03 エルフの集落
「疲れた……」
ボクは夏が過ぎて項垂れたひまわりのように体を前のめりにして歩いていた。そして「いやはや、全くもって疲れた」としつこいように言う。
道は凹凸が激しく、時折木の根で地面が盛り上がっている。それが疲れた足に引っ掛かり二、三度転びかけ、一度派手に転んでいる。
昨日は普段よりも早く眠りについたが、そうそう疲れというのは取れないものである。普段あまり使わない筋肉を酷使したら尚更だ。
しかし山慣れしている二人は散歩コースでも歩いているかのようにスムーズだった。
「あと少し」シルワアは水筒を差し出しながら言う。
「大丈夫、まだ残ってるから」
腰に付いた水筒の蓋を開けるとゴクゴクと水を飲んだ。
飲んでも飲んでも喉が渇く。
それほど汗を掻いた。
「お、見えてきたぞ」
先頭を歩くフェリーが言う。
彼は四足歩行だった。
そちらの方が森の移動に良いのだろう。
「本当かい?」
「ああ、本当だ」
少し歩みを早めてフェリーの隣に行く。
先の方に開けた場所が見えた。
「良かった……助かった」思わずフェリーに寄り掛かる。
「乗るか?」
「良いよ、ちゃんと歩くさ」
乗りたいのは山々だったが、自分よりも年下のシルワアが歩いているのだ。
自分だけラクしようというのは好きではなかったし、何より恰好が悪そうだ。まあ、疲れた疲れた言っといて今更感はあったけれど、大人の些細な意地だ。
少しフェリーの背中で休むと、太腿を叩いてまたのろのろと歩き始めた。
開けた先には小さな集落があった。
建物はパッと見て一〇軒程。奥にもう二、三ほど見えた。
素材は植物の茎を乾燥させたもの。ススキの茎に近いのではないだろうか。
それを家の形に組まれた木に葺いている。三匹の子豚の藁の家を想像してくれたら良い。
けれど素材が草だからといって脆そうとか、そういった印象は抱かない。茎の壁の密度や、家の形状がどっしりとしているからだろう。
「ここがシルワアの故郷か」
「コタンカ。意味、故郷」
「思ったより小さいな」
フェリーは鼻をほじりながら言う。
彼は二足歩行になっていた。
「これ、普通。案内する」
シルワアの案内の元、集落の中へと入ってく。
家の周りでは集落の人が動物の皮をなめしていたり、長い植物の茎を湿らせながら籠を編んでいたり、木を削って日用品を作っている。
子供達は植物で編まれた輪っかをフリスビーのように投げて遊んでいる。
そして皆、ボク等を珍しそうな目で見てくる。
よそ者があまり来ないのだろう。
「フゥリギィ!」
一人の子供がボク等を指差して言う。
「なんて言っているんだい?」
「よそ者」
「なるほど。歓迎されているのかい?」
「そいつは訳し方が悪い」
子供の後ろから少し背の高い子が歩いて来た。
シルワアよりも僅かに背が低い。
「『よそ者』は『フゥリ』。『ギィ』が付くともう少し敬いが入ってる。『他所から来た人』くらいのニュアンスと思ってくれ」
「君は?」
「俺はフルヴル。よろしくな」
「君はシルワアよりも随分と言葉が達者だね」
「そりゃ、年上だからだ」
「年上?」
「ああ、今年で三二だ」
「はあ、三二……三二? え⁉」
どう見たって三二の身なりじゃない。
身長もそうだが、体の細さや顔の幼さ、肌のきめ細かさに子供特有の潤いというか、成長の余地が見える。声も高く、仮に鳥であれば嘴が黄色いに違いない。
一〇歳か、多く見積もっても十二歳だ。
「エルフを知らなければそうなる。仰天するわな。エルフっていう奴は人間よりも成長がトンマだ。人の二、三倍遅い」
「じゃあシルワアも?」
「いや、そいつは特別だ。人間と同じくらいの成長速度だ。片っぽの親に引っ張られたんだろうな」
「それってどういう……」
するとシルワアが腕を引く。
「後、言う。来て」
「ああ、うん。分かった。では、また」
「おう。じゃあな。ゆっくりしていけ、シルワアの客人。アイツの親見て度肝を抜かすなよ」
からかうようにウィンクをして、フルヴルは手を振る。
シルワアの引く手が強くなったような気がする。足取りも少し速い。
とりあえず、あの場は居心地が良いものではなかったようだ。
「あまり触れられたくないのかい?」
そういうと、彼女は首を振る。
「違う。でも、恥ずかしい親」
「恥ずかしい、親か……」
恥ずかしい親。
口うるさいとか、性格があまり良くないとか、そういうことだろうか。いや逆に愉快な人なのか。あるいは、あまり人に話せないような事情があったりする場合もあるだろう。
(なあフェリー、恥ずかしい親っていうのはどんなのがある?)
