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【第2話】神の言語、愚者の言語

結界が消滅して、数分。

 俺は、死の淵を走っていた。

「ハァ、ハァ、ハァ……ッ!」

 肺が焼けるように熱い。

 第55階層の空気は、重金属を含んだ毒ガスに近い。

 『解析眼』で見える視界は、警告色アラート・レッドで埋め尽くされている。

 ――右、3秒後に酸の雨。

 ――左、影の中に潜む『捕食者』の気配。

 俺は神経を研ぎ澄ませ、針の穴を通すようなルート取りで、即死トラップと魔物の視界を潜り抜けていく。

 目指すは、このエリアの最奥にあるはずの「古代管理施設」。

 そこにしか、生き残る道はない。

 ドンッ!!

 背後で轟音が響く。

 Sランク魔物「キラー・マンティス」が、俺がさっきまでいた場所を鎌で粉砕していた。

 見つかった。

「くそッ……!」

 俺は瓦礫の山を滑り降り、目の前に現れた**「継ぎ目のない金属の壁」**に向かって飛び込んだ。

 行き止まり。いや、ここが入り口だ。

 (頼む、開いてくれ!)

 俺は壁に手を当てる。

 『解析眼』を最大出力にし、壁の向こうに流れる魔力回路の「結び目」を視認。

 指先に残ったわずかな魔力を流し込み、強引に認証をショートさせる。

 ガシュゥゥゥン……!

 重厚な駆動音と共に、壁の一部がスライドする。

 俺は転がり込み、内側から閉鎖パネルを叩いた。

 マンティスの鎌が鼻先を掠め――金属扉が、その刃を弾いて閉ざされた。

「……はは。間に合った」

 俺は冷たい床に大の字になった。

 広い空間。中央には、青白く発光する**「黒い立方体モノリス」**が浮いている。

『警告。不正な侵入者イントルーダーを検知』

 頭上から、無機質な女性の声が降り注いだ。

 モノリスからホログラムが投影され、光の粒子が「一人の美女」の形を成した。

 透き通るような青い髪。完璧なプロポーション。

 だが、その瞳には感情がなく、冷徹なシステムの色をしていた。

『本施設は立入禁止区域です。

 直ちに退去してください。従わない場合、防衛プロトコルにより排除します』

 空中に、無数の赤い照準レーザーサイトが出現し、俺の額を捉える。

 外には魔物。中には殺人AI。

 まさに絶体絶命。

 だが、俺は震える膝を叩いて立ち上がった。

 ここが正念場だ。相手は「感情」で動く人間じゃない。「論理ロジック」で動くシステムだ。

 ならば――**「言葉プロンプト」**で説き伏せられる。

「システム、待て。俺は敵じゃない」

『問答無用。カウントダウン開始。3、2……』

条件定義コンテキスト・セット!」

 俺は叫んだ。

 AIが処理するよりも速く、彼女の「認識」を上書きするための言葉を紡ぐ。

「現在、外部エリアはSランク魔物に汚染され、施設の防壁も劣化している。

 このままでは、いずれ魔物が侵入し、おメインサーバーも物理的に破壊されるリスクがある。

 ――肯定か、否定か!」

 ピタリ、とカウントダウンが止まる。

 AIの瞳に、高速で演算処理を行う光が走る。

『……肯定アファーム

 外壁の耐久値は低下しており、98%の確率で、1年以内に施設は崩壊します』

「なら、お前には『管理者(メンテナンス要員)』が必要なはずだ」

 俺は両手を広げ、自分を指差す。

「俺には、このダンジョンの構造が見える『解析眼』がある。

 そして、外部から資源を調達する『知能』がある。

 俺を排除すれば、お前は座して死を待つだけだ。

 だが、俺と契約すれば――お前の機能タスクを維持し、最適化できる」

 AIは沈黙した。

 俺のステータスを、心拍数を、そして魂の色までスキャンしているような感覚。

『……提案を評価中。

 ユーザーのレベルは1。魔力容量はゴミ以下です。

 しかし、論理的思考能力および状況解析能力は……SSランク』

 ホログラムの美女が、スゥーっと俺の目の前まで降りてくる。

『合理的です。

 現状、貴方以上の適任者は存在しません。

 ――よろしい。管理者権限アドミンの一部を譲渡します』

 空中に浮かぶ赤い照準が消え、代わりに青いウィンドウが展開される。

【システム・アルファ 起動】

【マスター登録:九条レン】

『はじめまして、マスター。

 私は汎用統括管理AI、コードネーム「アルファ」。

 これより、貴方の資産管理および生存サポートを開始します』

 勝った。

 俺が安堵の息を吐き出した、その瞬間だった。

 ドォォォン!!

