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虚構のシスイ ~異世界に不法投棄されたおじさんは、世界の最果てに名を刻む~  作者: yagi
第二章 愛情星骸ガナグリ 第一幕 コタンカ
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13 神秘の住人

 目が覚める。

 辺りは暗かった。

 何も見えないという訳ではない。微かな光が差している。

 思考はぼやけているが、硬い地面に倒れていることは分かった。触った感触は石。僅かに湿気っている。ぽつん、ぽつんと規則的に反響する水滴の音。水の匂い。


 フラフラと立ち上がる。

 何があったか。

 確か不意に立ち眩みを起こして……その先が分からない。


「フェリー、シルワア!」


 声は響くが、返事が返って来る様子はない。

 辺りを見渡すと、どうやら自分はどこかの通路のような場所にいるみたいだ。

 石材を加工して作られた壁。一本道の四角い通路が正面にあり、先は暗くてよく見えない。壁や床の朽ち具合からして相当な年数が経っている。

 となると、ここは、遺跡的な何かなのだろうか。


 外の空気が背中から暗い通路へと流れていく。まるで呼吸しているようだ。後ろに入口があって、そこから僅かに日が差し込んでいる。

 その隙間から外の様子が伺えた。木々が生い茂っているのを見るに森の中で間違いないのだろう。


 しかし、それにしても、命の気配が全くない。森であれば動物の一匹くらいこの空間に居てもおかしくない。寒くもなく、暑くもないこの空間は動物に好まれそうだ。

 けれど動物どころか、虫すらいない。


 命の気配を感じない異質な闇。

 先の見えない暗い通路は底なしの穴のようで、これより先に進めば堕ちてしまうという予感。堕ちてしまえば二度と上がってくることはできないだろうという、確証のない不安。

 この遺跡はまるで内と外、命とそれ以外を明確に分ける境界線の役割を果たしているように見えた。長い通路は、現世と死後の世界を橋渡しする三途の川の渡し船のイメージに近い。アレもまた、渡ってしまえば戻ることの叶わない片道切符の遊覧船だ。


 だからか、ここは酷く神秘的な空間に見える。

 遺跡特有の歴史を感じさせる美しさから来る神秘性ではない。

 神秘という言葉の本質から来るもの。「恐ろしさ」から来る神秘性だ。

 神秘とは恐怖の延長線上にある感性を指す。


 パワースポットというものがあるだろう。アレも神秘性を帯びている場所を指す言葉だ。けれどボク達が立ち入れるものというのは知名度という水で極限まで薄めたものであり、本来の在り様を失っている。


 本当のパワースポットという奴は、もっとおどろ恐ろしく、生物を引き寄せない。誰も近寄れないから異様な気配、つまりパワーを感じるのだ。聖域なんて呼ばれ方もする。磁石でいう所の斥力だろう。


 行き過ぎた恐怖は感覚を狂わせ、脳にエラーを発生させる。

 美しいという誤認、近づきたいという誤作、力を得たという誤解。

 酔ったようなこの気分はまさにそれだ。


 それとは別に不気味な神秘性は幽霊やそれに類似したものを連想させる。不可解な白い影がヌッと出て来るかもしれない、という変な想像がチラチラする。

 ボクは一度死んだ経験があり、他の人間よりも死という状態を知っている。この通路と死後の幻風景の雰囲気が全く違うと分かっているし、自分自身幽霊のようなものだというのに、それを恐怖してしまうのはおかしな話といえばおかしな話だ。

