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62 旅立ちとひとつまりの不穏さを

 南の城門には多くの人間がいた。

 森の主の攻撃を受けて半壊した門を修復する為に、ギルドが依頼を張り出したらしい。

 普段ギルドの酒場でたむろしている顔見知りがちらほらいる。普段見ない顔の人間もいる。

 報酬が良いのか、普段依頼を受けない人達というのも参加しているらしい。


 しかしボク等は依頼をする為に南門へ来たわけではない。

 街を発つ為である。


「フェリー、お前もう行っちまうのかよお。僕、すげえ寂しいよ」


 リアック君は心の底から寂しそうに言う。


「なあに寂しいなんて言ってんだよ。ちょちょっと用事済ませたら、こっちに戻るさ。またすぐ会えるだろうて。な!」


 リアックの肩をバシバシ叩いて励ますフェリー。


(前は自分がめそめそしていたっていうのに、調子が良いねえ)


(鏡ある。見せる?)シルワアはわざと大げさに鞄を弄って見せた。


(素敵な提案だね。じゃあ、ちゃんと顔が映るように綺麗に磨いておかないと)


 ピクピクと彼の耳が動いている。

 聞こえているのだろう。


「……シスイ、フェリー、シルワア」


 バウアーがダインと共にこちらに歩いてくる。

 バウアーは少し駆け足気味に、ダインは頭の後ろに手を組んでマイペースに。


「……遅れたか? 時間を見て来たつもりだが」


「いや、ぴったりだよ」時計を見て言う。


「……そうか、良かった。今回は遅刻じゃない」


「そう時間に縛られるもんじゃねえ。何事もフリーダムにな」ダインは笑いながら言う。


「お前が言って良いセリフか?」


 英雄として、その辺りはしっかりした方が良いだろう。

 そんな含みを込める。


「さてな。俺にはさっぱり分からんね。ガルダリア様みたいな英雄様ならともかくとしてな」ダインはわざとらしく肩をすくめた。


「…そうだ、シスイ。これを」


 バウアーは肩に掛けた鞄から金属の棒を取り出す。


「これは?」


「…アンテナの予備だ。森の主は解決したがどうやら電波がまだ不安定らしい。多分、どこかのアンテナが折られたんだろう。本当は俺とセシアでやる仕事だったんだが、この有様だろう?」


 城壁を見上げる。

 半壊した城壁の上で作業をしている男達が見える。すると「あぶねえ!」と野太い悲鳴が上がり、上から城壁の破片が落ちて来た。下で作業をしていた男衆は、マグロに襲われるイワシの群れみたいに一斉に散って、破片が地面に落ちたらまた戻っていく。

 確かにアンテナなんかよりも重要な仕事が沢山ありそうだ。


「分かった。どうすれば良い?」


「組み立て方は簡単だ。こう、伸ばして……あとは柱に括り付けてくれれば良い」


「鉄の棒を伸ばすだけか。確かにこれなら簡単だ。不器用なボクにでもできる」


「あと、もう一つ追加して良いかい? アンちゃん」


 ダインが袋を投げてくる。

 中には小さな金属のカプセルがいくつも入っていた。

 カプセルは小さな魚雷みたいだった。


「おもちゃの戦艦でも撃沈させるのかい?」


「そいつはエネルギー増幅装置だ。今回みたくモンスターによって電波が阻害されないよう強化する為のものだ。こいつをこれから行く街々のアンテナに付けて欲しい」


「ほんとにそんなんで増幅されんのか?」


 フェリーが腕を組んで覗き見る。

 シルワアもうんうんと頷く。彼女は見たことない虫を発見したときのような訝しげな眼をしていた。


「成果は出てる。なあに付けるのも大変じゃあねえし、何より暇だろう?」


「一番暇にしているのはお前に見えるけどな」フンと鼻を鳴らすフェリー。


「良いじゃないか。科特隊みたいでかっこいい」


「かとくたい?」


 シルワアは首を傾げる。


「科学特別捜査隊。怪獣や宇宙人を倒す組織……っつっても分からんか。ああっと、でっかいモンスターとかを倒す特別な人達みたいな、そんな感じ」


 フェリーはそう説明した。


「すみません! 遅れました!」


 セシアちゃんが走って来る。

 余程急いできたのか息が上がって、汗をだらだら流している。

 力仕事をしている男衆と同じくらいの滝汗だった。


「大丈夫、遅刻じゃないよ」


「三分と四七秒の遅刻です」


「細かいね」


「完璧主義なんです。もう出発を?」


「ああ。そろそろ出る。……あ、そうそう」


 ボクは彼女に近づくと、耳打ちをする。


(後遺症の件、リアック君には言ってないから)


