10 上流にて
川の消失の原因を探る為、ボクとシルワアは上流の方へと上って行くことにした。
歩いている間、シルワアと共にどうして川がなくなったのだろうか、と意見を出し合った。
「ビーバーがダムでも作ったのかな」
「びーばー?」
「木や泥を集めてダムを作る泳げるネズミみたいな動物さ」
「ああ。知ってる」
「エルフ語だとなんて呼ばれているんだい?」
「コサアザ。意味、泳ぐ木」
巣作りで木を運んでいる様子が元になったのだろう。ビーバーは木こりとしても有名だ。木を倒して川へ運び、ダムの材料にする。
自分達が過ごしやすい環境を創造でき、それは生態系にも大きく影響する。この特性は人間とビーバーしか持っていない、稀有なものだ。しかしその知識は元居た世界の知識だ。この世界では他にもいるのやもしれん。
「しかし、歩きづらいな」
川沿いの道は丸い石で凸凹している。靴で足つぼマッサージの上を歩いている感覚に近い。マッサージと言うが、アレは中々乗ってられるものではない。
それにこの天然の足つぼが人間に向けられて作られたとは到底思えない。つまり、ただ負担が大きいだけ、ということだ。
地面が硬いというのは、それだけで疲れるものだというのにこれは辛い。
シルワアはそうでもないみたいだ。
軽やかな足取りで前を歩く。
足つぼで何も感じないということは、ボクに比べ、健康的なのだろう。
彼女の足は途中でぴたりと止まる。
獣でもいたか。けれど警戒した様子はない。
少し遅れてシルワアに追いつくと、彼女の視線を追う。
大の字になって大きないびきをかくフェリーがいた。
フェンリルの威厳どころか、自然に生きる生物からもかけ離れた、なんとも情けない姿だ。シルワアの無表情が呆れ返った顔に見えてくる。
「やる? ぱろすぺしゃる」
「いや、他のを試そう」
腰に付いたポーチから小さな瓶を取り出す。
試験管のような瓶。コルクの蓋がされており、中には色々な種類の葉っぱが混ぜられた粉末が入っている。チヨさんが調合した香だ。
煙管用に彼女が煎じてくれたのだ。
自分は煙草も吸わない人間な為、煙管は香を焚く為の道具になっている。
そしてこの香は獣除けの香だ。
煙管の火皿に香を入れ、習った魔術で火を付ける。
すると、白い煙と共に独特の匂いが立ち上る。
その匂いをフェリーの方に仰いだ。
フェリーの目がカッと開く。
鼻先には荒れた海のように皺が寄る。
かひゅー、と声にならない悲鳴が喉から出ていた。
「おはようさん、起きたか」
フェリーは何も言わず、首をぶんぶんと縦に振る。
多分正確には何も言えないのだろう。
「ずっとここで寝てたのか?」
コクコク。
「ここの川がなくなったらしいんだが何か知っているか?」
ブンブン。
「昨日まではあった?」
コクコク。
「そうか、昨日まではあったのか。じゃあ、これから上流に行くからお前もついてこい」
ブンブン。
寝起きだから嫌そうな顔をして首を横に振る。
ふう、と香に息を吹きかけてフェリーの方に飛ばす。
フェリーは高速で首を縦に振った。
寝起きのフェリーを連れて上流まで来る。
角ばった大きな岩が増えて進むのが大変になる。石も濡れていて所々苔が生えているから、足を掛ける場所を間違えれば転んでけがをしてしまうだろう。
川があった場所にちろちろと水が僅かに流れて来ていた。
原因が近い。そう予感する。
その予感は、思いのほかすぐに正体を現す。
「あれか」
巨大な大木が川をせき止めていた。
シルワアが言っていたボウラァトットゥラと呼ばれる巨木だ。
あんなものが倒れれば川も止まる。
「風に煽られたか?」大きな欠伸をするフェリー。
「そんな程度じゃ倒れない類だろう、これは」
「シスイ、あそこ」
シルワアが根元を指差す。
木の根元には、何かノコギリのようなもので切られた痕があった。この時点でビーバーの仕業という線は消えた。
けれど自然にこうはならない。
何か巨大な生物が切り倒したのだ。痕からそれを伺える。
しかし、一体誰が。
思考は鈍い体と反比例して加速する。
誰がやったのだろうか。人か、生物か。人ではない、痕跡からして巨大な生物だ。
何故木を倒したのか。情動的にか、合理的にんか。
川をせき止める意図はあったのか。偶然、それともあえてなのだろうか。
方法は。道具を使ったのか。それとも木を切る為に体が発達しているのか。
考察がバラバラと頭から溢れる。
散らかして、整えて、またバラバラにして、その繰り返し。こうすると思考が段々とまとまって、冷静に物事を俯瞰できる。何より気持ちが落ち着く。
しかし答えが出る訳ではない。色々な可能性というおもちゃ箱を、頭というテーブルに散らかしているに過ぎない。
結局のところ、犯人を見つけるのが一番手っ取り早いだろう。
ボクは巨大な木の上に登ると辺りを見回す。
この木を切り倒すような生き物だ。かなりのサイズに違いない。
その考察は当たっていた。
というのも、犯人は凄く近くにいたからだ。
「あいつは……」




