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虚構のシスイ ~異世界に不法投棄されたおじさんは、世界の最果てに名を刻む~  作者: yagi
第二章 愛情星骸ガナグリ 第一幕 コタンカ
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07 朱い人形

 月が陰る。

 森の闇は一層深くなる。

 けれど、今のオレには大したことではない。月が出ていても、出ていなくても、辺りの様子がハッキリ見える。

 人だった頃だったら、きっと闇に幽霊とか殺人鬼とか、そういう恐怖の虚像を見ていただろう。


 さらさらと流れる川の音。

 集落近くの川辺で一人、せせらぎを聞く。

 この音は気持ちを落ち着かせてくれる。

 ぼんやりと眺めていると、川の奥から過去の記憶が流れてくる。

 オレが人間だった頃の記録。



 ……

 ………

 …………



 学校の帰り道。

 ほんの気まぐれでいつもは通らない道で帰ろうとして、普段通る大通りから住宅街に入った。

 幼稚な冒険心だったのだと思う。


 そういう、ちょっとした童心って誰にでもあるだろう?

 例えば公園に設置してあった鉄棒を見て「今も逆上がりってできるのかな」と試してみたり、風呂の中に潜ってみたり、積もらないと分かっている程度の雪を見て雪原を夢見たり。

 そういった、幼稚な想像力が起因となっている行動。

 今回のもそういうのだ。


 通っていた高校は電車に乗って二駅先の場所にあり、さらに駅を出て二〇分歩く。駐輪場を借りて自転車を置いている友人もいた。

 けどオレは家から駅までが自転車で、そこから電車に乗らなくちゃならなかったから駅を出てから学校までは徒歩だった。『高校に通学する』という理由だけで自転車二台は流石に買わない。卒業した後、自分の自転車が二台になってしまうだろう? 


 もちろん、自転車で横を通り過ぎる同級生を見たときは羨ましいと思った。徒歩だと自転車よりも、当たり前だが遅い。

 けれど、徒歩は徒歩で色々なものが目に付いて結構面白かったりする。当然土地勘はさっぱりない。通学に使う道を外れれば、そこは未知の領域だ。そういう場所には隠れたカフェや小さな公園があって、ルートを変えれば近道の開拓なんかもできたりする。気分はさながらジャングルを練り歩く探検家。


 もちろんスマホがあるから迷子になることはない。迷わないと保証された探検なんて、そんなのただのごっこ遊びだったな、なんて異世界に来てからは思う訳だが、当時のオレにとっては十分な刺激だったんだ。


 だからこのとき入った道が、なんら変哲もない住宅街であっても新鮮だったし、面白かった。

 道は入り組んでいて、見通しも悪い。

 迷路に入った気分になって、何だか普段の探検よりもドキドキした。


 思えば、自分は何に対して胸を高鳴らせていたのだろう。

 疑似的な未知への好奇心だろうか。

 それもと。

 これから起こることへの警鐘から、か。


 少し歩くと十字路に差し掛かった。

 途端、右側から聞き慣れない「ぐしゃり」という音がした。

 何かがこちらに飛んで来る。

 足元に、飛んで来る。


 ビシャ!

 汚い音。

 まるで絵具をたっぷり染み込ませた筆を白いキャンパスに叩きつけるみたいな。

 乱暴な音。


 嫌な、予感。

 脳みそはヤバいとアラートを鳴らしている。

 見るな。聞くな。引き返せ。

 そう理性が日常へと逃避しようと体をく。

 けれど現実を引き寄せるみたいに、目は、音の正体を追わずにはいられなかった。


 人形だった。

 朱い液体を滴らせた、子供の人形だった。

 関節はひしゃげ、首はあらぬ方向を向き、瞳は吸い込まれそうなくらい黒い。

 喉から空気が漏れる音がする。潰れた小鳥の最後のさえずりみたいな音。

 その音は小さいながらも鮮明に覚えている。白いシャツに付いた小さなシミみたいに、オレの脳裏に刻まれている。


 人形を見て固まっているところに、鉄の塊が突っ込んできた。

 固まって動けない俺は、人形と同じように跳ねられる。跳ね飛ばされる。

 そして落ちる。

 落ちる。

 おちる。


 それが、オレの思い出せる最後の記憶。



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