「え?」


「チヨさんが素っ気なく心配しててね。『あいつのことだからギルドにも知らせてないだろう。姉弟子の為に気を回してやれ』とね。でもこういうのは身内にはあまり知られたくないだろう?」


「あー……そうね、そうですね。あー……悪いことをした気分」


 セシアちゃんはなんとも言えない顔で空を仰ぐ。


「ばつが悪そうだね。やっぱり言わない方が良かったかい?」


「いえ、違うんです。個人的な問題なので気にしないでください。そういえばリズさんがよろしくと言っていました。早い旅立ちに『ゆっくりすれば良いのに』と」


「一度決めたら早い段階で動いた方が良い。そうしないと、どんどん後回しにしていって、この街に根を張ってしまうからね」


「でもどうせ、すぐ戻ってくるんだろう?」


 ダインは腕を組みながら言う。

 口角を上げて、ニヤリ顔をする。


「報告には戻るよ。ちゃんとね。その後は分からないけど」


「ああ、《《期待》》してるよ。本当にな」



 ◇ ◇ ◇



〈ダイン〉


 シスイ等はあっけなく行ってしまった。

 数度振り返って手を振っていたが、さほどの未練もないらしい。


「引き留めることは叶わんかったなあ」


「…それほど彼等に残って欲しかったのか?」バウアーは豆粒ほどになったシスイ達の背中を眺めながら聞く。


「居ると楽しいだろ?」


「…その言い様、それだけではないな?」


「そんなことはない」


「…俺にも言えんのか」


「さてね。あ、そうだ。伝え忘れていた。スレイブの周辺で厄介な連中が活発になっている。どうもきな臭い」


「それはどこのどいつだ?」


「各地で絶滅危惧種の密猟。主に竜関連だな。それと人間を狩っている。被害者は皆特異体質だったり、優れた身体能力を持っている。特に最近あった魔族との戦争で良い戦績を持っている奴等が多い。容姿で分かっているのは黒いフードを被っていて、胸に尾を噛んだ竜が刺繍されているってだけだ」


「……確かスレイブにトカゲの顔に鷲の翼、蛇の尾を持つ獣『ドラゴン』の紋章を胸に付けた秘密の部隊があったな。名前は……『グラン・デウス』。不死身の怪物から取ったとか。しかしその部隊は……」


「ああ、二世紀程前のものだ。今の自然公園じゃなくて、戦争を売りにしていた頃のな」


「……そんな亡霊が、なんでまた」


「寂しくて化けて出てきたか、復活する算段でもできたんだろう」


「……それがシスイ達に関係していると?」


「別件だ。だが通り道だ。それに自称だが世界で片手の指程しかいないフェンリルを名乗る奴だ。標的になる恐れはあるかもしれん。それに俺達も他人事じゃあねえぞ? なんてったって歴戦の戦士なんだからな」


 ふざけた口調で言う。

 バウアーは特に反応を示す様子はない。

 いつものことである。


「それは彼等に伝えたか?」


 バウアーは腕を組んでこっちを見る。

 怒られる前の母親みたいに見える。

 そう見えるのはきっと、この後怒られることを知っているからだろう。


「どっちが先にシスイの背中にタッチできるか、競争いってみる?」


「……とんだ人でなしだな。しかし、これが別件というと、本当は何を憂いてる?」


 彼は不機嫌そうに睨む。

 珍しいこともあるものだ。

 こいつが顔で感情表現をするなんて。


「……シスイのギルドカードの件、覚えているか?」


「ああ」


「シスイのような不具合が過去にも起きたのか、そもそも不具合が起こったことがあったのかを調べてみたが、記録は見当たらなかった。残っているものはな」


「つまり不具合ではないと?」


「その可能性を視野に入れた……それだけの話だ」


「……ふむ。そうだった場合、エイワズが何故それを隠すのかが疑問だ。嫌な感じがする」


「だろう? だがしかし、憶測どころか勘の域を出ていない。そんなもの、後味の悪い夢を見たのと同じだ。印象や思い込みが先行するのはよろしいとは言えん。身内なら猶更だ。だからもう少し調べてみようと思う」


「……勘か」


 バウアーは考え込むように黙る。

 渓谷のように深くなる眉間の皺。

 色々と可能性を模索していると見える。

 平原を眺めていたバウアーは、見飽きたのか、振り返って街の方を向いた。

 すると眉間にできた皺は浜辺の波が引くように元に戻っていた。

 