 ならばこれは理性や知見ではどうこうできない、本能的な現象なのだろう。恐怖とは危険への警鐘だ。


 ボクは理性的であろうと普段から心掛けているが、こういうときに限っては本能に忠実であるべきだと思う。

 早い所、ここから出るべきだ

 踵を返し、外の森へと歩く。背後から吹く冷たい風のせいか、若干早歩きになっているかもしれない。


 ヴ、ウゥ、ン。ムゥウ、ウウ。


 背後から不可解な音が鳴る。壊れた機械のようにも、獣の唸り声のようにも聞こえる音に心臓が飛び出しそうになる。

 ぶわっと背中に鳥肌が立つ。

 何かヤバい奴がいる。


 ボクは振り返らず出口の方に走り出した。

 あんな音を聞いて振り返る勇気はない。

 見なくたって危険なものだということは分かる。

 出口までの距離は近い。すぐにこんな場所から出られる。


 ガシ……。


「ひい……!」


 背中に何かがくっつく。

 石のように硬く、冷たい。尖った六本の突起が背中に張り付くように刺さる。サイズ感がスイカくらいのカブトムシが背中をがっちりホールドしているみたいな感触。


「うあああああああ!!」


 咄嗟に背中を壁に叩き付けて、くっついているものを取ろうとする。

 後ろから「ムギュ」と短い悲鳴みたいな音がした。背中に刺さっていた突起が緩む。

 すかさず外套を脱いで引っ張り、背中から引き離すとハンマー投げのように外套ごと投げ飛ばす。ハンマーは出口の方に飛んで行った。


 しまった、なんで逃げる方向に投げてしまったんだ、ボクは。

 本当に咄嗟の応用力に欠ける、と自身に叱咤しながら急いで出口に走る。

 外に出ると目が眩んだ。明暗によるギャップに目が追い付いて来ない。

 けれど一〇秒もすればすぐに慣れてくる。


 目の前に外套が浮いていた。

 魔法のマントか、あるいは意志を持ったてるてる坊主か。

 いや、きっと、そんな可愛い奴じゃない。

 ずるずると落ちる外套。

 正体があらわになる。


 エビとミジンコが合わさったような生き物が、そこには浮いていた。


 丸っこいフォルムはミジンコのようだが、よく見ると体を反っていることが分かる。その背中には長い棘が二本、胴体に足が六本付いている。

 昆虫に似ているが、少し違う。節々がボールジョイントのようになっていて、生物的というよりはロボットのような印象を受けた。内側に抱えるだけでなく、外にも足を広げられるのだろう。

 顔は尖がった角のような形でエビにそっくりだ。目も甲殻類のように黒目で、大きくクリっとしている。よく見ると目が一つだということに気づいた。大きな一つの眼球が正面から見ると溢れていて、二つ目があるように見える。


「ムウ……」


 不服そうに鳴く。

 どの部分から発声しているのかは定かではない。

 けれど顔に張り付いてくる類のエイリアンのようなものを想像していたからか、愛嬌のある生き物に見えて来た。


 襲ってくる様子は、ない。

 ボクはそっと近づいて、地面に落ちている外套をそっと拾った。

 拾って身に付けず、簡単に畳んで脇に抱える。


「やあ、こんにちは……」


「ムウ」


「意思疎通はできる感じかい?」


 頷くように体を揺らす。


「驚いたな。見た目に反してかなり高い知性を有している」


「ムムウ……?」


 見た目に反してとはどういう意味だ。

 そんなニュアンスの傾げ方だった。


「ああ、いや、悪い言い方をしたね。謝るよ、投げ飛ばしたことも含めて。ごめんな」


 ムウと鳴く不可思議な生物は、ボクの周りをぐるりと回って観察する。

 敵意はない。襲いもしない。

 友好的な謎生物だ。

 案外可愛いじゃないか。


「さて、不思議生物の戯れもここまでにして、ここがどこなのかを知らなくちゃならんな」


 少なくともフェリー等といた場所の付近ではあると思う。木の種類や生え方が似ている。だったら、近くに二人もいるはずだ。

 どういう脈絡でここにいるかは定かではないが、きっと二人はボクを探しているに違いない。

 遺跡から出たボクはできるだけ見晴らしの良い場所まで移動する。

 ポーチを弄って煙管を出すと、獣除けの香を焚いた。


「くっせええええええーーーーーーーーー!!」


 遠くで声がした。


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