06 エルフはキャッチボールをしてみたい
村長の家を後にして集落に戻る。
しかし戻って来たが、特にやりたいこともなかった為、集落の中を散策することにした。
聞き慣れない言語が聞こえてきて、少し嬉しく思った。これまで普通に言語が通じていた。コミュニケーションとしてはありがたいのだが、異国という実感は薄れる。エルフの言葉にそれはない。自分はこういうのが見たかったんだ、と自身の知られざる異世界への期待に気が付いた。
そんなことを考えていると、話しかけて来るエルフの子供達。
言葉は分からなかったが、何かに誘ってくれているのは分かった。彼等は警戒心がない。手を引いて、ボクを遊びの仲間に入れてくれた。
少年等は繊維で編んだ輪っかをフリスビーのように投げ、遊んでいた。上手い子は軌道を曲げたり、真っ直ぐ正確に飛ばして来る。
自分はどうやら投げるセンスがないらしく、変な方向に飛んで行ってしまう。
女の子達は木の皮を使った籠の作り方を教えてくれた。初めてだから手際が悪く、見かねて隣に座っていた子がひょいっと取り上げて全部編んで、自分にくれた。
編んだ後の『どう、すごいでしょ!』というのが伝わって来るどや顔が生意気ながらも子供らしく、可愛かった。
こんな歳だが、子供達の交流が思いのほか楽しく、気づけば日が暮れていた。
周囲が木ばかりだからか、夜の到達が早い。ダアクックと違い、夜が来ると一気に暗くなる。一面を黒で塗って、さらに深い黒で影を描いたような風景。
賑やかだった村の人々は、家に入って夕食を食べているのだろうか、とても美味しそうな匂いがした。
ボクはシルワアの家まで戻って来ると、外にある丸太の長椅子の真ん中を陣取って、ぼんやり風景を楽しんでいた。
「シスイ」すだれをくぐってシルワアが出てくる。
「ん?」
「ご飯、もうすぐ。フェリーは?」
「多分散歩。まだ帰って来てない」
「そう」
シルワアがこちらに歩いて来たので、左にズレる。
彼女は隣に座った。
「まさかシルワアが村長の孫だったなんてね、知らなかった。それにハイエルフのことも」
「ハイエルフ、教えてた」
「君がハイエルフってことは知っていたけれど、それがどういうものなのかまでは知らなかったよ。シルワアも使えるのかい、アレ?」
「アレ?」首を傾げる。
「あの、頭に話しかけてくる奴さ」
「ああ……、うん。でも、下手」
「嫌じゃなければだけれど、ちょっと使ってみてくれないかい?」
「良いよ」
ザザッ!
思考にラジオの周波数を合わせるような砂嵐のような音が入る。
その後に凛とした声が頭に響いた。
『聞こえますか?』
彼女の口は動いていない。
なのに声が聞こえるというのは変な感じだ。
「うん、ばっちり。ちょっと頭がおかしな感じだけれど」
『この会話というのがシスイの脳を返して行われるコミュニケーションだからでしょう。私のイメージデータをシスイという別のフォーマットに変換するようなものと考えてください』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。急に語彙力というか、シルワアから聞き得ない単語が多く散見されたんだが、どういうこと?」
『説明した通りですが、もう少し噛み砕いて言うと、シスイの脳に私のイメージをそのまま送り、貴方の蓄積された記憶や語彙の中から適切な言葉を当てはめ自動変換している、と考えてください』
「なる、ほど。しかしシルワアは普段こそカタコトだが、頭の中ではこれほどのことを考えているのか。普通に驚いた」
そう言うと彼女は首を振って、少し困ったような、残念そうな表情をする。
いつもの無表情とは違う。
『それとは少し違います。例えば私が「うれしい」というイメージを送ったとします。
私が送った単語は四文字ですが、シスイの頭を経由するとそれがどの系統の嬉しさか、度合い、過去の経験を検索してできる限りニュアンスを近づけようとします。
シスイにはそれが、あたかも私が喋っているように聞こえているだけなんです。自動的にです。
なので、これを考えているのは、正確にはシスイ、貴方なんです』
シルワアは天を仰ぐ。
月明かりが彼女の肌を淡く照らし、翡翠の髪に星空を散りばめる。
『私の言葉はたった数文字だけれど、貴方はそれを何十という言葉で表現できる。その差がなんだか寂しい。
意味は通じ合っているはずなのに遠く感じてしまう。
私がシスイの言葉を沢山覚えて、言えるようになっても、私はシスイがどう生きたのか、そんな経験を、思い出を、記憶を積んでいたのかを知らない。
けれど、貴方の頭に語る私はそれを知っているかのように話す。
