04 親父の神秘
「どういうことだい? 彼女が……親父さんっていうのは」
「それは……」
「いやはや、それは私が説明しますよ。もっとも大した話ではないんですがね。ああ、どうぞ上がって下さい」女性みたいな高い声でボク等を招く。
居間の真ん中には囲炉裏があり、正方形の囲いの一辺一辺に草で編まれた座布団が二つずつ置かれている。
ボクとフェリーが案内されたのは入ってすぐにある座布団だった。
シルワアはボク等の対岸の座布団、親父さんは彼女の隣、右の座布団に座った。右の壁には窓があって、気持ち良い風が入って来ていた。
「エルフの文化でね。その家の住人の関係によって座る場所が変わるんです。ああ、そうだ。自己紹介がまだでしたな。私はアウラン。アウラン・グレィスです」
「自分はシスイです。こっちは……」
「フェリーです」
「じゃあシスイさんとフェリーさん、二人に案内した席はクリィプ。『招き座』と言って客人が座る席です。そして左の席。アレはガクィプ。『作り座』と言い、料理や手作業専用の場所で、それで娘のシルワアが座った場所がツゥシィプ。『住み座』と言ってこの家に住む人が座る場所。どうぞ、座ってください」
ボクとフェリーは腰掛ける。
「そしてお二人から見て右、窓が後ろにある場所がカナァィプ。『先座』と言い、特別な身分の人が座る場所でもあります。村長とかね。またこれは『先祖座』とも言います。この家のご先祖達が座る場所でもあるので、基本的に常に空席です」
「それは興味深い。けれどそれ以上に……」
「ええ、分かってます。何故私が父親なのかということでしょう」
彼女はあぐらで座る。
その仕草を見て「ああ、この人は男性だ」と感じた。
女性は内またの割合が多い。骨格的な話だ。だから女性が座るとき、自然と足は内側に向くのだが、この人は足を大きく開くあぐらという姿勢を取った。
その瞬間、ボクの中でこの女性の容姿をした人物の三人称を「彼女」ではなく、「彼」と呼ぶことに決めた。
「昔、妻と喧嘩してしまいましてね。些細なことだったんですが、そのときに金的に、こう、抉るような角度で蹴りを入れられましてね。頭からつま先まで雷が落ちたような衝撃に気絶してしまい、目覚めたらこうなってた訳です。いやは、生物の神秘というのは興味深い」
それを聞いてフェリーは親父さんお体をまじまじと見る。
「神秘というかなんつーか、生き物として常軌を逸しているな。そんな性別が変わってしまうなんて」
「金的を潰されたことによって男性ホルモンが減少した、のかな。去勢手術を受けた人間というのは身体付きが女性寄りになると聞く。けど、まあ、ここまでのものとは……。凄い話だね」
「なるほど、じゃあ金玉潰されると女っぽくなるのも一応は理にかなっているのか。……というか金玉潰れる程のキックって……恐ろしいな。もしかして家族仲はあまりよろしくない?」
「まさか。あれほど愛おしい人を私は知らないよ。例え金玉を潰されたってね。さて、軽い説明は済んだかな。今度はお二人だ。娘とはどういう関係なんだね?」
興味あり気に猫背になる。
感心と勘繰りを孕んだ瞳は、望遠鏡を覗き込むように大きくなる。
「ええと、友人兼ガイド的なものでしょうか」
「ガイド?」
「はい。ボクはこの地方に関して結構疎く、隣の彼もあまり人里までは降りてこない質でして。森で迷子になったときに彼女がダアクックまで案内をしてくれたのです」
「恥ずかしい話、オレ達一文無しだったからなあ。街のこととか、宿代とか、かなり迷惑掛けた」
「全く、ホント」シルワアがうんうんとうなずく。
「へえ、この子がねえ……」
ボクとフェリー、そしてシルワアを交互に見る親父さん。
娘への関心の方向がどの辺りにあるのか、それが有害か否かを見比べて調べようとしている風だ。いや、もう少し友好的か。好奇心と言う方が合っている。
しかし好奇心のベクトルはボク等にではなく、シルワアの方へと向かっている。他者というレンズを通して娘を見ているのだろう。
これは父親という人間の生態みたいなものだろう。特に性別の違う娘を持つと、分からないことが多いから、それが顕著に現れる。
「この子はそこまで他人に肩入れするのは珍しいんです。結構サッパリしているし、物事を綺麗に分けている。ずっといると分かってくる。そんなコレが世話を焼くほどということは、よほど関心を引く何かがあるんでしょうね」
「はあ……関心ですか。それはどうでしょう。彼女がただ優しいだけだと、ボクは思いますけれど」
「その言葉は気分が良いね」
「クドゥタチホ……」
シルワアがため息を吐きながら呟く。
それを聞いて、ははは! と親父さんは笑った。
「良いだろう? 私が育てたのだから」
「彼女は何と?」
「『どうしてお父さんが喜ぶのよ』と言ったんです。でも、親として子が褒められるのは自分のことのように嬉しいでしょう?」
「その通りでしょうね」
社交辞令的な返しをする。
自分に娘ができるという、ありもしない仮定を脳内でシュミレーションをしてみるが、ポリゴンが荒いアバターから出力される情報の精度は一般論と大差ない。
新しいものを生み出すという想像がボクの中には存在しない。
スワンプマンの自分は、遠藤清司という像の影であり、背後霊だ。
逸脱してしまえば、それはもう妖怪か、怪物の類になってしまうだろう。
「……あ、そうだそうだ。シルワアが伝えておくことがあったんだ」
思い出した、というように手を打つ。
「何?」
「サァリィが呼んでいたよ」
「うん。分かった」
「お客人も一緒にね」
「……なんで?」
「さあ? なんで知ってるんだろうね? あの人こそ神秘的だから」
「サァリィというのは?」
ボクはタイミングを見計らって尋ねる。
「村長だよ。彼女の祖母さ」