(恥ずかしい親ねえ。オレ母親いなかったし、父親は警察官だったから、どっちかっていうと誇らしかったし、逆に立派な親に生まれたのにっつう劣等感があったような……なかったような)
(酷く曖昧だね)
(一世紀前だかんなあ、父親に会ったの)
そうか。
確かにそれくらい時間が経つと忘れてしまうものなのかもしれない。
元の世界で高校生をしていた彼は、一体どんな人物だったのだろうか。
……いや、待て。
「そういえば、お前の元々の名前を知らないな」
「あれ、言ってなかったか」
「ああ」
「矢見雲幸助。弓矢の矢に見ざる聞かざるの見、空の雲で矢見雲。幸助は幸せを助けるで幸助」
「いやはや、本当に今更だな」
「全くだ。好きに呼んで良いよ」
「フェリーの方がもう口に馴染んでしまったよ、幸助」
「うげえ……なんだか久々にそう呼ばれるとむず痒いな。ぞわぞわってした、背中。やっぱなしだ。フェリーにしろ」
シルワアの足が止まる。
止まった先には他と同じような住居があった。
玄関らしきところに扉はない。代わりにすだれが掛かっている。
家の脇には花が育てられていて、大切そうに策で囲われていた。
「綺麗な花だね」
近くで見ようとすると、フェリーが肩をがしっと掴んで止めた。
「おっさん、それ、絶対触んなよ」
「え、どうした、急に」
「フェリー、正しい」
「正しい、というと?」
「おっさん、その花はな、トリカブトだ」
トリカブト。
聞いたことがある。
確かその花は根っこから花粉に至るまで全て猛毒なんだとか。
「あっぶな! なんてものを!」
「狩人、大事。これ、毒矢する。色んな山見て、一番強い毒ある奴、育ててる」
「場所によって毒の強さが変わるのかい? 同じ品種でも?」
「うん。この花、結構遠くの山の。だから、宝物」
「知らなかったな。狩人特有の知恵だ」
だからこうして柵で大切に囲んであるのか。
確かにリスや鳥のような小型の動物であれば普通の矢であっても十分な効果を発揮するだろうが、大型の動物になってくると致命打になりづらいか。
そんなときは、やはりこうした毒を用意なくてはいけない。そう考えると、確かに大切な必需品だ。
話が終わって、シルワアはすだれの方を向く。
彼女は咳払いをすると、すだれに向かって「カッカ!」と声を張って言った。
しばらくして「ホゥ」という声が聞こえた。高い声だ。多分女性だろう。
彼女はボク等にここで待つように言うと、すだれをくぐって中に入っていった。
ボクとフェリーは入らずに外で待つ。
なんとなく、服の皺を伸ばして、ベルトの位置を調整する。
フェリーも手をなめるとボサボサの毛をとかし始める。
五分程して、シルワアがすだれから顔だけ出す。
ひょいひょいと手招きする。
フェリーと共にくぐるとそこには土間。狩りの道具や傘、植物で編まれた靴なんかが置いてあった。シルワアの猟銃も立て掛けてあった。
右手には段差があり、土間と居間を隔てている。靴はここで脱ぐらしい。
ボクは段差に腰掛け靴を脱ぎ、フェリーは湿らせた布で足を拭いて中に上がった。
中には綺麗な女性が立っていた。
髪色はシルワアと違い、明るい茶髪。けれど目のつり上がり方や鼻の高さ、顎の形がそっくりだった。美形である。
しかし耳は長くない。エルフ特有の特徴はない。
ということは、彼女は人なのだろう。
女性は歓迎するような優しい笑みを向けてくる。
自然と微笑み返す。
「いらっしゃい。シルワアの客人」
「どうも、お邪魔します」軽く頭を下げる。
「お、お邪魔します」
フェリーは少しどもりながら挨拶すると肘で横腹をつつき、耳打ちをする。
(どうやら、今親父さんはいないらしいな。にしてもお母さん、凄い綺麗な人だ)
(言ってあげたら?)
(やだよ。オレ、そんなキャラじゃない)
お世辞くらい誰だって言うだろうに。言い慣れていないらしい。それもと世辞じゃないから恥ずかしがっているのか。
彼の場合はどっちもだろうな。
「シルワア、綺麗なお母さんだね」
代わりに言う。
そういうと、何故か不機嫌な顔をするシルワア。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
いやしかし、大したことは言っていないのだが……。
「母親、違う」
「え?」
「父親、これ」
「え?」
「は?」
一瞬の間。
「ええ⁉」
「はあ⁉」
シルワアと女性を見比べる。
三度見はした。
「こいつは……度肝を抜かしたな」
「てへ」親父さんは舌をペロっと出して、なんともあざといポーズを取った。




