を上げ、少女を殴ろうとした瞬間。
「――いくらだ?」
俺は人混みをかき分け、二人の間に割って入った。
「あ? 誰だテメェは。邪魔すんな……」
「そのポーションだ。いくらなら売ってくれる?」
俺は商人を無視し、少女に尋ねる。
少女は呆気にとられながらも、警戒心剥き出しで俺を睨んだ。
「……500ガメル。それ以下じゃ売らない」
「安いな。俺が50万ガメルで買う」
俺は懐から、デジタル・ガメルの入ったカードではなく、現物の「魔石」を取り出し、商人の足元に放り投げた。
カラン、と乾いた音が響く。
スラムでは、足のつく電子マネーよりも、現物の方が信用される。
それが、最高純度の「マナ・クリスタル」となれば尚更だ。
「なっ……!?」
商人の目が飛び出る。
少女も慌てて魔石を拾い上げた。その純度を見て、彼女の金色の瞳が見開かれる。
「じゅ、純度90%……!? これ、本物……?」
スラムに出回るクズ魔石とは訳が違う。俺の拠点で生産された、内殻でも滅多に見ない最高級品だ。これ一個で、この市場の全商品が買えるだろう。
「釣りはいらない。他の商品も、全部言い値で買い取ろう」
俺は彼女の前に並んだ「ガラクタ(お宝)」を指差す。
周囲の空気が凍りついた。
悪徳商人が、顔を引きつらせながら後ずさる。
「お、おい兄ちゃん! 騙されんじゃねえ! そりゃただのゴミだぞ!」
「ゴミに見えるなら、アンタの目が腐ってるんだな。眼科に行け」
「ひっ……」
俺はガスマスク越しに冷たい視線を送る。
このスラムで、これほどの高純度マナを平然と持ち歩く人間。それが意味するのは「圧倒的な強者」か「ヤバい組織の人間」のどちらかだ。
小物の商人が敵う相手ではない。
商人は捨て台詞を吐くことも忘れ、脱兎のごとく逃げ出した。
野次馬たちも、関わり合いになるのを恐れて散っていく。
残されたのは、俺と、呆然とする少女だけ。
「……助けても、安くしないよ? 人間」
少女は魔石を懐にしまい込みながら、油断なく俺を見据えた。
いい度胸だ。これだけの金を前にしても、媚びてこない。
「いいや。俺はお前の商品を『適正価格』で買いに来ただけだ」
俺はしゃがみ込み、彼女と視線を合わせる。
「お前、わかるんだろ? このガラクタの『真の価値』が」
「……匂いがするの。
キラキラした、いい匂い。……人間には、わからないみたいだけど」
彼女はフードを少しだけ持ち上げた。
そこには、煤けたアッシュグレイの髪と、ピョコっと動く**「狼の耳」**があった。
ウェア・ウルフ種。鼻が利くわけだ。
「名前は?」
「……ロロ。みんなは野良犬って呼ぶけど」
「そうか、ロロ。俺はレンだ」
俺は彼女に手を差し伸べた。
これは、対等なビジネスパートナーへの誘いだ。
「俺には、売るべき『最高の商品』が山ほどある。
だが、それをスラムに流すための『販路』と、価値のわかる『目利き』が足りない」
俺は、ニヤリと笑う。
「俺の会社に来い。
お前を、このスラムで一番の金持ちにしてやる」
ロロは、俺の手を見る。
今まで石を投げてきた人間の手。でも、この手は違う。
何より、この男からは――とてつもなく「金の匂い」がする。
彼女はニカっと笑い、その汚れた小さな手で、俺の手を握り返した。
「……乗った! ボス、地獄の底までついていくよ!
でも、売上の1割はボクのマージン(取り分)だからね!」
こうして。
最強の頭脳に続き――**「最強の商人」**が仲間になった。
さあ、反撃の時間だ。