 入り口の扉が、外部からの衝撃で激しく揺れた。

 魔物か? いや、違う。

 扉のロックが、何者かの魔法によって無理やり焼かれている。

「ハァ、ハァ……クソッ! なんだよこのエリアは! 魔物が強すぎるだろ!」

「キョウヤ、ここなら安全よ! 早く中へ!」

 聞き覚えのある、不快な声。

 扉がこじ開けられ、転がり込んできたのは――キョウヤ、エリス、タクヤの3人だった。

「……は?」

 俺とキョウヤたちの目が合う。

 キョウヤたちはボロボロだった。高価な鎧はひしゃげ、タクヤは肩から血を流している。

「な、なんでテメェがここにいるんだよレン!?」

「それはこっちの台詞だ。お前ら、転移で帰ったんじゃないのか?」

「うるせえ! 転移したら天井にぶつかって落ちたんだよ!

 この階層、空間座標が歪んでやがる……『Gマップ』には何も書いてなかったのに!」

 当然だ。55階層は高濃度の魔力が充満しており、転移魔法は阻害される。

 俺がいれば座標補正ができたが、アプリ頼みの彼らは失敗し、魔物の群れに追われてここまで逃げてきたのだろう。

 キョウヤの視線が、俺の隣に浮かぶアルファ(モノリス)に向けられた。

 その目が、下卑た欲望で歪む。

「なんだその女……すげえ魔力を感じるぞ。

 おいレン! そこをどけ! そのアーティファクトは俺が見つけたことにする!」

 キョウヤが剣を抜き、俺に歩み寄る。

 懲りない奴だ。自分が捨てた相手から、さらに奪おうというのか。

「……アルファ。こいつらのステータスは?」

 俺が尋ねると、アルファの瞳が赤く明滅した。

『警告。対象グループ内に、極めて危険な「異物バグ」を検知』

「バグ?」

『はい。「深刻な論理破綻」および「捕食コード」を確認。

 放置すれば、システム全体を侵食する恐れがあります』

 俺は、目の前で涎を垂らさんばかりにアルファを睨みつけているキョウヤを見た。

 目が血走り、言葉も通じず、ただ欲望のままに剣を振るおうとしている姿。

 (……なるほど。「論理破綻」した「捕食者」か。言い得て妙だな)

 俺は納得した。

 今のキョウヤは、人間というより、欲望にバグった獣そのものだ。

 アルファの目には、こいつが排除すべきエラーに見えているのだろう。

「了解した。……なら、**『デバッグ(教育)』**してやろう」

 俺は冷ややかに笑い、アルファに指示プロンプトを送る。

「アルファ。対象3名を『不法投棄ゴミ』として処理せよ。

 ただし殺すな。

 ――装備品を含むすべての所有物を剥奪リセットし、地上のスラム街へ転送(廃棄)しろ」

『御意。

 ――不快な原始人ユーザーたちに、お仕置きを』

 アルファが指を鳴らす。

 瞬間、キョウヤたちの足元に幾何学模様の光が出現した。

「あ? なんだこれ、体が動か――」

 バシュッ!!

 音がした瞬間、キョウヤたちが身につけていた「紅蓮の鎧」も、エリスの杖も、市民ID、アイテムポーチも、すべてが弾け飛び、粒子となって分解された。

 残ったのは、下着姿の無様な3人だけ。

「は、ひぃぃぃ!? 俺の装備が!?」

「きゃああっ! 服が!?」

「これは『違約金』だ。俺を不当解雇した代償、高くついたな」

 俺はモニター越しに彼らを見下ろす。

「座標設定、外殻アウターのゴミ処理場。

 ――さようなら。毒気の中で仲良く暮らせよ」

転送イジェクト

「ま、待てレン! 俺が悪かっ――」

 キョウヤの叫びは、光の中に消えた。

 3人は跡形もなく消滅し、その場には彼らが持っていた大量の装備品と、アイテムだけが山積みにされていた。

「……ふぅ」

 静寂が戻った部屋で、俺は大きく息を吐く。

 これで本当に、縁が切れた。

 あいつらは今頃、スラムの汚泥の中で絶望しているだろう。

『敵性存在の排除を確認。

 ……素晴らしい指示プロンプトでした、マスター』

 アルファが微笑む。

 俺は、山積みになったキョウヤたちの装備――かつての「聖剣」を見下ろし、冷たく呟いた。

「さて、アルファ、新しいビジネスの準備を始めようか」

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