「どうした?」


「……後ろが面白いことになってるぞ」


「面白いって?」


 振り返ってバウアーの目線の先を見る。

 セシアとリアックが何やら話している。

 

「あの、リアック……ごめんなさい」


「ん? どったの、急に」


「いえ、その、まあ、色々なことよ。数えられないくらい」


「数えられないくらい、僕に申し訳ないことをしたのか⁉ それは気づかなかった」


 リアックは「まいった」というように耳を掻く。

 セシアはというと、普段のとげとげした様子とは違い、そわそわとした落ち着かない様子をしていた。

 目を僅かに逸らしている。


「あとお礼を言ってなかったから。城壁の上でのこととか、そういうので」


「あー……どれのことかさっぱりだが、謝ることないんじゃないか?」


「貴方の意思は関係ないわ。私が納得できないからよ」


「セシアは自分にも他人にも厳しいな、全く」


 肩をすくめて笑うリアック。


「それで、話したいことがあるのだけど……今夜空いてるかしら? 食事でも……」セシアは右手をさすりながら言った。


(おい、なんだか随分と積極的じゃないか。どんな心境の変化だ?)


(……前々からお似合いだとは思っていたが、まさかセシアから行くとは予想外だ。てっきりリアックがぐいぐい行くものかとばかり……)


(なんかあったのかねえ。知らん内に)


(……子供というのは目を離した隙に成長するものだ。些細なきっかけで多くのことを理解する。それが喜びでもあり、寂しさでもある)


(母親ぶるじゃない)


「どう、かしら?」


 上目遣いで返答を伺うセシア。

 なるほど、どう見せれば男を落とせるのかを彼女は知っているようだ。

 この時期の青年が、同年代の女子にこんなことをされた日には、例えどんなに大切な用事があったとしても無理くりにでも予定を開けようとするだろう。

 

 彼女は右腕を左手で強く握っている。力み過ぎているからか、プルプル震えている。

 彼女なりの覚悟があるのだろうか。

 覚悟というのはどんな覚悟か。

 多分、関係の変化に対して恐れではない。彼女の場合、プライドや信念というのが強い。きっとその辺りを押し倒す、そんな覚悟だろう。

 果たしてリアックの返答はいかに。


「すまん、無理だ」


「え? は?」


((ええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーー⁉))


 声量を抑えたカッスカスの絶叫が、俺とバウアーの喉から出た。


「しばらく森の主の世話を手伝うことになってな。タルポルポに昨日約束したんだ。僕も卵がちゃんと成長するか心配だし、できることはしてやりたい。すまんな」


「ええ、そうね……約束してるなら守らなくちゃだものね……」


 なんとも真っ直ぐな意見。

 彼女なりに色々考えて、精一杯勇気を出してした誘いをバッサリ切り伏せる。

 リアックらしいと言えば、全くもって百点満点だ。

 彼は良い意味でも、悪い意味でも、我々の期待を裏切らない。


「なんか、顔怖いけど……なんかごめん」


「仕方ないわよ。だって大切な約束ですもの」いつにも増してとげとげしい口調になる。


「また今度にしよう。都合が良い日を教えてくれたら絶対空けとくからさ! ちゃんと時間作るから。な?」


「良いのよ、気にしないで。はあ……対等に見ようとした私が馬鹿だったんだから」


 ふむ、どうやら俺の考えていたものと、セシアが思っていたことというのは少し違うらしい。

 恋愛事であれば「対等」というワードはきっと出ないだろう。

 そう考察している間に、セシアは呆れたように、諦めたように肩を落として歩いて行ってしまう。


「あ、ちょっとセシアさん? 結局約束はいつにするんだい? あー……行っちゃった」


 困ったなあ、とリアックは頭を掻く。追おうとはしない。

 離れていくセシアと立ち止まるリアックの距離というのは、二人の精神的成長の風刺のように取れなくもない。


 だが、その純粋さこそが彼のアイデンティティであり、何より価値があるものだということを本人以外は良く知っている。

 特にセシアはそうだろう。


「だが、もう少し大人になっても文句はないんじゃないか、リアックよ」


 リアックの肩を叩く。


「ダイン団長?」


「……片方が成長するからと言って、もう片方が同じように成長するとは限らないからなあ。彼女は、運が悪かった」


「バウアー?」


 何を言っているのかよく分からない。

 そう言っているかのように、リアックは首を傾げた。


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