理想の中の私と現実の私。どうしたって乖離する。
目の前にいる女の子が、自分のことを何でも知っていて、共感しかできないような語りで喋ってくれるけど、実際はそんな素敵な子ではなくて……きっと落胆させてしまう。
念話はそんな空虚で、寂しいもの。
それに知ったかぶりしてるみたいで、幼稚に見える。それが恥ずかしくもある。
相手の頭にもすごい負荷がかかってしまう。
もっと使いこなせれば、シスイの頭に負担を掛けずにできるのですが、これが私の限界なんです』
「ボクには大した経験も、記憶もないから気にする必要はないよ。頭の中のシルワアと目の前のシルワアの印象にさほど誤差はないさ。口調くらいかな。
それにそう卑下することじゃないと思う。限界だなんて、君の年齢で言うセリフじゃない。
そんなものは達観した気になっているだけ。ただの厨ニ病だよ。君はこれからなんだから。それに念話の方が何かと楽だろう? シルワア的に」
『私、この念話があまり好きじゃないんです。この一方的な意思伝達を会話とは思っていませんし、コミュニケーションとも思っていません。
会話とは言葉と言葉の編み合いです。相手の言葉を受け取って、ときに意図を汲み取り、譲歩し、詰め寄り、突き放し、擁護し、非難する。
そして絶対に相手の意図を、気持ちを、一〇〇パーセント理解することはできないもの。伝えることも同じくできない。
でも、だからこそ、相手の境遇を想像して、思いやることができる。知りたいと、理解したいと思える。
『相手を知りたい』というのを根本においた、手を取り合って踊るような思いやりの連なり。そういうものを私はコミュニケーションと呼びたいのです。
これらの言葉はシスイの言葉ではなく、私のできる限りの語彙で紡いだ言葉です』
「そうか、シルワアはキャッチボールをしたいのか」
「きゃっちぼーる?」
念話ではなく喉から発する。
新しい知識を身に付けようと、耳が立つ。
「ボクの世界にあった会話の比喩さ。キャッチボールというのは、要は球の投げ合う遊びだ。相手が投げる玉を拾って、相手に取れるように加減して投げる。その様を会話とリンクさせたのさ」
「ほー」
先程の凛として達観した考えを持った少女とは思えない、年相応の反応に思わず吹きかける。
笑いそうになっているボクを他所に念話で続ける。
『それで言うと、念話は一方的にボールを相手に投げ続けている状態なんです。意思の推し量りが、そこにはない。だから思いやりがないんです。大切でしょう? やっぱり人との関わり合いには、絶対』
「そうだね。全員がこれを使えればそんなことはないのだろうけど」
『たとえそうなったら、きっと、人は他人に興味を失ってしまうでしょう。既に知っているものに対して関心を抱くのは難しい。『知らない』によって積み上げられた思いやりは冷え切って、想像力は退化して、孤立して、人というのは自然消滅してしまうんじゃないかな』
「面白いね。うん、その想像はすごく面白い。念話ができる、君ならではの思考だ。そっか、そう言われてみるとボク等は『知りたい』という欲求を満たす為に、誰かと寄り添っているのかもしれない。個人的に、とても好きな考え方だ」
「あ、ありがと」
そっぽを向いて呟くシルワア。
暗くてよく分からないが、耳が赤くなっているように見えた。
どうしたのか、と尋ねようとすると。
ぐー。
間の抜けた音がシルワアから鳴る。
具体的にはお腹から。
『もう一つ、この念話が好きではない理由はとてもお腹が空くのです。シスイも頭が疲れるでしょう?』
「確かに……、凄い頭が疲れた気がするよ。これは普段使いできないね」
おでこの辺りがズキズキする。
思考もぼんやりと霞んできたし、湯気が出そうなくらいに熱を帯びている。オーバーヒートしたみたいな気分だ。
目の前に水風呂があったならば頭から突っ込んでいただろう。さぞ気持ち良いに違いない。
「おしまい。ご飯、いこ」
シルワアがそういうと、思考にまた砂嵐がザザッと走る。チャンネルを切ったのだ。
彼女は立ち上がると、家の中に戻ろうとする。
「シルワア」それを呼び止める。
「ん?」
「今度さ、エルフの言葉を教えてくれよ」
「……どうして?」
「会話は言葉の編み合いなんだろう? シルワアがボクの言葉を知ろうとするのであれば、ボクだって君の言葉を知りたいさ。それがシルワア風のコミュニケーション、なんだろう?」
少しの間、目を丸くするシルワア。
ちょっとした間の後、くすりと笑って「いいよ」と言う。
目を細め、白い歯を見せて微笑む顔。
初めて見る満面な笑顔だった。
月が、雲に隠れた。




